お父様へのお願い
あまりにも勉強が捗らないので父親に頼み込んで家庭教師を雇って貰うことになったアイビス。
アイビスの父親のルードリッヒは最高の家庭教師を用意できたことで得意気だ。
「明日から家庭教師が付くぞ」
「本当ですか?」
これで勉強の仕方がわからない問題はクリア。
ありがとう、お父様。
「最高の先生を用意してやったぞ。見知った顔同士仲良くやってくれ」
見知った顔って、アイビスの周りに勉強ができるキャラなんていたかしら?
まあいいわ。
細かい事は気にしない。
お父様が最高の家庭教師って言うんだからきっと素晴らしい人が先生なんだわ。
*
明日から家庭教師が来るらしいので授業に必要な黒板やチョークを街に買いに出掛ける。
本来家庭教師に黒板なんて必要ないんだけど、わたしとアイの二人で教えて貰うんだから家庭教師と言うよりもちょっとした塾感覚。
授業には黒板が必須だわよね。
メイドさんに買い出しをお願いしてもいいんだけど、忙しそうにしてたからわたし自ら買い出しに行くことにしたのよ。
と言うことで、アイと一緒に街まで買い出しに出掛けることになったわ。
リルティアのゲームの中ではアイビスの家庭の描写は出てこないんだけど、上流階級の領主家の娘であるわたしの実家であるお屋敷は領都の中心に位置してお城みたいな扱いなのよ。
しかもその領地は王都に隣接していてその規模は王国内でもトップレベル。
当然、お城に相当するお屋敷の周りには城下町が存在するわ。
高台に位置するお屋敷の周りには庁舎があって商店街もある。
商店街には飲食店、服屋、武器屋、家具屋、雑貨屋、市場に宿屋、馬屋……王都程では無いけどなんでもあるわ。
この世界に来る前に住んでいた商店街の無かった最寄り駅よりも規模が大きく栄えているわね。
家具屋に行ってみたけど黒板は売ってなかった。
「家具屋に黒板は売ってなかったわね。どこなら売ってるのかしら?」
「アイビス様と念願のデートです。えへへ」
アイに聞いてみても、わたしの腕に抱きついたまま上の空。
アイの目はトロンとしていて間違いなくここに意識はない。
「えへへへ」
「しっかりしてよね……」
デートじゃなく買い出しなんだけどな……。
時間が無いからと、わたし自ら買い出しに来たことを激しく後悔だわ。
家具屋の店主に聞くと黒板なんかの事務用品は雑貨屋にあるかもしれないとのこと。
雑貨屋に行くべくアイを引っ張る様にふらふらしながら道を歩いていたら、通行人にぶつかってまずいことになったわ。
わたしは即平謝り。
「ごめんなさい。お怪我は大丈夫ですか?」
だけど、相手が悪かった。
歩き飲みの酔っぱらいのおっさんだ。
仕事帰りに屋台でジョッキ酒を買って歩きながら飲んでいたっぽい。
ぶつかっただけじゃなく、飲んでいたお酒をおっさんの身体にぶちまけてしまったの。
飲んでいたお酒をこぼした上に、身体中お酒まみれ。
「なにしやがるんだ、このガキ!」
そりゃ全身お酒まみれにされたら酔っぱらいじゃなくても怒るわよね。
顔を真っ赤にして怒りつつ、ジョッキで殴り掛かりそうな勢いだ。
ここは洗濯代を渡して平謝りするしかない。
ひたすら頭を下げて謝っていたんだけど、おっさんの怒りはおさまらない。
ジョッキを振りかざしてカンカンだ。
めっちゃ怖い。
わたしが襲われそうになったらアイが正気を取り戻した。
「アイビス様に危害を加えるなら生かしておかない」
アイが飛び掛かろうとしたけど、今度はわたしがアイの腕に抱きついて止める。
「アイ、待ちなさい! 悪いのはこっちなのよ!」
どう考えてもフラフラと道を歩いていたこっちが悪い。
でもアイの考えは違った。
「アイビス様に危害を加える者はいかなる理由でも排除する!」
ゲームの中のアイは強いと思うけど、あくまでもそれは学園に入学する頃の話。
子どもの今のアイにはどう考えても勝ち目はない。
アイの態度を見ておっさんの怒りも急上昇。
