再び学園へ
「帰って来たわよ! 学園に!」
寮の自室の扉をあけ放つわたし。
留守にしていた間にも寮付きのメイドさんが部屋を掃除をして窓を開けて空気を入れ替えててくれてたみたいで、カビくさい臭いや湿っぽい空気は全く感じない。
実家の部屋も悪くはなかったけど、わたしと一緒に居たいお父様がちょくちょく声を掛けてくるのでその度に相手をしないといけなかったのでプライバシーゼロで落ち着けなかったのよね。
この寮の部屋ならお父様に呼ばれることも無い。
ウィリアム王子に呼ばれることも無くは無いけど、今は王都に里帰り中。
夏休みの終わる前々日に戻ってくる予定よ。
寮に居たとしても遠慮しているのかわたしのことを思っていてくれるのかはわからないけど、本当に大切な用事以外で呼び出されることはなかったわ。
ウィリアム王子って乙女ゲーの『リルティア王国物語』の中では自分の決めたことに有無を言わさず突っ走る一緒に居て疲れる俺様キャラだったけど、今の王子は周りへの気遣いを忘れない紳士キャラなのよね。
今のウィリアム王子なら彼氏として十分ありだわ。
お茶とお菓子を用意してくれたアイがティーテーブルへわたしを誘う。
「アイビス様、お茶の用意が出来ました」
「ありがとう。一緒にお茶を飲みましょう」
わたしが紅茶を飲み始めるとアイが隣に座り肩を寄せてきて、わたしの耳元でささやく。
「アイビス様、やっと二人だけの愛の巣に戻って来れました。もう夏休みは残り少ないですけど、二人だけで過ごせる最後の機会です。アイビス様とアイの二人だけの火遊びを楽しみましょう」
そうやって誘ってくるアイをわたしは当然受け流しだ。
「夏休み中に課題の自由研究の『レイクシアダンジョンの報告書』をまとめないといけないし、他にも顔を出さないといけないことがあるから忙しいのよ」
それを聞いたアイは予定していたわたしとのアバンチュールが出来なくなり落ち込んでいた。
わたしはささっとお茶を済ますと、勉強机に着いてレイクシアダンジョンでの胸糞な事件をまとめることにしたわ。
思い出すのも腹が立つけど、学校に提出する報告書を仕上げないと夏休みの自由研究の課題が未提出になっちゃうしね。
わたしはレイクシアで起きた事件のあらましを書きつづる。
報告書を書くと言ってもアウレリアとフランシスカのことは在学中にダンジョンを発見した事実だけ書いて、フランシスカが霊体となっていたアウレリアを浄化したことや、わたしがダンジョン最下層に連れ去られたこととダンジョニアのことは伏せておいた。
ダンジョンで起きたことと、出現モンスターリストとマップを併載。
書いたのは3層のリッチ戦のことまでだわ。
それ以上のことは冒険者ギルドの上層部や当事者のわたしたちしか知らない。
さすがにアウレリアが成仏せずに霊体としてこの世に残っていたなんてアウレリアの親族が知ったら悲しむから書けないもん。
学校への提出後に内容にクレームを付けられても困るので、夏休みが終わる前にウィリアム王子にチェックして貰って王子のお墨付きを貰いたい。
報告書を書き終えたら剣の師匠のランスロットの所に顔を出さないとね。
ランスロットにレイクシアのおみやげを渡さないといけないし、ブラッドフォードの修行の進捗具合も確認したい。
ウイリアム王子が戻って来る前に報告書を書き上げたわたしは王子に報告書のチェックをしてもらい、グループの代表として学園に提出してもらうようにお付きのメイドさんに言付けをした。
*
夏休み最終日。
課題を仕上げて学園の再開まで1日だけ余裕が出来たので、剣の師匠のランスロットに会いに行く。
ランスロットは模擬戦でブラッドフォードをしごいていた。
「どりゃー!」
唸る木剣。
木剣とはとても思えない威力の剣撃がブラッドフォードを襲う。
「どう!」
ブラッドフォードは剣に気合を込め、その凄まじい攻撃を避けることなく剣で受けとめた。
ブラッドフォードはランスロットの剣撃で弾かれることも無く完璧に受け止める。
そして全力の鍔迫り合いが始まる。
「俺の剣を受けれるようになったのか。なかなかやる様になったじゃないかブラッドフォード!」
「いつまでも師匠にやられっぱなしじゃマリエルを超えられないからな!」
そして額を突きつけ合う。
その時、ランスロットは気の抜ける声でブラッドフォードに聞いた。
「俺を超えたらマリエルに告白するんだっけか?」
それを聞いたブラッドフォードはにやける。
「その手はもう食わねーよ」
「そうか」
「それに力だけなら師匠を超えてるさ!」
ブラッドフォードは木剣を握る手に力を籠めると、全力で木剣を振るいランスロットを木剣ごと薙ぎ払う。
ランスロットは弾き飛ばされた!
