アイビス様の危機
ブラッドフォードはマリエルのクラスの下級貴族の教室で叫ぶ。
「なんでもいい! マリエルの行方を知っている奴はどんな些細な事でもいいから教えてくれ!」
大声で叫んだことで教室にいるクラスメイトの全員に声は届いたけど、その勢いに驚くだけで誰も答えない。
ブラッドフォードは更に叫んだ。
「なんでもいいんだ! マリエルのことを教えてくれ!」
だが相変わらず返事は無し。
ブラッドフォードは教室の中の生徒を見回す。
目を逸らした気の弱そうな男子生徒に詰め寄ると胸倉をつかみ問いただした。
「お前は何か知ってるんじゃないのか?」
「いえ、な、なにも知りません」
「隠してるんじゃないだろうな?」
更に胸倉に力を籠めるブラッドフォード。
だが、怯えてるだけで顔面は真っ青だ。
クリスくんが止めに入った。
「彼は本当に知らないみたいです」
「じゃあ、なんで目を逸らしたんだよ!」
「それはブラッドフォードくんが大声で叫んでいるから怯えていただけですよ」
「紛らわしいことをするんじゃねぇ!」
ブラッドフォードは納得したのか男子生徒を解放した。
ケンカを売られたら堪らないと、男子生徒は一目散に教室から逃げ去る。
ブラッドフォードは苦虫を噛み潰したような表情をした。
「マリエルの行方の手掛かりが全くなくなったぜ……誰か行方を知らないのかよ……」
少しの沈黙の後、アイビスは呟く。
「全く手が無いわけじゃないわ」
「本当か?」
「でも出来るのはウィリアム王子だけ」
ウィリアム王子なら出来ると言うことにブラッドフォードは首を傾げた。
*
校内放送が轟く!
「国家緊急事態招集だ! 生徒、教師、事務員、その他この学園に居るいかなる者も全員、大至急講堂に集合せよ!」
声の主はウィリアム王子。
水晶学園の講堂に集められた者たちはざわついていた。
「なにが起こったんだ?」
「国家緊急事態招集って……戦争でも起こるのか?」
ざわめきの中、ウィリアム王子が足早に演台に上がる。
ウィリアム王子が話始めると、ざわめきが止まり水を打ったように静まり返った。
「皆、昼休みの憩いの中、講堂に集まってもらって申し訳ない。だが一人の女子生徒の命に掛かる緊急事態なのだ!」
さらに王子が続ける。
「昨日の夕方、日没の頃に一年生の女生徒『マリエル・オービタル』が行方不明になった。どんな些細な事でも構わない。もしこの時間帯徒を見かけた者がいたら、いやどんな異変でも見掛けた者は情報を寄せて欲しい」
すると何人の生徒から手が上がった。
殆どは関係ない情報だったが、中には気になる情報が上がって来る。
『学園の入り口に馬車が止まっていました』
『学園に戻ってくるときにすれ違った馬車の中で、学園の生徒ぐらいの年齢の女の子が乗っているのを見かけたわ』
ウィリアム王子が問いただす。
「その女の子はどんな顔だった? 服装は? そして馬車はどんな感じだった?」
情報提供者の追加情報は失踪時のマリエルの容姿と一致する。
馬車で連れ去られたのは間違いないようだ。
しかも馬車は黒塗りでそれなりに高価なもの。
貴族や豪商レベルで無ければ所持は出来ないレベルの物だ。
ウィリアム王子が指示を出す。
「やることは決まったな。馬車の行方の捜索だ!」
ウィリアム王子の一声で大捜索網が敷かれた。
*
初老の男性に声を掛けられたマリエルは思わず初老の男性に詰め寄った。
「アイビスさんになにが起きたんですか?」
「アイビス様が自主訓練で大けがをしてしまいまして、至急回復魔法の使い手が必要なのです」
「わかったわ! 場所はどこ?」
「着いてきてください」
私はためらうことなくすぐに了解して初老の男性についていき馬車に乗り込む。
「アイビス様が怪我をしたという現場はどこなの?」
「学園に隣接する水晶の森の塔です」
馬車を5分ほど走らせると馬車を降り、急ぎ足で塔へと向かう。
塔の場所は水晶の森と言っても剣の修行で何度も通ってるランスロット師匠の家の辺りでは無く、おそらく学園に入学した時にやった実技オリエンテーションをやった辺り。
探索トライアルのチェックポイントで一番遠い塔だと思うわ。
初老の男性は焦った声で捲し立てた。
「アイビス様はあの塔の中の階段を踏み外して転落し、意識が無い状態なのです! 早く治療を!」
私は大急ぎで塔の中に駆け込む!
