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アイビスの帰省⑦

 翌日、わたしはビリーくんとアイを連れて町へ潜入調査に向かったの。


 もちろんこの前みたいに領主の娘と顔バレして住民に追いかけまわされたら(たま)ったもんじゃないので、普段の格好じゃなく町娘ファッションよ。


 ビリーくんの格好は普段着とあんまり変わらないけど、わたしとアイは町娘が仕事の合間に買い出しに来た感じの格好でちょっとモッサイ感じの服装。


 お屋敷のメイドさんの普段着の中で特にヨレヨレの服を貸してもらったわ。


 現代で言うなら安売り衣料店の特売品を使い古した感じの服かな。


 この世界に来る前に着ていた服に似てるって言えば似ている。


 おまけに頭にはスカーフを華麗に巻いているから変装は完璧よ。


 わたしの格好を見てほっかむりした田舎娘と言ってる奴は誰?


 素直に名乗り出なさい!


 馬子(まご)にも衣装ってことわざ通り普段は貴族っぽい衣装を着てそれなりに見えているけど、中身はファッション関係には全く疎いヲタ趣味全開のアラサー女子なのでヨレヨレの服を着れば誰も領主の娘とは思えないぐらいになり切れる自信があるわ。


 その点、普段メイド服を着ているアイはヨレヨレの服を着ても可愛さがにじみ出ちゃってるから駄目ね。


 もっと精進しないと。って、なにを精進すればいいのかわからないけど、わたしたちは町で聞き込みを始めたわ。


 *


 町に着いたわたしたち。


 早速情報収集よ。


「それじゃ、ビリーくんもアイもここで分かれて聞き込みを始めてね」


「了解です」


 ビリーくんは素直にわたしの指示に従ってくれたけど、アイはわたしの指示に従ってくれない。


「アイはアイビス様から5メートル以上離れると死んでしまいます」


「はいはい」


 いつものアレだ。


 アイは落ち込んだ顔をし、続けてボソッとつぶやく。


「それに昨日みたいにアイビス様を住人がいつ襲ってくるかわからないし……」


「護衛をしたいってことね」


 それを聞いてアイの表情は見違えるように明るくなった。


「はい!」


「わかったわ。アイはわたしと一緒に聞き込みしましょう」


「やったー! アイビス様とデートです」


 アイは腕を組んで肩を寄せてくるんだけど、女二人で腕を組んでたら目立つからやめて欲しいんだけどな~。


 そんなわたしの気持ちを知らないアイはデート気分を満喫していた。


 *


 パン屋に食料品屋で聞き込みをしてみるけど、「ここ数週間で急に値上がりした」と「小麦粉が急に手に入らなくなった」との話を聞けただけでその他の話は全く収穫無し。


 ビリーくんから既に聞いている情報で新しい話は無かったわ。


 市場で聞き込みをすると、少しだけ情報が得られた。


 クレープ屋の店主の話だったわ。


「小麦かい? 3日前に若い男が来て、小麦粉の在庫をあるだけ譲ってくれって言われたな」


「その男はどんな感じだったの?」


「商売人て感じの男じゃなくて、腰に短剣を下げた冒険者風の男だったな」


「冒険者が小麦粉を買いに?」


「うちはクレープを売る店で小麦粉なんて売ってねーよと断ったんだけど、あれはなんだったんだろうな? 護衛依頼にでも出るから食材を買い出しにきてたのかな?」


「最近、町でパンが入手出来なくなってるから藁をも掴む気持ちで聞いて来たのかもね」


 アイは納得がいかないのかクレープを食べながら首を傾げていたので確認してみた。


「アイ、なんか気になる?」


「護衛依頼の食材を買い込むのはわかるんですが、なんで店にあるだけの在庫を買い込む必要があるんですか? そんなに要らない」


 クレープ屋の食材の中では生クリームに次いで小麦粉は使用量が多い食材。


 それを在庫があるだけ買うって言うのは明らかに多過ぎる。


「確かに、護衛依頼に必要な食材を買うには多すぎるわね」


 冒険者風の男が小麦粉を買い占めようとしていたという事実だけが残った。


 そうなれば次に行くのは冒険者ギルドね。


 リルティアの世界の冒険者ギルドは異世界ファンタジーのアニメによくある冒険者ギルドみたいな組織ね。


 とは言っても、それは大きな街の話。


 この町の冒険者ギルドは小規模で、荷馬車の護衛や食材の収集の依頼や農作物を荒らす害獣を倒すぐらいの仕事しかないわ。


 冒険者ギルドに行って受付のお姉さんに聞いてみる。


「ここ一週間ぐらいで、護衛の依頼を受けた人を教えて」


 すると受付嬢のお姉さんは毅然(きぜん)とした態度でハッキリと通る声で断った。


「そう言った個人情報はお教えできません」


「小麦不足の調査をしていてどうしても護衛依頼を受けた冒険者の情報が必要なんです……」


「小麦不足でもなにが理由でも、依頼状況を第三者にお教えすることは出来ません!」


 この冒険者ギルドのオーナーは領主であるお父様で、領主の娘のわたしは全くの無関係って訳じゃないんだけどな。


