第六話 決意
「わざわざオレは寝られなくて、レックだけが寝られる、っていうのが何とも出来すぎだよねぇ」
「作為的ってやつだね。水晶でのやりとりを見るに、ボクの身体の安否が分からないけど、今はナイルさんが助けてくれていると信じるしかない」
メモを取るレックを見下ろすゾン。
着けていたヘアピンを外した後、意を決してレックに話しかける。
「じゃあ、レック。そろそろ話してよ。オレも大体分かってるからさ」
声に反応してゾンを見る。
それまでの子供らしい笑顔はなく、かといって悲しいという訳でもなく、口をつぐみ、腰を据えた、覚悟を決めたゾンの姿があった。
「これも、ボクの憶測に過ぎない。しかも、憶測に憶測を重ねたお粗末なモノだ。それを踏まえて言うよ」
視線を落とし、レックもまた覚悟を決め、口を開いた。
「ここが、そのままの意味での、ボクの【夢の世界】だということ。死ぬことができず、ボクの意識が無くなることで訪れることが出来る。状況だけを考えれば、そういうことになる。恐らく、水晶で見たあちらの世界が、現実の世界。そして、ゾン。ここが夢の世界だと仮定した場合、君はボクの夢の中に存在する≪もう一つの人格≫だということになる。それがボクから分裂したのか、過去から迷い込んでしまったのかは分からない。ただ、もしこれが正しかった場合──」
真っすぐゾンを見据え、言い放つ。
「──君は現状、この場所から出ることが出来ない」
垂れ下がった前髪をそのままに、ゾンは言葉を受けとめる。
彼は、前髪を左にかき分けると、いつもの笑みで浮かべた。
「うん。とても合理的な結論だ」
「けど! 何か方法があるはずだ! もしこの世界が、この悪趣味な水晶によるものなら、あの世界にここから出る方法が必ずある!」
励ますようにそう訴える。
ゾンも、それを分かった上で応える。
「大丈夫だよ。オレは絶対に元の世界に、お父さんの元に戻らなきゃいけないんだ。オレがレックから分裂してたって関係ない。レックの中に戻る形でも何でも、オレは元の世界に戻りたい。だから、オレはこの世界に慣れるよう頑張るよ。……だからレック、お願い」
ゾンは笑みを浮かべながらも、震える声でレックに言った。
「元に戻る方法を見つけてよ……お願いだから………」
「ああ! 約束する! 必ず帰ろう。元の世界に!」
レックとゾンは、手と手を取り合い握手をする。共通の終着点を目指して。
その後、レックは最後にもう一度、水晶の中の記憶を確認する。
ここで分かることなど、高が知れている。が、少なくとも今できることはこれだけしかない。
最善を尽くせるよう、過去の自分の光景を目に焼き付けた。
あれから何度か水晶を眺めたが、初めて意識を共有した時の感情の想起は起きていない。
ただの思い込みなのか、何か原因があるのか──
──そういえば、あの頭をいじくられたような感覚はなんだったんだ。
不気味繋がりでふと思い出す。
あの時、自分が何について考えていたのか全く記憶がない。
何か深刻な、暗い想像を巡らせていたような──
「レック! オレ、大事なこと忘れてた!」
ゾンは慌てた様子でレックに駆け寄る。
「どうかしたの?」
「ここに来る前の元の世界の記憶だよ! 定番すぎて全然思いつかなかった!」
「……たしかに。直前に何があったか思い出せれば、この世界にきたきっかけが掴めるかもしれない。ボクも全然思付かなかったよ」
「レックはこの空間について、いろいろ考えてくれてたからかもしれないねぇ。オレがギリギリ思い出せてよかったぁ。だけど、ごめん。ここに来る前の記憶なんだけど、カレーライスを食べたことくらいしか思い出せないんだぁ。だから、金曜日ってことだけは分かるんだけど、これじゃあなんの手掛かりにもならなさそう……」
「それはボクも同じだよ。いや、むしろボクはゾンよりも酷い。ここに来る前に何をしていたのか、全く思い出せないんだ。なんだったら、水晶の世界での自分の思考すら思い出せない。何か深刻な問題を抱えてたって感覚はあるんだ。この世界に来たこととは別に。忘れようと思っても忘れられないほど、致命的な──」
「良かったね!」
ゾンは食い気味にそう言った。
「良かったとは……?」
「だって、忘れたくても忘れらないことが、忘れられたってことでしょ? それって、不幸の元凶を忘れられたってことじゃん! 手がかりが掴めなかったのは残念だけど、レックが不幸でいるのは、≪オレの合理性≫にも反するからね!」
ゾンは、こちらを真っ直ぐ見つめながらそう言い放つ。
その瞳は、黒い炎が灯っているように感じた。
レックは何かを察したように、ゾンの言葉に賛同した。
「そうか……。そうだね。こういう時はポジティブに考えないとか!」
「そうそう! 暗い気持じゃあ思考が固まっちゃうからねぇ」
「これから一仕事するって時に、考えるようなことじゃないな。よし! じゃあこのテンションのまま行ってくるとするよ!」
「うん、気を付けてね!」
最後にそう言葉を交わし、レックはベッドに横になる。
布団に包まれた瞬間、まるで何かに摘ままれるかのように、瞬く間にレックの意識は無くなった。
「レックの言う通りだ。流石だねぇ」
その場にいたゾンは、レックの予想通りに事が運んだことを確認し、そう呟いた。
眠りに落ちたレックは、ベッドとともに黒い霧に包まれたかと思うと、それはすぐに霧散し、まるで初めから何もなかったかのように消え去った。
「よし」
レックがいなくなったことを確認したゾンは、再びヘアピンで左目を露にすると──
「ああああああああ!!!!!!」
膝から崩れ落ち、過去に出したこともない程の叫び声を上げる。
「なんでだよおおおお!!!! ふざけるなよおおおお!!!! オレが何をしたってんだよおおおお!!!!」
ゾンは叫びながら、全力で床を両手で殴り続ける。
喉が疲れることはなく、痛みを感じることもなく、涙を流すこともできない。
「ガアアアアアアアア!!!!!!」
それでは足りなかったのか、今度は自分の頭を手で持ち、何度も何度も、顔を床にぶつけた。
鼻が曲がろうと、口を切ろうと、血は出ず、痛みはなく、その傷は瞬く間に治った。
しばらく繰り返した後、顔をうずめたまま止まる。
そして、ゆっくり顔を上げる。
「絶対ニ……帰ッテ……見セル……ドンナコトヲ……ヤッテデモ……」
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