アイビスの帰省⑧
ポチャリ……。
水が滴り落ちる音でわたしは目が覚めた。
さっきまで冒険者ギルドいたはずだけど、ここはどう見ても冒険者ギルドではない。
少し離れた場所にランプだかランタンみたいなものが壁に掛けてあるだけでこの部屋自体は薄暗く、夏なのに肌寒くじっとりとした湿気が肌にまとわりつく。
明らかに冒険者ギルドとは違う場所に連れて来られたのがわかった。
後ろ手で手枷で縛られていて、この身が自由でないことがわかる。
壁は岩をくり抜いただけの岩壁で、レンガなどで床や壁を整えてはいない。
おまけに入り口には鉄格子が嵌っている。
とても作りが質素な牢獄。
どう考えても冒険者ギルドの食堂で眠らせられている間に薄汚い牢獄に連れ込まれたのは間違いなかった。
手枷が外れないか、身をよじっていると背後から男の人の声が聞こえたの。
「アイビス様、目が覚めましたか」
この柔らかい物腰は……。
「ビリーくん!」
なんでビリーくんがこんなとこに居るの?
わたしが素っ頓狂な声を上げると、ビリーくんは「静かに」とわたしをたしなめる。
「静かにしてください。騒ぐと敵が来ます」
わたしは頷くけど背後にいるビリーくんに見えているのかはかわからない。
どうやらビリーくんもわたしと同じように床に転がされているのだけはわかった。
「僕もしくじって捕まってしまいました」
「ビーリーくんもなのね」
「小麦不足のことを町で聞きまわっていたら、ごろつきどもに裏路地に連れ込まれて叩きのめされてこの有様です」
ビリーくんの腕っぷしは全くあてにならないからね……。
こうなると頼りはアイだけだけど、アイは今頃ご褒美のプリン欲しさに町を駆けずり回ってビリーくんを探し回っているはずで助けを期待するのは無理がある。
でもビリーくんは大丈夫だという。
「アイビス様の身は必ずやお守りしますから安心してください」
「その格好でなに言ってるのよ」
わたしと同じように手枷をされて床に転げているビリーくんがどうやって助けてくれるのかわからない。
ビリーくんは頼りになるんだかならないんだかよく分からないよ。
でもビリーくんは大胆不敵に笑った。
「武器を取られなかったのが不幸中の幸い。最悪の事態だけは免れました」
「武器をもってるの?」
武器を持っているなら手枷を外してこんな所からはさっさとおさらばだ。
そんなことを考えていると、ビリーくんの返事より早く足音が聞こえ牢の外が明るくなった。
どうやらランタンを持った何者かがやって来たようだ。
「お目覚めの様ですね。アイビス嬢」
脂ぎったおっさんの声だった。
その声に聞き覚えは全くない。
ランタンの灯には3人の姿が浮かびあがっていた。
「あんたは誰よ?」
「ワシはコールディア領の新領主とでも言っておきましょうか」
「どういうこと!? コールディア家にわたし以外に領主を継ぐ者なんていないわよ!」
お父様や無くなったお母さまに親戚なんていないし、コールディア領に継承権のある者はわたし以外にいない。
もし継承者が増えるのならばわたしの結婚相手となる旦那様だけだ。
それにわたしの婚約者はウィリアム王子だわ。
万一、ウィリアム王子に婚約破棄されてフリーになったとしても、こんな脂ぎったおっさんなんて結婚相手としては絶対ない。
家同士の繋がりを強めるための政略結婚なら格上貴族のおっさんとの結婚もあり得なくはないけど、コールディア家はそこまで木っ端の貴族ではない。
「あんたなんかと結婚なんてしないわよ!」
「結婚? 潰れゆくコールディア家のじゃじゃ馬娘と結婚なんてするわけ無いだろう」
おっさんはそう言うと高笑いをする。
「じゃあどうやってコールディア家を乗っ取るつもりなの?」
「乗っ取りなどせん。空いた席に座るだけだ」
おっさんは薄ら笑う。
「素直に統制品の小麦を我らに流しておけばいい物を……。お前の糞親父のルードリッヒは『かわいい娘に頼まれたので悪い事はせん!』と小麦の横流しを断りおって。長年掛けて計画した、不正を言い掛かりにしたコールディア家の取り潰し計画が台無しじゃないか」
お父様は『絶対に不正をしないで』というわたしのお願いをちゃんと聞いていてくれてたのね。
さすが娘コンのルードリッヒお父様。
でもこれって……。
乙女ゲームの『リルティア王国物語』のビリーくんルートでコールディア家の不正が発覚してお家取り潰しになるんだけど、この小麦の横流しが原因だったのでは?
乙女ゲームのリルティアの中ではコールディア家の不正の具体的な話は一切されてなかったけど、こんなことだったのね……。
「小麦不足騒動で暴動でも起こしてルードリッヒを揺さぶろうとしたら、まさかルードリッヒの娘自らが現れてこの騒動に首を突っ込んで来るとはな……。こうも簡単に人質を得られるとは、天はワシに味方をした」
そして再び高笑いのおっさん。
「ここから出して欲しければ、ワシの言うように小麦の裏取引をするようにアイビスからルードリッヒへ手紙を書け。娘第一のバカ親父ならば、娘の命が掛かっていると知ればすぐに願いを叶えてくれるはずだ。書かなくてもいいが、そうなると朽ち果てて骨になるまでこの牢の中だな。ウヒヒヒ」
すると、さっきまで冷静で大胆不敵だったビリーくんが泣き叫ぶ。
「アイビス様! 今すぐ、今すぐ手紙を書いてください! 僕はこんな所で死にたくありません!」
さらにビリーくんが泣き叫んだ。
「手紙を書くだけでここから出られて生き延びられるんです! 今すぐ書いてください!」
ビリーくん、なにを言い出してるの?
手紙を書いてもここから出して貰える保証は一切ない。
遅くても日没頃にはわたしが居なくなったことにアイが気付いて助けに来てくれるはず。
でもビリーくんは一生檻の中に閉じ込められると聞いてパニック状態になっていた。
「早く、書いて! 今すぐ書いて!」
脂ぎったおっさんのお供の一人、冒険者ギルドでわたしに睡眠薬を盛った冒険者風の男がアイテムを使うとわたしとビリーくんの手枷が外れる。
「お友だちが本当におかしくなる前に手紙を書くんだな」
男たちはランタンとペンと紙を置くと牢を立ち去った。
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