表示調整
閉じる
挿絵表示切替ボタン
▼配色
▼行間
▼文字サイズ
▼メニューバー
×閉じる

ブックマークに追加しました

設定
0/400
設定を保存しました
エラーが発生しました
※文字以内
ブックマークを解除しました。

エラーが発生しました。

エラーの原因がわからない場合はヘルプセンターをご確認ください。

2/76

悪役令嬢アイビス・コールディア

 乙女ゲーム『リルティア王国物語』が好き過ぎたわたしは駅の階段から転げ落ちて頭を打ってしまい、どうやら乙女ゲーム『リルティア王国物語』の世界に迷い込んでしまったらしい。


 ただしわたしが迷い込んだのは主人公の『マリエル・オービタル』ではなく、リルティアの中で一番の嫌われキャラの悪役令嬢『アイビス・コールディア』としてだ。


 大好きなゲームの中に迷い込めたのは構わないと言うか、むしろご褒美。


 リルティアの世界に迷い込んだこと自体は構わない、むしろ大歓迎だわ。


 気に入らないのは転生先よ。


「よりにもよって、なんで悪役令嬢のアイビスになっているのよ……」


 思わずぼやいてしまう。


 わたしが迷い込んでしまった悪役令嬢アイビス・コールディアと言えばリルティア王国物語の登場人物の中でも一番の嫌われキャラで、飛び抜けて頭のおかしいキャラで有名だ。


 ことある(ごと)に主人公のマリエル・オービタルに嫌がらせをする。


 それはもう、執念さえ感じるほどに……。


 初めてマリエルに嫌がらせをしたのは入学式だ。


 入学試験で成績優秀だったマリエルを攻略対象の第一王子のウィリアムが閉会後の入学式会場で入学試験の結果が優秀だったと称えていると、アイビスが突然現れて仲を裂くかの如く二人の間に割り込んで来てマリエルを『田舎貴族』と(ののし)るのが始まりだ。


 確かにマリエルは都会とは言えない辺鄙(へんぴ)な領地の出身で、マリエルの実家の屋敷の周りは畑しかないけど……。


 その屋敷も学園の下町にある宿屋に毛が生えたぐらいの大きさで屋敷と言うのはおこがましい物だったけど、初対面の主席入学の生徒に取る態度じゃないとリルティマニアからヘイトを集めネットで散々叩かれていた。


 それからも嫌がらせは続き、オリエンテーションでは前日に学生服を汚損させて参加させなくしたり、剣術大会では破損武器へのすり替えをして出場を辞退させたり、舞踏会ではドレスを切り裂いて参加させなかったりでやりたい放題だった。


『そこまで嫌うものなの?』


 と言うのがわたしたちプレイヤーのリルティマニアの一致した感想だったわ。


 ぶっちゃけ、この『アイビス・コールディア』は主人公マリエルと攻略対象の好感度を上げるための噛ませ犬でしかない。


 どの攻略対象のルートに進んでも、攻略対象に退治されだけの存在で永遠の噛ませ犬でしかないのだ。


 攻略対象とラブラブになる個別ルートが始まる2年生編に入る直前のタイミングでアイビスがマリエルを学園から追放しようとするマリエル追放イベントが発生し、今までの悪行が祟って逆にアイビスの断罪イベントが始まるのよ。


 マリエルの事を(した)った攻略対象や友人たちに取り囲まれアイビスは断罪され、同時にコールディア家の不正も発覚してお家取り潰しになると言うシナリオだわ。


 断罪の結果、炭鉱奴隷として追放される大商人の息子のビリーくんルートならまだいい方で、ウィリアム王子ルートだと断頭台で処刑され、第二王子のチャールズ王子ルートではその場で剣で刺し貫かれる。


 大司教候補のクリスくんルート、騎士団員候補のランスロットルート、大錬金術師のギルバートルートだとしても、どのルートでも攻略対象の不評を買い結果断罪され悲惨な未来しか待っていない。


 さすがにどのルートでも断罪されるほどのヘイトをためて嫌がらせをするのは雑過ぎるシナリオだとリルティマニアのわたしでも擁護できないけど、たぶん10年前のゲームだから容量や作業量の関係で悪役を一人しか登場させられなかったんだろう。


 折角大好きなリルティア王国物語の世界に生まれ変わったんだから、悪役令嬢のアイビスで断罪される未来だけはお断り!


 普通に穏やかな学園生活を送り、ゲーム後の世界でも普通の生活を送りたい。


 わたしはこのゲームの知識を生かして全力で断罪フラグをブチ折りアイビス(わたし)にとってのバットエンドを回避することに決めたのだった。


 *


「さあ、わたしが断罪されないように計画を立てるわよ!」


 わたしは自室のテーブルについて、今後の方針をノートに書き示す。


「まずはマリエルへの嫌がらせは絶対に禁止ね」


 ゲーム内ではどのシナリオに分岐しても発生する断罪イベントでアイビスが表舞台から退場することで、主人公目線でゲームをしていたわたしは爽快感を感じていたぐらい。


 でも、わたしがアイビスになったのだから、そんな間抜けなイベントは起こさせない。


 処刑されるのは嫌なのでマリエルに嫌がらせをするつもりは無いし、お家取り潰しの原因となった実家の不正会計も水晶学園の入学までに正すつもりだ。


 むしろ、水晶学園に通わなければ攻略対象に断罪されることも無いのでは?


