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アナザー・ワン  作者: コスモス
夢の世界
2/19

第二話 忘却

 レックは、晴れやかな目覚めを迎える。

 重い(かせ)が外れ、自由を手に入れた囚人のような解放感。

 ここ最近味わうことのなかった、穏やかな感情が、彼の心に芽生えていた。


 ──とても長い夢を見ていた気がする。長い長い悪夢を。


 安らかな面持ちで寝返りを打つ。

 柔らかいベッドと暖かい毛布の感触が体を包み、心地よい安心感を与えてくれる。

 心身ともに癒しをもたらすこの瞬間を噛み締める。

 まるで、天国にでも来たような気分だ。


 このままずっと、寝ていられたらどれだけ幸福だろう。

 幸せを享受しながら、レックの意識は再び眠りに落ちる──


「お兄ちゃん、起きて」


 何者かの声が聞こえる。

 少年か少女か。まだ声変わりしていない幼い声。

 聞き覚えのない声だ。

 

 ──空耳かな。


 現実逃避するようにそう考えると、声のする方を背に布団に包まる。

 再度眠りにつこうとするが、この声の主はそれを許さなかった。


「ねぇ! お兄ちゃん起きてってば!」


 布団の上から体を揺らされる。

 さすがに観念したレックは、無警戒のまま唸り声を上げる。


「うぅん……誰?」


 寝ぼけながら体を起こす。

 目を擦りながら目を開くと、そこには学生服を着た小学生の少年がこちらを眺めていた。

 少年が小学生だとすぐに分かったのは、着ていた学生服が、小学生の頃に着ていた物と同じだったからだ。

 体は小柄で、ほっそりとした体形。

 髪は黒髪で肩にかかる程度伸びている。特に前髪は視界を遮るほど長く、左に分けているために、左側の顔が隠れてしまっていた。

 その表情は強張っており、本人は平然を装っているが不安を抱いているようにも見えた。


 髪形など、どことなく自分に似ているような容姿だと思ったが、レックは一人っ子であり、年下の親戚などもいない。


「本当に誰だっけ……? なんか見たことがあるようなないような……」


「オレが誰かはちょっと置いておいといてよぉ! とりあえず周りを見て!」


 少年に諭されたレックは、体を起こし、周りを見渡す。


「周り? ──はは、夢の続きかな?」


 パッと周りを見たレックは、苦笑いを浮かべながらそう呟いた。


 自分たちがいる場所は、光の灯る直径十メートル程度の床の上。

 中心には細く伸びる台座が備えられ、その上には手のひらで覆える程度の白い水晶が存在感を放っている。

 ここまでなら不思議な空間程度だが、より異彩を放つのがそれ以外の空間。


 視界では全く捉えることのできない圧倒的な漆黒。

 壁と天井全てが、異様なまでの≪無≫を体現していた。


 床から放たれる光は、眩しさを感じない程度の弱さ。到底、この光でここにあるものを照らしているとは思えない。

 かといって、天井に光源あるわけでもなく、詳細不明の光が、この空間全体を照らしている。

 

 視界に入る全ての物が、まるで別世界に足を踏み入れてしまったような錯覚を、レックに植え付けた。


「あー、わかるぅ。こんな意味不明な空間で目が覚めたら、夢だったらなぁと思うよね。でもよかったぁ、お兄ちゃんみたいな人と会えて」


 やはり不安だったのか、安堵の表情を浮かべる少年。

 そんな少年を見つめていた寝ぼけ気味のレックは、ふと思ったことを口に出した。


「あー、大丈夫? もしかしたらボクが君をここに連れてきた黒幕ってこともあるかもよ?」


「うん。最初はそう思ってビクビクしてたけど、お兄ちゃんの顔を見てたら多分オレと一緒だって思ったから……。今は……ちょっと……安心してる」


 レックの問いに、最初は快く答えていた少年だったが、何かに気づいたのか、少しずつ顔から血の気が引いていく。


「それはよかった。っていうか実際問題やばいよね、ここ。なんか寝ぼけてた頭が冴えてきて現実が見えてき──」

「お兄ちゃんはどうなの? ……こう言うのもなんだけど、お兄ちゃんから見たら、オレに起こされてこんな変な場所で目が覚めたようなものなんだから、オレを疑って当然だよね? やっぱり、なんだかんだ言ってもオレのこと怪しんでるよね? ……隙を見て、オレを殺そうとか考えてたりするよね?」


 失言だったことを察り、さりげなく話を逸らそうとする。

 しかし、その試みは少年に遮られ、同じ質問を問いかけられる。

 捲し立てる少年の表情は、真っ青に染まっており、自分の中の不安を覆い隠そうとしているのだと、レックは感じ取った。


 少し考えた後、口を開く。


「ボクの父さんからね、昔からよく言われてることがあるんだ。【合理性をもって行動するべきだ】ってね」


 二本指を立てながら続ける。


「まずは目標を設定しよう。まぁ簡単に、≪この世界からの脱出≫としようか。その上で、ボクが君に会って思ったことは二つ。≪君がボクと同じ、ここに迷い込んでしまった同居人≫。もう一つは、≪君がこの空間の主で、ボクをここに閉じ込めた張本人≫。もし君が後者だった場合、こんな摩訶不思議な空間を用意できるような相手だ。端から勝ち目なんかない。そうだろ?」


 呆然とする少年の肩に、両手を置く。


「なら、ボクがとるべき選択肢は一つしかないわけさ。≪君がボクと同じ境遇であると信じて、この場所から脱出する≫。これが、≪ボクの合理性≫だ。無条件にボクを信じろ! とまでは言わないけど、ボクから君に危害を加える理由はない、ということは信じてほしいんだ。そして願わくば、一緒に協力してここから脱出しよう!」


 決まったな、とレックは満足感を抱く。

 そんな彼を目を丸くして見ていた少年は、おもむろに呟いた。


「どうして……オレのお父さんと同じ言葉を知ってるの?」


 少年のその一言で、体中から鳥肌が立つ。


 少年を見てまさかとは思っていたが、自分の身に起きているこの状況からして、あり得ないとは言い切れない。

 確認しなければならない、それを知った後にどうなるか分からなくとも。


「突然でごめん。名前だけでいいんだけど、教えてもらってもいい?」


 警戒されないよう細心の注意を払い、少年に問いかける。

 そしてその答えは、予想通りのものであった。


「名前……オレの名前はレックだけど……」

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