105:多重魔法と無詠唱。
エアリスくんの剣が少し細めに見えるのは、ダンさんとラウちゃんのせいなのか。そもそも剣って見慣れないから分からない。
ただ、よく見るとエアリスくんとゼファーさんの剣も違うから、やっぱりちょっと細いみたいだ。
エアリスくんが腰に差した剣の鞘を左手で持ち、柄を右手で握り、ゆっくりとトイレに近付いていった。
鞘が青白く光っている。
あと、ものすごい早口で何かを唱えている。
「すごい。え? あ……うそ…………」
ダンさんの脇腹に抱き着いたラウちゃんが、エアリスくんを見ながらカタカタと震えていた。どうしたのか聞くと、ゼファーさんが教えてくれた。
エアリスくんは、魔法や戦闘に関しては、本当に天才的なのだという。
「普通はな、ああいう強化魔法は一つずつ重ね掛けをしていくんだ」
ああいう、と言われても何をしているのか、私にはさっぱり分からんちんなんだけどね。
「ほぼ無詠唱なの……」
「いや、めちゃくちゃ何か独り言ちてるよね?」
「ありゃあ、魔法名を言ってるだけだ」
それじゃあ無詠唱じゃなくない? って思ったけど、ラウちゃんが普通は精霊にお願いして、ちゃんと正しい詠唱をしないと魔力を無駄に消費するのだという。
ところがエアリスくんは、『速度強化、身体強化、腕力強化、剣身強化三重、衝撃吸収、氷結――』と、唱えているだけらしい。
――――ほへぇ。
「ん? 私も『トイレ』って言ってるだけなんだけど?」
「だからだよ。全員が引いてるのに、ルコがポカンとできるのは」
いや、意味が分からんし、そういうのもちゃんと説明してよ。
ここは一発文句を言わねばと思ったけど、エアリスくんがトイレの前で立ち止まったから、ぐっと我慢した。
一瞬の出来事だった。
ただまっすぐに立って、鞘に納めていた剣をサッと抜いて、すぐさま鞘に納めただけ。
ラフな感じの居合い切りみたいな雰囲気だった。
剣の動きに合わせて、ネオンライトのように青白い光が一瞬見えて、綺麗だなと思ったくらいだった。
「……やっぱドアがネックだな」
ゼファーさんが顎ヒゲを撫でながら低い声でそう呟いた。
振り返りこちらに向かって来ているエアリスくんの顔は、少し難しそうなものだった。
「ドアには傷が付きませんでした」
――――ん? ドアには?
トイレをよく見ると、ドア以外のトイレの壁がスッパリと切れていた。細いもののトイレの中の壁面まで、ちゃんと切れていた。
つまり、トイレに座っていて、エアリスくんがいまの技を使ったら、私は首チョンパされるわけだ?