よくある婚約破棄
「あ~ムカつく!」
アイビス・コールディアは学年末の進級ダンスパーティーでひとりイラついていた。
本来であれば一緒にパーティーに訪れるはずだったエスコート役である婚約者のウィリアム王子が同行しなかったからだ。
おまけにいつもはアイビスからひとときも離れることの無かった専属メイドのアイの姿が見つからなく、ダンスパーティー会場にひとりで訪れたからだ。
おかげでパーティーの出席者たちからは『王子にフラれた』という根も葉もない噂を立てられたからだ。
アイビスはひとりぼやく。
『パーティーなのにウィリアムは遅すぎるわ! 婚約者を放置してダンスパーティーに遅刻するって頭がおかしいんじゃないの?』
ウィリアム王子がいつまで経っても来ないのでアイビスの苛立ちは限界を超えていた。
アイビスはこの苛立ちをぶつけるべく、毎度の八つ当たり役のマリエルを探すがどこにも見つからない。
こんな時に限って見つからないマリエルってどんだけ役立たずなのよ?
マリエルって下級貴族のくせして、わたしの婚約者であるウィリアム王子にしょっちゅうちょっかいを出してムカつくのよね。
いつもなら、こんな時はマリエルを見つけて洗練されていない所作をからかってストレスを解消していたんだけど、今日に限ってどこにも見つからない。
そういえば今日の進級ダンスパーティーにはクラスメイトの中で唯一マリエルだけ誘わなかったんだっけ?
きれいサッパリ忘れていたわ。
てへぺろ。
ストレス解消のおもちゃとしてマリエルを呼んでおけば良かったわね。
アイビスはそんなことを考えていた。
その時、『バン!』というけたたましい音と共にパーティー会場の大扉を開け放ってウィリアム王子が入って来た。
しかも、王子の横にはダンスパーティーに呼んでないマリエルが立っている。
マリエルはウィリアム王子に肩を抱かれてエスコートされ、パーティー会場へ入って来た。
ウィリアム王子とマリエルが同時に会場に入って来たということはどう見ても恋人同士。
嘘でしょ?
なんでマリエルがウィリアム王子にエストートされてるのよ?
これってマリエルがウィリアム王子の恋人になって、エスコートされなかったわたしが振られたってこと?
婚約してからずっと、俺様王子に合わせて頭の悪いギャルっ子を演技していたわたしの努力が無駄になったじゃない。
ありえない!
目の前が真っ暗になるアイビスとすれ違いざま、ウィリアム王子はアイビスだけに聞こえるようにささやく。
「アイビス、マリエルをこのパーティーに誘わなかったそうだな」
なんでバレてるの?
まさか、マリエルがウィリアム王子にわたしがマリエルを虐めてることを全てバラしたの?
この一年間、マリエルがひとりで居る時だけを狙ってイジメていたわたしの努力が台無しじゃない。
下級貴族のマリエルのオービタル家が上級貴族のコールディア家に歯向かうとは、どうなるかわかってるんでしょうね?
更にウィリアム王子は続ける。
「この性悪女め!」
アイビスは王子にマリエルへのイジメが完全にバレていることを悟り、なにも言い訳出来なかった。
まさか、マリエルがウィリアム王子と恋人となって繋がってたなんてね。
昨日までウィリアム王子とダンスパーティーに着ていく衣装のことを話してたのに、まさかこんなことになるなんてわかる訳ないじゃない!
ガキがそのまま大きくなった俺様王子だと思ってバカにしていたけど、この役者級の演技にはやられたわよ。
第一王子のウィリアム王子を怒らせたってことは、上手い言い訳を考えないとコールディア家がお取り潰しで存続の危機。
アイビスは超高速で頭をフル回転させて上手い言い訳を考える!
アイビスが頭脳をフル回転させて言い訳を必死に考えていると出席者がざわめく。
「アイビス嬢が王子にフラられたという噂は本当だったのか?」
「あれが噂のウィリアム王子の新しい婚約者なのか」
アイビスは激怒する。
新しい婚約者ってなによ?
じゃあ、わたしはお古の婚約者とでも言う気?
現在進行形でわたしがウィリアム王子の婚約者なのよ!
そうだ!
