ウィリアム王子の悩み
俺は密偵からの報告を聞いて愕然とした。
「ウィリアム王子、コールディア領でクーデターの兆しが見えます」
「なんだと?」
アイビスの実家であるコールディア領でクーデターだと?
なぜそんなことが起こる。
俺は密偵の報告書を読み漁った。
報告書には王国の安定を揺らがす為に、主要なる属領のコールディア領を乗っ取る計画を察知したと書いてあった。
王国を直接揺さぶる前に俺の婚約者のアイビスの足元を掬いに来たのか。
まあいい。
そんな嫌がらせは毎度の如く叩き潰してやる。
俺は家臣のヴァーサルに指示を出す。
「コールディア領で活動家によるクーデターが画策されているらしい。すぐに情報を集めよ!」
「はっ!」
そしてすぐに指示を仰ぐ。
すぐに不明点を解消するのはヴァーサルが有能な証だ。
「アイビス嬢はどうされますか? 護衛をお付けいたしましょうか?」
「アイビスに心配を掛けさせるわけにはいかない。隠密で頼む」
「わかりました」
この水晶学園は不特定多数の者が出入りするのでセキュリティー面で不安がある。
寮は学園と比べたら出入りの者が限られるので多少は安心だが、出入りの業者も少なくないのでやはり不安があった。
かと言って大仰な護衛を付けてアイビスを不安がらせたくない。
となると実家に戻ってもらうのがベストか。
クーデターが起きてコールディア家が襲われる可能性は無くは無いが、俺がクーデターを未然に防ぐべく動く上に我が親衛隊の防衛網を突破して屋敷が襲われることはなかろう。
それにこの学園にアイビスを残したままだと、護衛以外にも心配がある。
俺が学園から離れている間にアイビスが他の男どもから言い寄られてないか心配で仕事に集中できないのが予想できる。
アイビスは魅力的過ぎる女。
気が付けば男どもに言い寄られる魔性の女でもある。
ここは他の邪なる男どもが居らず、出入りの業者の少ないコールディア家に戻ってもらうのが正解だな。
俺はアイビスを呼びつけた。
「アイビス、夏休みはまだある。里帰りしてみたらどうだ?」
それを聞いたアイビスは目を丸くする。
「さ、里帰りですか?」
久々の里帰りで喜んでいると思いきや、そんな感じでもなさそうなので詳しく説明をする。
「しばらく急用が出来てな。このまま寮にいて貰ってもいいんだが、しばらく実家に帰ってないだろう。折角の夏休みで時間もあるし実家に帰省してみたらどうだ?」
それを聞いてアイビスは納得してくれたみたいだった。
「では、お言葉に甘えてお父様に顔を見せてきますわ」
俺に礼を言いアイビスは実家へ帰省することになった。
これで俺も仕事に集中できる。
*
コールディア領のクーデター計画は既に最終段階へと進行してるようだった。
直近の活動目標は食糧危機からの暴動計画らしい。
完璧な証拠を掴んでから騎士団を投入し奴らを一網打尽にしようと算段を立てていたが、アイビスの護衛役からとんでもない情報が入って来た。
「アイビス様が男と逢瀬をしているようです。この前は二人で王都を訪れていたようです」
「なんだと!?」
俺は怒りで血が煮えたぎる。
「浮気だと? 許せん!」
確かに報告を聞くとコールディア領のとある男と逢瀬を繰り返して居るのは間違いなかった。
俺がこんなにもお前を思っているのに……。
そしてコールディア領の為に動いてるのに!
お前は俺を裏切るのか?
愛するアイビスに裏切られたことで目の前が真っ暗になった。
そして、憎悪と怒り。
俺はクーデターの阻止などはどうでもよくなり、アイビスの浮気の決定的な証拠を見つけアイビスを断罪してやることを決意した。
*
俺はアイビスの浮気調査作戦を決行する。
コールディア領の反乱分子に親衛隊の精鋭を紛れ込ませることに成功。
そしてアイビスを拉致して、反乱分子の隠れ家に捕らえる。
あの男と一つの檻に拘束しておけば、なにかが起こるはずだ。
数時間後、俺の読みが当たった。
反乱分子の隠れ家からアイビスと出てきた男は予想通り淫らな格好をして抱き合っていたので、確保。
愛していた女に裏切られた……。
あんなに愛していたのに……。
浮気をしていただと……。
決定的な証拠を手に入れた俺は怒りで我が身の血が沸騰した。
言い訳が出来ない状況なので浮気を素直に認めると思いきや、アイビスは全く認めない。
まあいい。
この男を拷問して真実を引き出すまで。
親衛隊がこの男を取り調べをするが、この男の主張はアイビスの指示でクーデターを収めようとしていたと一貫して揺るぎない。
王子である俺に向かっても『自分はアイビス様の忠実なる騎士であって、ご主人様にそんな失礼なことはしない』と言い切った。
服を脱いで裂けていたのも隠し持っていた呪符を取り出す為に割いたと言うことで証言がブレない。
どうやらアイビスとこの男は本当にコールディア領のクーデターを収めようとしただけなのがわかった。
となると……。
残されたのは愛するアイビスの言葉を信じられなかった俺と言う糞野郎が居たと言う事実。
でも、あそこまで厳しく言ってしまった手前、謝るに謝れない。
俺はアイビスに今すぐ土下座してでも謝りたい気持ちでいっぱいだったけど、王子と言うプライドが邪魔をしてアイビスを目の前にすると謝罪を言い出せない。
意地を張り続けて、アイビスに愛想を尽かされて俺から去られるのだけは避けたい。
俺は意を決して謝ろうとするが、口から出た言葉は実に間抜けなものであった。
「わかった。言い訳を聞いてやろう。あの半裸の男と抱き合っていた理由を説明してみろ」
なんだよ!
言い訳って!
バカじゃないのか?
そこは土下座して謝るとこだろ!
心では猛省してるのに口からは罵詈雑言しか出ない俺の口。
なんてめんどくさい奴なんだよ、俺って……。
そしてアイビスは目に涙を溜めていった。
「ウィリアムのことを愛しています」
それを聞いて愛おしさが爆発して抱きしめたくなるが身体が動かない。
これはもうあれしかない。
恋人がする儀式だ。
「仲直りのキスをしよう」
そう言ったつもりだけど、言葉にならなかった。
聞こえなかったらしくアイビスが聞き返してきた。
ここで謝れなかったら俺たちの関係も終わりだ。
俺は渾身の力を込めて叫んだ。
「キスしろ!」
それを叫ぶのがやっとだったが、あまりにもぞんざいな言葉だったせいかアイビスの身は固まっていた。
愛する女を怯えさせてどうする。
こんなに可愛い、俺のことを思ってくれる女だぞ。
この女を守りたい。
今まで通り仲良く楽しくやっていきたい。
そう思うと普通に身体が動いた。
手を差し出し握手を求める。
「お願いです。仲直りしてください」
そう言うつもりが、俺の口から出たのは相変わらずぞんざいな言葉。
なんという失礼な男。
最低な男。
でもアイビスは俺の手にキスをして笑顔を見せてくれる。
俺はこんなにも素直で可愛い女を疑っていたのか?
最低な男過ぎる。
でも目の前の愛する女は俺の全てを受け入れたのだ。
俺の口からは虚勢が消え、素直に心の中をさらけ出していた。
そこには王子としての威厳は微塵も無い。




