第五話 究明
「──オレが目を覚ました時、ここにはこの台座と水晶しかなかったんだぁ」
「水晶だけ?ボクはまだいなかったってこと?」
「うん。その時は、オレ以外には誰もいなかったねぇ。ついでにベッドも。突然、こんな変なところに目が覚めて、人はオレだけだからさぁ。もう滅茶苦茶にテンパったよぉ。暗闇から逃げるみたいに、中心の台座にくっついてさ。その後は他にやれることもなかったし、とりあえずこの水晶を見てたんだぁ。暗闇の方を見るのも怖かったからねぇ」
「それで、水晶の中のボクの記憶を見たと……」
「それについてなんだけど、多分違うよ。オレの予想なんだけど、オレが見てた時は、レックの行動をそのまま見てたんじゃないかな?」
「何か根拠がありそうだね」
「もちろん! オレがこの水晶の場面を見終わった後だったんだ。そこのベッドとレックが現れたのはね」
「なるほど。水晶での出来事が経過した後に、ボクがここに来たって認識なんだね。一応、辻褄は合ってる」
「あの映像が、まさかレックのものだとは思ってなかったけどねぇ。あれがレックだと思ったのは、名前を聞いた時。水晶を通して見てた時は、どうしてオレの名前を言ってるんだろうって思ってたけど、突然現れたレックから名前を聞いて、ピンときたんだぁ」
「……さっきゾンにも改めて水晶を見てもらったけど、その時は何故か黒い靄が出てこなかった。もしかしたら、それも関係してるんじゃない?」
「無い話じゃないねぇ。レックは二回目もちゃんと見られたし、レックがここにいる間はオレには見られないのかもしれないねぇ」
「その線が濃厚そう。水晶については粗方分かってきた。まとめると──」
レックはおもむろに内ポケットからメモ帳を取り出すと、下記のように記していった。
【乳白色の水晶】
一.水晶はレックが最初に目覚めた世界を、レックの意識を共有する形で映し見る・聴くことが出来る。
二.水晶を注視することで意識の共有が始まるが、水晶から視線を外すことで共有を終了することが出来る。
三.レックが向こうの世界にいる間は、ゾンが現在進行形の状況を共有出来る。
四.レックが水晶のある世界にくると、レックは共有出来るが、ゾンは共有出来なくなる。
五.レックが向こうの世界で意識を失った時(暫定)、意識の共有は強制的に終了する。
六.ゾンが意識の共有をしている状態で、五.の理由で共有が終了した場合、向こうの世界にいたレックがベッドと一緒にこちらの世界に現れる。
「こんなところか」
「えらーい。中学生のオレは、メモ帳なんて持ち歩いてるんだねぇ」
「いやもうほんと。中学に上がってから勉強以外にも覚えることが一気に増えちゃって、もうやんなっちゃうよ」
「うわぁ……。オレ、ここに来て初めてこの世界以外のことで怖いと思ったよぉ……」
パラパラと捲るメモ帳にびっしり書かれた文字の羅列を見て、ゾンは冷や汗を流しながら苦笑いを浮かべた。
「あ、メモ帳で思い出したけど、一回お互いの持ち物を確認しようか。何かの役に立つかもしれない」
「おっけー。あ、ついでに服を脱いで体も確認しようよぉ。何か特別な痣とかあるかもしれないし」
レックとゾンは、着ている物を脱ぎつつ、ポケットなどから中の物を床に置いていった。
「ボクはメモ帳とシャーペン。あとティッシュとハンカチに予備のボタンの五つ。あと一応ネクタイも。普段持ってる物があるって感じで、特に変わった物はないかな。痣みたいなのも見当たらなかったし」
「オレはティッシュとハンカチだけだなぁ。背中も見たけど痣は特になし!」
「持ってこれた物は、服に入ってた物のみってことか。携帯でもあれば……と思ったけど絶対つながらないな、ここ」
必要な確認ができた二人は、ひとまず服を着る。
そして、床に置いた持っていた物を見下ろした。
「じゃあ次はこれらを使いつつ、この空間について調べていこうか!」
「おー!」
まず調べ始めたのは、レックが寝ていたベッド。
水晶の件で、こちらに来た際に一緒に現れたということは分かっているが、もしかしたらこのベッドに何か仕掛けがあるかもしれない。
構造としては、三十センチ程の脚が付いた木製のベッドに、低反発マットレス、ふわふわの羽毛布団というよくある物。
特筆して言うことがあるとすれば──
「何これ……めっちゃ気持ちいいじゃん……」
圧倒的な寝心地の良さ。
ゆったりとしたマットレスと体を柔らかく包み込む羽毛布団は、まるで空中に浮いているかのような感覚を与えた。
「いや、寝ちゃダメでしょ。ちゃんと調べないと。ボクも起こされた時に、その寝心地の良さに一度は無視したくらいに虜になったから、気持ちは分かるけど」
「ごめんごめん。布団を触ってみたら、とってもふわふわだったからつい。でも、また一つ、分かったことがあるよ」
「これが魔性のベッドだってこと?」
「いや、それはそうかもなんだけどぉ」