 うん、そう!


 わたし()えてる!


 グッド過ぎるアイデアだわ!


 断罪フラグが立つ以前に、フラグが立つ機会自体を避けてしまえばいい。


 『死亡フラグを根本から回避するわたし、かしこ過ぎない?』と思ったんだけど……。


「水晶学院に通うのは上流貴族の義務です」


 アイはわたしに冷たくそう告げた。


「義務だったの?」


 『リルティア王国物語』のセリフを丸暗記するほどプレイしたリルティマニアのわたしでもそんな設定は初耳なんですけど……。


「水晶学園での成績は次期領主として領地を継ぐ才覚があるのを見極めるのと、次男次女など領地の継承権を持たない者は学園での成績で騎士団や魔道研究所など国の中枢機関への採用試験も兼ねています。入学を辞退することは許されません」


 上流貴族にそんな設定があるなんて知らなかった。


 下流貴族のマリエルをプレイしてただけじゃ見えない設定もあったのね。


 メモメモ……と。


 これでわたしのリルティア力がちょびっと上がったと喜んでたんだけど、今はそんなことを喜んでる時じゃない。


 領主継承権のある一人娘じゃ入学辞退は出来ないじゃん!


 お父さん、なんでわたしだけしか子どもを作らなかったのよ?


 跡継ぎの男の子を産むまで子作り頑張ってくれなきゃ困るわよ!


 いや、入学まで時間があるんだから今からでも……間に合わなくはない。


 お父さんに頑張って男の子の跡継ぎを作ってもらおう!


 今から跡継ぎの弟を作るのはいいアイデアと思ったんだけどアイに却下された。


「奥様が去年亡くなられたばかりなので、喪明けから再婚相手を探して弟君(おとうとぎみ)を作られるのですと時間的に無理があります。それに運よく産まれたとしても男女の確率は半々。妹君(いもうとぎみ)が産まれる可能性も高いですし、そもそも新しい奥方様にすぐにお子様が出来る保証なんてどこにもありません」


「そうだわね……」


 新しい跡継ぎを作って入学辞退するアイデアは諦めるしかないか。


「でも、このまま学園に通ったら、王子たちの不評をかって死刑になるわよ」


「なんでそうなるのかわかりませんが、大丈夫。アイが命を懸けて守りますから、そんなことには絶対にさせません!」


 アイにはまだ詳しいことを話していないので、学園に行くと死刑になる流れが理解出来て無いようだけどアイは必死に慰めてくれる。


 アイ、優しい。


 水晶学園に行くのは確定ルートなので避けられない運命のようだ。


 でもここで諦めるアイビス(わたし)じゃない。


「入学まで3年もあるんだから、まだなんとかなるわ」


 わたしは自分に言い聞かせるようにつぶやいた。


 わたしは今13歳で、ゲームの舞台となる水晶学園の入学まであと3年もあるのだ。


 入学まで時間があるんだから今から魔法や剣の勉強をしたり、仲間を作ったりと、やれることは色々ある。


 わたしは後ろで立っていたアイの目を見ながら話し掛ける。


 まず最初に仲間にするのはアイだ。


「アイ、絶対にわたしを見捨てないでね」


 ゲームでは断罪イベントの直前にアイに愛想を尽かされて逃げられてしまい、いつも守ってくれるアイがいなかったことでアイビス(わたし)は断罪イベントを乗り越えることができなかった。


 でも、アイに愛想を尽かされるようなことさえしなければ、アイはわたしの元を去らなかったかもしれない。


 アイは普段は感情を見せない瞳を涙目にして全否定する。


「お嬢様を見捨てるなんてこと、アイは絶対に致しません!」


 アイの目には力強い光が込められていて、その言葉は嘘では無いようだ。


「アイ、ありがとう」


 感謝の気持ちでいっぱになって思わずアイを抱きしめるとアイもわたしを抱きしめてきた。


 ゲームの中ではアイはアイビス同様アイはムカつくキャラだったけど、目の前にいるアイは従順で可愛すぎる。


 アイは聞こえるか聞こえないかぐらいの小声で耳元でつぶやいた。


「アイの名前はアイビス様のアイから頂いたと、今は亡き奥様から聞いています。アイビス様のお名前の一部を頂いたのですからアイはアイビス様を一生お守りする所存(しょぞん)であります」


 なにそれ……。


 一途過ぎるよ、アイ。


 この話も初めて聞いたよ。


 アイがわたしの元から消え去らないことを願うように、わたしはアイをぎゅっと抱きしめるのであった。

読んでくれてありがとうございます。

面白いと思いましたらぜひとも高評価をお願いします。

作者のやる気に繋がります。

評価をするにはログインしてください。
この作品をシェア
Twitter LINEで送る
ブックマークに追加
ブックマーク機能を使うにはログインしてください。
― 新着の感想 ―
このエピソードに感想はまだ書かれていません。
感想一覧
+注意+

特に記載なき場合、掲載されている作品はすべてフィクションであり実在の人物・団体等とは一切関係ありません。
特に記載なき場合、掲載されている作品の著作権は作者にあります(一部作品除く)。
作者以外の方による作品の引用を超える無断転載は禁止しており、行った場合、著作権法の違反となります。

この作品はリンクフリーです。ご自由にリンク(紹介)してください。
この作品はスマートフォン対応です。スマートフォンかパソコンかを自動で判別し、適切なページを表示します。

↑ページトップへ