「てめーをぶん殴らないと気が収まらねぇ!」
おっさんもアイ同様にやる気だ。
アイを止めるだけで大変なのに、酔っぱらいおっさんもやたらと好戦的だわ。
日本でもお酒を飲んだらやたら気が大きくなって暴力を振るう人をたまに見かけるけど、子どもに手を出す大人にはなりたくないわね……。
どうやってこの騒動を収めればいいのよと困り果てていたんだけど……そこに救世主が現れた。
どう見てもわたしと同じぐらいの歳に見える男の子。
でも、態度は大人だった。
「いいかげんにしろよ、おっさん!」
大人にも気後れせずに立ち向かう態度はやたら凛々しい。
その姿を見て思わずカッコいいと思ってしまった。
生まれて初めての一目惚れ。
酔っぱらいの顔に持っていた飲み物を浴びせると、間髪入れずに剣を突きつける。
「酔って暴れるなら酒なんて飲むなよ!」
鼻先に剣を突き付けられた事で、一気に酔いの覚める酔っぱらい。
「お、おう……」
こうして騒ぎは収まったんだけど、その男の子は更にカッコよかった。
「俺のジュースで服を濡らしてしまったな。洗濯代だ」
金貨を酔いの覚めたおっさんに投げつける男の子。
男は洗濯代には多すぎる金貨を受け取ったおっさんは頭をなんどか下げると通りの向こうに消えて行った。
男の子は騒ぎが収まったのを確認するとわたしに話し掛けて来た。
「ケガは無いか?」
「大丈夫です」
「それはよかった」
なにこの男の子。
騒ぎの後なのに第一声でわたしの身を案じるって……どんだけ紳士なの?
「お力添え、ありがとうございます」
「気にすんな」
わたしは思った。
かっこいいと。
わたしの身体が少し熱くなるのを感じた。
この身体が熱くなる火照りって恋?
わたし、この子に産まれて初めて本気で恋しちゃったかも……。
男の子はため息を吐く。
「一部始終を見てたけど、あれはお前たちが完全に悪かったな」
「すいません」
「初めて来た街だけど、歩き飲みしてる酔っぱらいが居るとか、子どもにガチギレする大人がいるとかこの街は随分と治安が悪いな。領主はなに考えてるんだよ」
すいません。その領主の娘がわたしです。
全身全霊で土下座したい気分だった。
「俺の仲裁が入らなかったらどうする気だったんだよ」
「全身全霊、全力で謝罪するしか……」
男の子はそれを聞くと大笑いしたあと、手を振ってどこかに行ってしまった。
全力で謝罪したい気分だった。
ところで酔っぱらいに渡した金貨……、男の子に返さなかったけどいいのかな……。
*
家庭教師として招集されたのは……嘘でしょ?
昨日の男の子だった。
男の子が家庭教師に来たことでもビックリだったけど、彼の名前を聞いて更に驚いた。
「家庭教師のウィリアムだ。よろしく」
家庭教師としてやって来たのは攻略対象の1人であり、俺様キャラであり、ゲーム内ではメイン攻略キャラと呼ばれるリルティア国第一王子のウィリアム王子だった。
あの男の子、ウィリアム王子だったの?
それになんで攻略対象のウィリアム王子が先生なのよ?
こんなイベントはゲームの回想シーンのどこにもなかったわよ!
わたしは猛ツッコミをする。
「なんで、第一王子のウィリアム様が先生なのよ!」
アイビスの父親のルードリッヒが説明する。
「議会の後の懇親会でアイビスの家庭教師の事を話していたら、同期入学予定の者同士集まって教え合って勉強したらどうだね?と王様が言ってくれたんだ」
マジなの?
「それにウィリアム王子はアイビスの婚約者だしな。今からお互いを理解して仲良くなっておくのはいいことだと思うんだ」
父のルードリッヒはとんでもない事を言い出した。
ウィリアム王子ってわたしの婚約者だったの?
「うそーん!」
そんな隠し設定なんて知らないし、要らない。
わたしは思わず声が裏がえった。
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