ゾンはベッドから降りながら、瞼を指で開きながら言った。
「オレ、ぜん!ぜん!眠くならない。もしかしたら、無限夜更かしマンになっちゃったかもしれない」
「嘘だろ……。いや、このベッドで寝て、なおそう言えるということが何よりの証拠か……」
「ちなみにレックはどう?」
「ボクは……あっ、だめだ。ボクは快楽寝落ちマンだった……」
上半身をベッドに乗せた瞬間、反射的に起き上がり、全てを悟ったレックはそう呟いた。
「痛みが無いのは一緒だけど、睡魔に関しては違う。これも何かの手掛かりになりそうだ」
二人は改めてベッドを調べるが、結局睡魔の違い以上の怪しい点は見つけられなかった。
ある意味で、ゾンのファインプレーとも言える。
次に調べ始めたのは、光る床の外側。
最初にゾンが腕を突っ込んだ暗黒だ。
ゾンがネクタイの先端を握りながら座り、レックがゾンの身体を抱きかかえる。
そして、胡坐をかきながら、レックは曲げた足の隙間にベッドの脚を挟んで固定した。
「いいか、ゾン。無理はするな。やばい! って思ったらすぐネクタイを離すんだぞ。絶対無理するなよ!」
「なんか魚釣りみたいだねぇ」
「餌はボク達自身だけどね」
ゾンはネクタイのもう片方の先端を持って、暗闇の方へ放り投げる。
ネクタイの先は、先ほどのゾンの腕と同様に、床の境界線でまるで途切れたかのように暗闇に包まれた。
しばらくそのまま垂らしていたが、特に何も起こらなかったので、今度は左右に振ってみた。
しかし、やはり目ぼしい反応は特に見られない。
ひとまず、ネクタイを引き戻し、何か変化が無いか確認する。
が、こちらも特に変化は見られない。
「最初にゾンが確認してくれたことが、立証されたってところか」
「強いて言うなら、暗闇の中にも重力があるってことくらいかなぁ? 底があるか分からないから、もしここから落ちたら、永遠に落ち続けるかもしれないねぇ」
「さながら地獄だな……。いや、ある意味地獄みたいな所ではあるけど」
続いて手に取ったのは、ティッシュペーパーと予備のボタン。
一枚のティッシュペーパーにボタンを包み、レックは暗闇の天井を見上げながら構える。
「はえぇ、天井があるか調べるなんて、オレには思いつかなかったよぉ」
「もしかしたら、見えない何かで照らされてる、何ていうのも有り得るから一応ね。ティッシュはともかく、ボタンは1個しかないから、出来れば無くしたくないけど、調べるからには思い切ってやらないと……」
レックは振りかぶり、左腕で思いっきり真上にボタンを投げた。
遠近感が掴みづらいので、具体的にどれくらい飛んだのかは分からないが、少なくとも頂点に達するまでに何も当たることなく、レック達が視認することが出来た。
重力に従って落ちてくるボタンと、空気の抵抗によって空中をひらひらと漂うティッシュ。
幸いなことに、ボタンは床の内側で落ちた。
あちらこちらを漂うティッシュ。
何か見えないものに当たったり、おかしな挙動がないか、固唾を飲んで見上げるレックとゾン。
しかし、二人の期待を裏切るように、ティッシュは途中で暗闇の向こうへ運悪く流れてしまった。
「あちゃ、どっか行っちゃったね」
「しゃーなし。まぁ、見た感じ天井はなさそうだし、ちゃんと上まで空気がありそうだ。それじゃあ、最後の仕上げといこうか」
そう言うと、二人は息を大きく吸い、思い切り吐き出した。
その後、鼻をつまみ、息を止める。時間を確認できるものが無いため、どれだけ経ったか分からないが、しばらくしてレックは口を開いた。
「やっぱり、全然苦しくならない。呼吸は出来るけど、別にしなくても大丈夫そうだ」
「オレもオレもぉ。この調子だと、おなかも減らなさそうだね」
「それは時間が経たないとってところだけど、ここにいる間は外傷以外で死ぬことはないって感じかな。もしくは完全に無敵なのか。まぁ、痛みが無いと気づいて、何となく死ななくなったと思えたからこそ、ここまで頑張ってこれたんだけど。──よし、それじゃあまとめていこうか」
【光る床と暗黒空間】
一.この場所にいる間、外傷以外で死ぬことはない。もしくは完全に死ぬことが出来ない。食欲や睡眠欲、呼吸のような生きる上で必要な生理現象の制限が無くなり、小便のような不必要な分泌物も出なくなる。ただし、レックのみ睡眠欲がある。
二.光る床の上にある物は、まるで上部に光源があるかのように光に照らされる(影が出来る)。
三.床の外、及び天井は暗闇に支配され、床のある内側からは全く見ることが出来ない。また、地面を含め何もないが、重力は有る。
四.
「そして、これは憶測だけど──」
レックは自分が寝ていたベッドへ視線を向ける。
「ボクがもう一度、このベッドで寝ることで、水晶で見た世界へ行くことが出来る」
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