マイルストーン
「マリエル!」
入学式が終わった直後の講堂。
マリエル・オービタルは名前を呼ばれて呼び止められた。
振り返るとそこには普通の生徒の着る紺色の学生服とは色の違う、白を基調とした制服を着た上流貴族クラスの生徒が立っていた。
見ただけで下流貴族クラスの生徒とは気品の違う金髪の男子生徒が立っていたのだ。
もちろん、マリエルに上流貴族との面識はない。
『スラッとしていてとてもカッコいい人ね……』
これがマリエルのこの男子生徒に対する第一印象だった。
「どちら様でしょうか?」
なにか失礼なことをしたのかと思い怯えながら声を掛けると男子生徒は顔を綻ばせながら話し掛けてきた。
「俺はウィリアム。きみが主席入学のマリエルか?」
「マリエルですが、何か御用でしょうか?」
「きみに謝らないといけないことがあってな」
「謝るですって?」
謝られる心当たりがなく、困惑するマリエル。
だが男子生徒は下級貴族のマリエルに頭を下げた。
上流貴族が下級貴族に頭を下げるなんてことはあり得ないことだ。
「あ、頭をさげるなんて止めて下さい!」
慌てて頭を上げさせるマリエル。
だが、ウィリアムは謝罪を止めなかった。
「この学園では代々主席入学の生徒が宣誓をすることになっているが、今年は第一王子の僕が入学したばかりにマリエルが栄誉を受ける機会を奪ってしまった。申し訳ない」
「そんなことで頭下げないでください……ってウィリアムさんはお、王子様なのですか?」
あまりのことで、動揺しまくるマリエル。
目の前に立っているのが王子様と気が付くと、驚きのあまり足も腰もガクガクで立っているのがやっとだ。
そして驚きすぎて目の前が真っ暗になり倒れ込んでしまい、周りの生徒から笑いが巻き起こった。
ただひとり、マリエルが王子と話したことを嫉妬し怒りを抱いたアイビスを除いて……。
***
わたしは今後の人生の目標の道筋を設定する。
アイビスがまずしないといけない事と言えば勉強だわ。
乙女ゲームの中のアイビスは家柄こそいいものの、水晶学園での成績は今ひとつであったせいでアイビスの周りには家柄を目当てに擦り寄って来る取り巻きしかいなかった。
断罪からの処刑ルートを避けるためにも、攻略対象に一目を置かれる存在となる為に成績の向上は必須だわね。
全校生徒に一目を置かれる学業優秀な生徒になれれば、マリエルに余計なことをしない限り断罪ルートに進むことも無いはずだ。
逆に家柄があまり良くないマリエルの取り柄はたぐいまれなる学力と、その結果手にした主席入学の栄光だけである。
そんなマリエルも入学してすぐの頃はまだ魔法の才能を発現していない。
夏休みのバイトで次期大司教候補であり攻略対象のクリスくんと出会い魔力の潜在能力を開放するイベントが発生するんだけど、それまでは魔法を使うのはどちらかと言うと苦手だった。
その魔力開放イベントも主席入学がイベントの発生条件のフラグのはずだわ。
主席入学がイベントの開始フラグだと断言できないのは、ゲームでは入学試験イベントでクイズ形式のテストを主席入学となる正解率8割を超えるまで延々やり直させられるからなのよ。
なのでゲームではマリエルが主席入学以外のパターンはない。
主席入学の成績を話の発端として攻略対象のウィリアム王子と話すのが全てのイベント開始の切っ掛けになっているはずなの。
だから、マリエルを首席で入学さえさせなければ断罪イベントは発生しないと思うのよ。
この世界はゲームと完全に同じじゃないから、わたしというリルティマニアがアイビスの中身ならば悪役令嬢のアイビスが主席を取る番狂わせも可能だわ。
なにしろ、リルティマニアのわたしには解けない入学試験クイズは無い!
まあ、わたしの頭がいいんじゃなくて、クイズ3000問の正解を全部暗記するぐらいやり込んでるだけなんですけどね……。
高校生活のほぼ全てをリルティアの攻略に注ぎ込み、高校での勉強を手抜きしてテストを赤点になるギリギリでどうにか切り抜けて来たわたしのリルティア力を舐めんなよー。
アイビス《わたし》が主席入学になれば入学式直後のウィリアム王子とマリエルの出会いイベントも発生フラグが立たなくなって、王子がマリエルになびくことも無いはず。
うん! 完璧な計画!
わたし、冴えてる!
王子が誰と付き合おうとどうでもいいけど、マリエルと付き合うのだけはお断り。
マリエルがウィリアム王子ルートを突き進めばアイビスの断罪ルートまっしぐらだからね……。
わたしが主席入学を果たしウィリアム王子と付き合ってしまえばマリエルのイベントも発生しないんだけど、断罪イベントで王子がわたしを足蹴にする冷酷な一面を知った後で、王子と付き合えと言われてもちょっと無理。
ノーサンキューでごめんなさいだ。
わたしはアイに勉強の準備を用意してもらう。
久しぶりのクイズで腕が鳴るわ!
と、思っていたんだけど……。
机の上に用意されたのは分厚い参考書の山だった。
一冊一冊が辞書の厚さを超えている。
それもとんでもない冊数が積みあがっていて、地震が来たら崩れた本の山で生き埋めになって二度と這い出せない気がする。
「なに、これ?」
「なにと言われても……。これはお勉強用の参考書です」
「いやいやいや! こういうのじゃなくて、コントローラーとかゲームセンターのテレビゲーム機みたいなクイズマシンはないの?」
「クイズマシン? ですか? どれはどのようなものですか?」
「クイズマシンと言えばテレビ画面が付いていて操作するボタンとレバーも付いてる感じのやつよ」
わたしはノートにクイズマシンの絵を描きアイに必死に説明し、屋敷のどこからか探してくるように命令した。
アイは深く頭を下げて謝る。
「申し訳ございません。アイはクイズマシンと申すものは存じません」
がーん!
クイズマシンが無いですと!
それじゃ普通に勉強するしかないじゃん!
アイが言うには普通に机に向かって参考書で勉強するのがこの世界の勉強らしい。
現実世界と一緒じゃん!
自慢じゃないが、机に向っての勉強には自信がない!
この世界は乙女ゲームの世界だけど、ゲームそのまんまの世界じゃないのね。
机に向っての勉強なんて10年以上したことないし、久々にするのは結構辛い。
わたしは高校の時に手を抜いた勉強のツケを今になって払わせられる羽目となった。
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