 完璧な町娘の変装をしている今の格好じゃ誰だってそう思うよね。


 わたしはスカーフを取り、素顔を見せ小声で(ささや)く。


「領主の娘のアイビス・コールディアよ」


「ア、アイビス様!?」


 受付嬢は素っ頓狂な大声を上げた。


 声がでかい。


 そんな大声出したら周りの人にわたしがアイビスってバレちゃうわよ。


 周りの冒険者から注目されていることに気が付いたお姉さんはわたしとアイを奥の部屋に案内した。


「失礼しました。こちらの部屋にどうぞ」


 わたしはここ最近、食材が必要になるほどの長期の護衛依頼を受けた冒険者がいなかったか聞いてみた。


 お姉さんはすぐに帳簿を調べる。


「護衛依頼は3件受注されていますが、どれも日帰りで済む護衛依頼ですね」


 アイはそれを聞いて勝ち誇ったような表情をしている。


「アイビス様、やはりあの小麦粉の買い付け人は護衛依頼を受けた人じゃなさそうですね」


「その可能性は高いけど、断定をするのはまだまだ早いわよ」


 わたしは護衛依頼を受けた冒険者に確認を取る為に、連絡先のメモを受付嬢のお姉さんに貰う。


 住所と言うかどこの宿に泊まっているかの情報よ。


 わたしはアイに指示をだした。


「とりあえず冒険者を探す前にビリーくんと合流しましょう。アイ、悪いんだけどビリーくんを探してきて」


「アイはアイビス様から5メートル離れると……」


「はいはい。ビリーくんを連れてきてくれたら、冒険者ギルドの食堂でアイが好きなスイーツをわたしが食べさせてあげるから」


 それを聞いたアイは目じりを下げた。


「アイビス様がアイにプリンを食べさせてくれるですと?」


「アクセサリーとかのご褒美の方がいい?」


「アイビス様のプリン一択であります!」


「集合は冒険者ギルドよ」


 敬礼をしたアイは飛び勢いで冒険者ギルドの出口を出て行った。


 さてと、ひと段落着いたし暑くて喉が渇いたから冒険者ギルドの食堂で飲み物でも飲んで待ってましょうかね……そう思ってたわたしに冒険者の男が話し掛けて来た。


「あんた、領主の娘だろ? 小麦粉不足を調べてるんだって」


「な、なんで知ってるの?」


 変装は完璧だからバレるはずないのに……。


「そりゃ受付嬢とあんな大声で話してたらな」


「いや、大声出してたのわたしじゃないし」


 お姉さんだし。


 男は下品そうな顔をすると右手の親指で輪を作る。


「これ次第では教えてやるぜ」


 それは情報料にお金を払えって事らしい。


 なんでもお金の世知辛い世の中だけど、お金で済むなら済ますのが最善策と思えるぐらい状況は切迫してる。


 なにしろ王都で買い付けてきた小麦が切れたらまた暴動が起きかねないからね。


「わかったわ」


 わたしは男と食堂のテーブルに着く。


「ねーちゃん、話が早いね。お近づきの印に……」


 男はウエイトレスにジュース注文し、受け取った冷たいオレンジジュースをわたしに渡して来た。


 丁度喉が渇いてた所なので助かったわと一気に飲む。


 きくー!


 夏場なんで冷たいジュースはガツンとこめかみに来るわね。


「いい飲みっぷりだな」


 アラサーとしてはこんな暑い日は冷たいビールで一杯やりたいとこだけど、今は未成年の身。


 未成年にお酒はまだ早い。


 だから、オレンジジュースの一気飲みよ。


 男はビールを煽りながら聞いてくる。


「あんたは領主の娘のアイビスだろ?」


「そうよ。それがなにか?」


「いい飲みっぷりだな。将来は結構いい酒飲みになりそうだ」


 安心して。


 わたしはお酒は好きだけど、あんまり強くないから飲んでも2~3杯。


 大酒飲みにはならないわ。


 わたしは冒険者の男に小麦の話を聞いた。


「ところで小麦の話を教えてくれません?」


「それはこっちを貰ってからだ」


 また右手の親指で輪を作る男。


「金貨一枚でいいかしら?」


「おおう」


 わたしが提示した情報料の対価の金額が予想以上に多かったらしく、顔がだらしなく綻んでいる。


 銀貨2~3枚でも良かったかもしれない。


 わたしは腰に下げていたポーチからお金を取り出そうとしたら……。


 あれ?


 なんかおかしい。


 オレンジジュースしか飲んでないのに、お酒を飲んだ時みたいに目が回る。


 そして急に目の前が暗く……。


 そこに男の声が響く。


「やっと睡眠薬が効いたか」


 うそ?


 あのオレンジジュースに睡眠薬が入っていたの?


 ウエイトレスさんから直接渡してもらったジュースになんで?


 よりにもよってアイが居ないこの肝心な時に、注意が足りなかったって……最低ね。


 わたしの意識はそこで途切れ机に突っ伏したのだった。

読んでくれてありがとうございます。

面白いと思いましたらぜひとも高評価をお願いします。

作者のやる気に繋がります。

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