わたしは突如一方的に婚約を破棄されたかわいそうな許嫁。
この方向でウィリアム王子を問いただすしかないわ!
アイビスは王族のウィリアム王子に不敬にならない範囲で責めるシナリオを頭の中で組み立てた。
だが、アイビスがウィリアム王子に責め寄るよりも早く、ウィリアム王子はマリエルの紹介を始めた。
「俺様の婚約者のマリエルだ。皆も第一王子の俺様と婚約者のマリエル共々今後ともよろしく頼む」
会場はざわつき、暫くするとパラパラと単発で鳴っていた拍手が拍手喝采へと変わる。
マズイ!
王子が先手を打ってきた。
マリエルが婚約者と聞いて呆然自失のアイビス。
だがこれは演技。
ここは王子の身勝手な言い分で一方的に捨てられた悲運な婚約者で演技を通さないといけない。
アイビスは呆然自失から正気を取り戻た演技で、ウィリアム王子に訴える。
「ウィリアム王子! 婚約者はわたしですよね? 許嫁はわたしですよね? なんでぽっと出の下級貴族のマリエルが婚約者となるんですか?」
アイビスはマリエルを睨み怒鳴りつける。
どう?
この正論には反論できないでしょう?
アイビスはマリエルに向いトドメをさす。
「この泥棒猫が!」
アイビスは『ウィリアム王子と性悪女の浮気行為』の正論の責める。
ここまで言われたらいくら頭の悪い俺様王子でも反論する気なんて起きないでしょう?
でも、ウィリアム王子はマリエルを庇うようにアイビスとの間に立ちはだかる。
ウィリアム王子は不貞行為の告発に動じずアイビスに言い放った!
「お前みたいな着飾るだけ、見た目だけの金の掛かる女はもうウンザリなんだよ。おまけにマリエルが下級貴族と言うだけの理由でいじめまくる人間のクズとは婚約破棄だ! 賢いマリエルこそ、俺様の婚約者に相応しい!」
え?
あそこまで告発されたのに、反論してくるの?
ありえない!
これは……。
絶対にウィリアム王子が書いたシナリオではないわね。
どう考えても頭の悪い俺様王子の書ける脚本ではない。
ダンスパーティーで告発するなんて、こんな姑息なことを考えるのは妙に頭の回るマリエルしかいない。
だけど、敵に回したのがコールディア家のアイビスだったのが不運だったわね。
頭の回るわたしが口げんかで負けるわけがない。
アイビスは冷静を装い、理詰めで責め続ける。
「男女の好みなど千差万別、好きも嫌いも有るでしょう。でも、婚約破棄をするにしても婚約は家同士で取り決めた事。まずは家同士で話し合うことなのでは?」
それを聞いたウィリアム王子はなにも言えない。
さらにアイビスは続ける。
「婚約破棄するにしても家同士で話し合って婚約を解消するという、手順というものが有るでしょう! それがこんな祝いの場でいきなり婚約破棄を発表するとは、王子には常識というものが無いんですか!」
「ぐぬぬぬ」
どう考えてもアイビスの主張の方が道理が通っている。
ウィリアム王子はなにも言えない。
言えなくなった。
勝ったわ!
ここまでわたしが反論してくるとは思っていなかったようで、マリエルの書いた反論の脚本も尽きたようね。
論戦で勝ちを確信したアイビス。
だが、相手は世間体を考えていない俺様王子。
とんでもない事が起こったのである。
ウィリアム王子は……ブチ切れた。
「王子に歯向かうとは無礼だ! 不敬だぞ! 俺様が法律だ! 俺様が決めたことがすべて正しい!」
正論で論破されたウィリアム王子は我を忘れ発狂し、剣を引き抜きアイビスに襲い掛かってきた。
ならば止むを得ない。
力には力でねじ伏せるしかない。
「アイ! 王子を正気に戻して!」
「…………」
「ア、アイ?」
いつもはそばに寄り添って『はい』の二つ返事で面倒ごとを対処してくれるアイが居ない!
今日に限ってアイが居なかったんだ。
アイビスは慌てて逃げるが時はすでに遅し。
アイビスは背中を切られ捕らえられた。
そして人望のないアイビスはあることないこと罪を背負わされ、断頭台へ送られ、断頭台の露と消えたのだった。




