アイビスの帰省⑨
ビリーくんは男たちが立ち去っても叫び続けていた。
「早く! アイビス様! 早く手紙を書いてください! 今すぐに!」
「そんなもの書いてもここから出れる保証なんて無いわよ!」
「でも、書かなければ一生このままですよ!」
大声で叫び続けて、いつもの落ち着きがあって穏やかなビリーくんじゃなかった。
ついさっき『アイビス様の身は必ずやお守りしますから安心してください』と言ってくれた頼もしいビリーくんはどこにいってしまったの?
わたしが落胆しまくっていると、ビリーくんは手でわたしの口を塞ぐと耳元で囁いた。
「絶対に声を出さないでください」
それはいつもの落ち着きのあるビリーくんの声だった。
わたしは頷く。
「ランタンを消して、鉄格子から離れた壁際に来てください」
わたしはビリーくんの指示通り牢屋の奥の壁際まで移動すると、ビリーくんはまたわたしの耳元で囁く。
「大声で怒鳴りつけてすいませんでした。ここからは出来るだけ小声でお願いします」
ビリーくんが冷静な事で一安心したわたしはホッと一息ついた。
わたしは苦情の意味も込めて嫌味ったらしくビリーくんを責める。
「ビリーくんが本当におかしくなったかと思ったわよ」
「演技だったんですが……」
「わたしまでその演技に騙されて、本当にどうすればいいのかわからなくて困り果てたわ」
「敵を騙すには味方からっていいますよね。僕はこういうやり方しか出来ないので……。でも少し度が過ぎましたね、申し訳ございません」
「やり過ぎよ」
笑いたかったけど、大きな声が出そうなので堪えた。
ビリーくんは真剣な声で囁く。
「アイビス様が起きたらすぐに奴らがやって来たので、恐らくこの牢屋は監視されています。ランプを消したので僕らの姿は見られませんが、普通の大きさの声で話すと確実に聞かれるので注意してください」
「わかったわ。今まで通り耳元で囁くわ」
でも、耳元で囁き合うのって、恋人同士がベッドで囁き合うみたいなイメージで耳が痒くなるわね。
そんな関係の彼氏はこの世界に来る前もいなかったけど。
「僕の手枷まで外せたのは大きな収穫でしたね。アイビス様の手を煩わせずに武器を手に入れられます」
「そう言えば武器を持ってるって言ってたけど、どこに持ってるの?」
「仕込んでおきました」
そう言うとビリーくんは服を脱ぎだしパンツ一丁の半裸になった。
薄暗くてよく見えないけど、これが明るかったら目のやりどころに困る。
「な、なにをしてるの?」
「このようになることを見越して服の生地の間に呪符を仕込んでおいたんです。シャツの袖やズボンの裾に、そしてパンツにも……」
「ぱ、パンツ?」
「ええ、拉致をされると大抵は身ぐるみをはがされるみたいなんですけど、犯罪者も人間の尊厳を守ってくれるのかパンツだけは残してくれることが多いみたいので……」
「パンツの呪符はそのままにしなさい。そんな汚いとこに仕込んだ呪符は汚物です」
「す、すいません」
ビリーくんはシャツやズボンを裂いて呪符を取り出す。
結構な数の呪符が集まった。
さすがにパンツ一丁で牢屋から逃げる訳にもいかないのでボロボロになったズボンの裾だけを切り捨てて半ズボンスタイルで履いて貰った。
上半身裸なのは少しおかしい気もするけど仕方ない。
*
「いきますよ!」
ビリーくんは呪符を使い、鉄格子を爆破した。
途中、通路にランタンが有ったので手に入れる。
「これでだいぶ歩きやすくなったわね」
「ええ」
「相手は居ても数人なので一気にここから逃げるわよ!」
明るくなったことで、ビリーくんの太ももに上半身丸出しの半ズボンスタイルがはっきりと見えて目のやりどころに困ることになったが、そんなことを気にしてたら逃げられない。
しばらく歩くと階段が現れたわ。
「さ、早く降りてこんなとこから逃げましょう」