「アイビス様、大丈夫ですか!」
塔の中は真っ暗でよく見えない。
レイクシアで覚えた照明の補助魔法を唱える。
「ライト!」
だけど塔の中が明るく照らし出されることはない。
「あれ?」
ライトの魔法は完璧に覚えたはずなんだけどな。
それにいくら暗くても外はまだ完全に日が落ちてないから、窓がある塔の中で真っ暗ってことは無いはず。
それに平衡感覚もおかしく頭が床へ引き摺り込まれるような感覚。
ど、どうなってるの?
「もしかして罠にはめられた?」
そう思った私の意識はそこで途切れ、床の上に倒れ込んだ。
*
「いつまで寝ているのよ! 起きなさい!」
私の耳元で誰かが叫んでいる。
肩をかなり揺さぶられて意識を取り戻した。
「うーん……」
「やっと目を覚ましたようね」
私の意識が戻ると、目の前には知らない女の人の集団。
夕方だった筈なのに窓から見える外の景色はかなり明るくて、間違いなく夜は明けている。
日差しの強さから、夜が明けたばかりではなく既に昼近い時間なのかもしれない。
目の前にいる女の人の歳は私と変わらない感じ。
人数は3人組だ。
多少着飾ってはいるけど、表情はかなり悪くガラの悪い町娘のよう。
私は縄で椅子に縛り付けられていた。
幸いなことに、ロープはかなり細いので渾身の力を込めれば引きちぎることは不可能ではない。
その3人組の中の一人が声をかけて来た。
もしかすると3人のリーダー格なのかもしれない。
「わたしの事覚えてる?」
「だれ?」
朦朧としている頭で必死に記憶を探るけど、こんな人に見覚えはない。
「ドロシーよ!」
ドロシーという名前には聞き覚えがあった。
私に散々ちょっかいを掛けてきていた貴族の娘の名前じゃない。
最後に会ったのは武闘会の翌日で、いきなり麻痺の魔法を放ってきたとんでもない奴だ。
でも、ドロシーってこんな顔だったかな。
もう少し、きらびやかで綺麗だった気がする。
すぐに違和感の出どころがわかった。
化粧を一切してなかったのね。
化粧をしてないドロシーは見る影もなく、そばかすだらけで野暮ったくて町娘以下の見た目だった。
「あんたのせいで散々な目に遭ってるのよ!」
深くため息をつくドロシー。
ドロシーは愚痴を続ける。
「あんたのお陰で学園を退学にされるし、実家に帰っても親には学園に復学するまで勘当だと怒鳴りつけられるし、寄付金を持っていって校長に復学を願い出ても全く取り合って貰えないし。どうしてくれるのよ!? 私の人生めちゃくちゃだわ!」
自業自得だわ。
身分が違う反撃できない相手にしたイジメがバレたという自業自得の結果なのに、明らかな八つ当たり。
怒りが込み上げているのか、子犬だったら驚きのあまりその場で失神するぐらいの大声だ。
でも、今なら言い返せる。
剣も魔法も使える今の私は以前とは違う。
言いたいことは色々あったけど、今は椅子に縛り付けられている身。
大人しく話を聞いているのが正解だ。
それにこの塔に入った時、ライトの魔法が使えなかったから魔法を使えない魔道具を起動されているのかもしれない。
ドロシーの怒りの火に燃料を注がないように慎重に言葉を選ぶ。
「私に復讐をしたいの?」
ドロシーの返答によってはなんとしてもここから脱出しないといけない。
ケガを承知で渾身の力でロープを引きちぎり、塔から逃走だわ。
それぐらいの腕力は今の私にはある。
でもドロシーの返答は違った。
「違うわよ!」
ドロシーは頭を搔きむしる。
髪型はボサボサになり、酷い容姿がますます酷くなった。
「私たちの復学嘆願書を書きなさい」
「嘆願書?」
するとドロシー一味はいきなり土下座をした。
頭を床に擦り付けた本気の土下座だ。
「お願い。復学するにはこれしか手は無いの。もうあんたには手を出さないし、私を使用人の様に扱ってもいい」
あまりにもみじめな姿。
みじめ過ぎてドロシーに復讐する気が失せる。
「わかったわよ」
私がそう言うと、ドロシー一味は涙を流して喜ぶ。
初老の男性も取り巻きの女もドロシーと抱き合って涙を流していた。
「ドロシー様、嘆願書を書いて貰えますよ」
「首の皮一枚繋がりましたね」
「ああ、これで家を追い出されなくて済むわ」
ドロシーは便箋の束を机の上に置く。
「目標30枚。よろしくお願い」
「30枚も……」
「そのぐらい書かないと退学は覆らないわ」
私はドロシー監視のもと、ドロシーの復学嘆願書を書かされる羽目になった。