と思いきやそれよりも前に自ら飛び下がり、剣撃の威力を逃がした。
ランスロットは膝を突き息を吐く。
「危ねぇ危ねぇ……危うく弟子に思いっきり突き飛ばされるとこだったぜ! さすがに体力バカには敵わねぇ」
「休んでいる暇はねーぜ!」
そしてランスロットが体勢を整える前に始まるブラッドフォードの猛連撃。
さすがに体力勝負となると若いブラッドフォードの方に分があるようで、師匠であるはずのランスロットは防戦一方だ。
ランスロットは弟子の猛攻を受けて肩で息をしている。
しばらくすると模擬戦の勝負がついたようで二人とも剣の構えをといていた。
「ブラッドフォード、お前はこの夏でかなり成長したな。俺をここまで追い詰めるやつはそうそう居ないぞ」
「ありがとうございます。でも師匠は本気を出してなかったですよね?」
ランスロットは笑い飛ばす。
「そりゃ男が本気を出す時は愛する女を守る時と死を覚悟した時だけだ。木剣じゃ本気を出す気にならねぇ」
ブラッドフォードは真剣な顔をする。
「俺はマリエルを超えられたでしょうか?」
「マリエルの夏休みの修行の成果しだいだな」
「マリエルはどのぐらい強くなってるんだろう」
夏休み前のマリエルとの激しい戦いを思い出したブラッドフォード。
持つ木剣の握りに力が込められミシミシと音を立てていた。
話が一通り終わったと思ったわたしは声を掛ける。
「お久しぶりです。師匠」
その声を聞いてランスロットの表情が明るくなった。
「おー、アイビスさま。おひさしぶりですな」
「これ、レイクシアのおみやげの置物です」
「いつも気を掛けて貰ってすまないです」
それを見たブラッドフォードが物欲しそうに見ている。
「俺へのおみやげは?」
「マリエルから貰いなさいよ」
ブラッドフォードは突然マリエルの名前が出て来たことできょとん顔をしている。
「なんでマリエルの名前が出てくるんだよ?」
「レイクシアでマリエルと会ったからね……」
「マリエルと会っただと!」
「レイクシアで学費を稼ぐためにアルバイトをしていたみたいだけど、仕事終わりに毎日剣の素振りの練習をしてたわよ」
それを聞くとブラッドフォードは興味津々で身を乗り出してきた。
「マリエルは強くなっていたか?」
「そんなに強くはなってないんじゃないかな?」
「そうなのか……」
ブラッドフォードは傍から見ていても落胆した表情を見せる。
わたしは悪戯心でブラッドフォードをちょっとからかう。
「剣の修行を忘れて新しい彼氏と魔法の修行に没頭してたわよ」
ブラッドフォードは顔を真っ赤にする。
「新しい彼氏だと!」
わたしはお腹を押さえて大笑い。
「彼氏ってのは嘘よ」
「嘘なのかよ」
「でも学園の生徒さんに魔法を教わっていたのは本当よ。見たのは夏休みの最初の方だったから今頃は友だちから彼氏に昇格してるかは知らないけど」
「なんだと~」
ブラッドフォードは木剣を投げ捨てると学園へ飛んで帰った。
まあマリエルに魔法を教えていたクリスくんも乙女ゲームのリルティアでは攻略キャラのひとりだったので彼氏に昇格している可能性は無くはないかな。
ブラッドフォードが振られないことを祈るのみ。