「いや、出口は上です」
「そうなの?」
「牢屋に連れ込まれる時に薄眼で見ていたんですけど、ここって多分『コール炭鉱』で今は地下のはずです」
「ええ??」
その名前に思いっきり聞き覚えがあった。
コール炭鉱と言えばコールディア領にある炭鉱で、『リルティア王国物語』のファンディスクでコンセプトアートを見たことがあったわ。
ビリーくんルートで断罪の後に炭鉱奴隷としてアイビスが送られる炭鉱。
その炭鉱にわたしはいるんだわ。
バッドエンドで送られる炭鉱にいるってのは複雑な気分ね。
あの脂ぎったおっさんたちに倒されてバッドエンドにならないことを祈るのみ。
わたしたちは敵に見つかる前に階段をかけ上る。
3階分登ったところで、明らかに日の光が射しこんできている通路が有ったのでそこを目指す。
光は近付けば近付くほど目が眩むほど明るくなり、太陽の日差しなのは間違いなかった。
「間違いなく出口だわ! 早く出るわよ!」
「はい!」
そしてわたしたちは全力疾走をして炭鉱から逃げ出した。
「やった! 外よ! 外!」
「やりましたね! 奴らを出し抜いて出口までこれました!」
抱きしめ合い逃げ出せたことを大喜びするわたしたち。
そこに突如として何かがわたしたちに覆いかぶさり身動きが取れなくなった。
「なにこれ?」
そこに脂ぎったおっさんが再び登場。
「どうだアイビス嬢。脱出ゲームは楽しめたかね? グフフフ」
この網を被されていると全く力が入らなく身動きが全く取れない。
指先さえ動かないので魔法も使えない。
「なによ、この網は!」
「魔獣捕獲用の魔道網で捕らえられた気分はどうだ? じゃじゃ馬娘のアイビス嬢」
「くっ!」
「身体から力が抜けて身動きひとつ取れないだろ?」
おっさんの下卑た笑いが鼓膜に纏わりつく。
ビリーくんはその声をはね除けるように叫んだ。
「アイビス様は僕が守る!」
この逆境でその台詞を言えるビリーくんには惚れてしまう。
ビリーくんは渾身の力を込めて呪符を使い網を吹き飛ばそうとするけど、呪符は発動しなかった。
「ど、どうなってる?」
「この網の説明してなかったな。この魔道網は魔獣の身動きを取れなくして、魔法攻撃も全て吸収する魔道具。これで捕らえられた時点でもう終わりだ。我らには勝てん!」
高笑いをするおっさん。
辺りを見回すと100人近い人数でわたしたちは取り囲まれていたわ。
相手は精々4~5人と思ってたわたしの読みは甘かったと後悔。
この網から抜け出せたとしても、この人数の人垣を乗り越えて逃げることはとてもじゃないけど出来ない。
「素直に手紙を書いておけば良かったものを……。ルードリッヒも娘の命が掛かっているとなれば交渉に乗らざるを得まい」
その時!
「フェッティク男爵! 悪行はそこまでだ!」
聞き覚えのある声だった!
「ウィリアム!」
ウィリアム王子は1000人近い騎士を引き連れてこの場に現れた。
「なんだと!」
狼狽えまくる脂ぎったおっさん。
既に騎士に取り囲まれどうやっても逃げることは出来ず、あきらめたようだ。
「今助けてやる!」
魔道網を剣技で切り裂くウィリアム王子。
そしてわたしは助けられたんだけど……。
ウィリアム王子の顔が引きつった。
「この半裸の男は誰だ?」
ヤバ……。
このビリーくんの格好の弁解は難しい。
「知り合いのビリーくんよ。わたしを暴漢から助けてくれたの。ウィリアムも学園のオリエンテーションで会って知ってるでしょ?」
「そうじゃない」
「この格好の理由はあとで説明するから……」
「そんな事を聞いてるんじゃない。なんでこの半裸男と抱き合ってる」
「のあ!」
わたしは誤解が解けるまでウィリアムに三日三晩謝り続ける羽目になったの……ぴえん。
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