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アイビスの帰省①

 自室でアイと紅茶を飲んで午後のひとときを(くつろ)いでいるとメアリーが来て、ウィリアム王子から呼び出しあったとのことで出向くことになった。


 特にヘマはしてない筈なので説教ではないと思うんだけど……。


 この前の(むせ)るほど甘かったアイビスロールで料理下手キャラがバレて愛相尽かされた?


 わたしは怯えつつウィリアムの部屋へと向かう。


 部屋に着くなり実家に里帰りしろと告げられた。


「さ、里帰りですか?」


 いきなり婚約破棄で学園追放?かと思ったら全然違った。


「しばらく急用が出来てな。このまま寮にいて貰ってもいいんだが、しばらく実家に帰ってないだろう。折角の夏休みだし実家に帰省してみたらどうだ?」


 そうね……。


 (ムス)コンのルードリッヒお父様も気になるし、実家に帰省するのもいいわね。


 と言うことで実家に帰ることになったの。


 *


 久しぶりの故郷を訪れたアイとわたし。


 何年ぶりかしら……。


 なにもかもが懐かしいし、なにもかもが変わってないわね……。


 割と急な訪問だったのでお父様は大喜びだったわ。


「アイビス、アイビス! やっと帰って来てくれたか!」


「お久しぶりです、お父様」


「子犬の様に小さく可愛かったアイビスが、大型犬のように大きくなって綺麗になって帰ってくるとは……」


「そんなに育ってませんわ」


 育ったとしても精々中型犬ぐらいよ。


「もう少し帰ってくるのが遅かったら挙兵して王城をアイビスの奪還に行ってたとこだぞ!」


「娘に会うためだけに王城を襲う貴族なんて聞いたことありません」


「物の例えだ」


「それにもう、わたしは王城におりません」


 それを聞いてルードリッヒお父様は一瞬で青ざめ、それから一瞬で歓喜の表情に満たされる。


「な、なんだと! ウィリアム王子に、す、捨てられたのか? 今すぐ実家に戻って来てもいいんだぞ」


「ウィリアム王子とは今でも一緒ですわ」


「じゃあなんで王城から追い出されたんだ?」


「追い出されたんじゃなく、水晶学園に入学したので寮に住んでおります」


「そうだったのか」


 どうやらルードリッヒお父様は水晶学園への入学のことを何も知らされてなかったみたいね。


 お父様がわたしと別れる時にゴネたから、面倒な事になると思われて全てが蚊帳の外だったみたい。


 どうりで子煩悩のお父様が水晶学園の入学式に参列してなかったわけだ。


 折角の久しぶりの帰省なんだからお父様に親孝行しないとね……。


「少しキッチンを貸して下さい」


「キッチンをか?」


「お父様にわたくしの考案した手作りスィーツを作ってあげますわ」


「うおおおおお!」


 物凄い喜びよう。


愛娘(まなむすめ)のスイーツを食べられるなんて……、このルードリッヒわが生涯に一点の悔いなし!」


 スィーツ如きでそんなに喜ばれると困るんですが。


 早速キッチンに行ってシェフとアイの手を借りてスィーツを作ったわ。


 もちろん作ったのはアイビスロール。


 ウィリアムの甘すぎるという評価を参考に、生キャラメルシロップと生チョコシロップをちょっとビターにした男の人向けにアレンジも施してある自信作だわ。


 お父様に出してみたら、大喜び。


「おおお、生きている間に娘の作ってくれたスィーツを食べられるとは思ってなかった……」


 そして号泣。


「そんなに泣いたらせっかくのスィーツがしょっぱくなってしまいますわ」


「そ、そうだな」


 そしてドカ食い。


 こんなに喜んでくれるなら、お父様にまたスィーツを作ってあげるのもいいわね。


 そう思ったアイビス(わたし)であった。


 *


 アイと部屋に戻った。


 わたしの部屋は埃ひとつ落ちて無く、アイとお父様と王城へ出かけたあの日のままだった。


 アイは先ほどのスィーツのことを思い出しているようだ。


「ルードリッヒ様が喜んでましたね」


「ええ」


「またスィーツを作ってあげないとですね」


「そうね、あんなに喜んでくれるならまた作ってあげるのもいいわね」


「アイにもぜひ」


「アイが食べたいだけじゃないの」


「てへ」


 まあ、あそこ迄喜ばれたらまたスィーツを作ってあげるわよ。


 それも最高のスィーツをね!


 でも、今のわたしは一つの大きな問題を抱えていた。


 ネタ切れだ。


 アイビスロールの時は現代社会のスィーツブームの歴史からクリームたっぷりロールケーキを引っ張りだして来たんだけど、スィーツブームの歴史は完全にネタ切れだわ。


 もう見た目重視のお菓子しか残っていない。


 こうなったらまたまたアイにスィーツのヒントを貰うしかないわね。


「アイ、なんか食べたいスィーツある?」


「暑いですし、アイス一択。バニラアイスがいいです」


 ほう。


 アイスはいいアイデアかも。


 スィーツの歴史の中ではブームにはなっていなかったけど、コンビニやスーパーで買える小さな容器のちょっとお高めのアイスはおうちで味わえる最高の贅沢として完全に日本の小売店に定着したわね。


 あのアイスを再現できれば絶対に受けるはずだし、お父様も大喜びの筈だわ。


 さっそく、アイスの材料を買いに領都の町まで出かけた。


 牛乳にバニラ、砂糖に卵。


 必要な物はすぐに揃ったわ。


 で、さっそくシェフに手伝って貰って作ってみたんだけど……。


 あれ? なんか変。


 お高いアイスじゃなく50円の棒アイスの味で、ぶっちゃけ美味しくない。


「これ、イマイチな感じね」


 そうシェフに問うとシェフも頷く。


「そうですね。この牛乳はどこで手に入れたんですか?」


「他の材料と一緒にお店で買ったわ」


「そうだったんですか。お店で売ってる牛乳は保存性の為に密閉容器に入れてから魔法で長時間高温殺菌をしていて風味が飛んでいるんですよ。お菓子作りの場合は新鮮な牛乳を使わないとダメなんです」


「そうだったの?」


「お菓子に使う場合は産地の牧場から直送してもらうのが基本だけど、夏場のこの時期は腐るので輸送はきついですね……」


 この世界では冷蔵庫が普及して無いので、瓶に詰めたあと魔法で一昼夜グツグツと煮込んで完全殺菌するらしいの。


 そのせいで風味がみんな飛んでしまうらしいわ。


 わたしは牛乳が手に入らないというとんでもない事実を聞いてしまったけど、わたしのスィーツ道はこんなことでは挫けないわ。

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