最果ての魔女に会いました
「何でも? そんなの無理よ~神様じゃないんだしぃ。何でも願いを叶えるなんて、あたしできな~い。勝手にそんな噂が広まっちゃって困るわぁ。人間ってほんと噂好きよねぇ」
数ヶ月に及ぶ過酷な旅の末、ようやく会えた『最果ての魔女』の言葉に私は目を剥いた。
何なんだ、このキャピキャピくねくねした魔女は。私の何百倍も生きているくせに、鼻につくほど可愛い子ぶっている。
第一印象は「若作りしてる年増」
ああ、これが近年話題の『美魔女』というやつか。
ちなみに『最果て』という割には、魔女の棲む大陸は意外と近かった。
物理的な距離が由縁のネーミングではなく、魔女の館へ行くために通らなくてはいけない森に棲む竜が『最果ての竜』と呼ばれているため、その森は『最果ての森』で、じゃあ魔女もまとめて『最果て』にしたら納まりがいいんじゃないかというノリで人間たちが勝手に付けた異名である。
「勝手にそんな異名つけられて困るわあ」と言いそうだ。
ぶりっ子の年増魔女に私はチッと舌打ちした。
過酷な長旅により、心が荒んでいたのだ。フィンハイムで学んだ騎士道精神も礼節も何もあったもんじゃない。
忌み嫌っていたはずの「荒くれ者の」「無法者まがいの」冒険者そのものに成り果てていた。
そもそも普通、 魔物討伐の旅に出る冒険者は少人数パーティーを組む。
最低でも二人だ。攻撃役と回復役。治癒魔法が使える癒し手は大きな役割を果たす。
私は剣の腕はピカイチだが、魔法は全く使えない。そのため本来は癒し手がいてほしいところだが、私は一人で旅に出た。
冒険パーティーのメンバーを雇おうと思えば斡旋ギルドを通してできたが、一人が良かったのだ。
最果ての魔女への願い事――男になりたい――を誰にも知られたくなかったからだ。
願い事の内容を恥じたのではない。
願いが叶い、女から男になったことを人に知られるのが嫌だったのだ。
男に生まれ変わった私が、気持ちを新たに輝かしい人生を歩み出したとしても、「元女」であることがどこかから漏れれば、それを攻撃してくる者が出てくる。
私が男として成功すればするほど、足を引っ張る者も出てくるだろう。
だから私は誰にも知られることなく、生まれ変わりたかったのだ。男に。
そのためにどれほど過酷な道のりを越えてきたか――
「出来ないだ? 死ぬ思いで手土産まで持ってきたのに!」
勝手に押しかけてきてぶちギレて、あのときの私は本当にたちが悪かった。
最果ての竜よりも恐ろしいと噂の魔女を相手に自殺行為とも言えよう。
魔女は私が握りしめている麻袋に目をやり、
「あらぁ、お土産って私にぃ? 何かしらワクワクしちゃう」
と喜んだ。ぽんと麻袋を放って渡した。
真っ赤な長いつけ爪の指で魔女が麻袋の口を緩めると、すぽんと飛び出て来たのは布製の人形だ。
つぶらな碧いビーズの瞳、髪の毛は毛糸で出来ており、頭のてっぺんには小さなオモチャの王冠がのっている。服装からしても『王子様』だが、泥まみれで汚い人形だ。
しかし魔女は奇声を上げて喜んだ。
「チャーリー! チャーリーね!」
魔女に抱きしめられた人形が喋った。
「ああ、私だ。ただいま、ハニー。寂しくさせてすまなかったね。君にきらめく初恋草の朝露を捧げたくて、早朝にこっそり館を出たら烏に連れ去られてしまってね。最果ての森にある烏の巣から逃げ出したものの、 迷って帰れずにいたのだよ。ドブネズミに追い回されたりもしてね。そんな折り、このちょっと頭がイカれたお嬢さんが、寝ている最果ての竜に近付いて鱗を剥がそうとしていたのを目撃したもんだから、慌てて止めたのさ。聞けば、最果ての魔女に会うためにはるばる遠方から来たそうじゃないか。それはもしかして、愛しのマイハニーのことじゃないかってね。という訳で連れて来てもらったのさ。私たちの愛の力ゆえの奇跡だよ」
ペラペラとよく喋る汚い人形だな、とやさぐれていたその時の私は思ったが、その人形を拾い届けたことが功を奏し、魔女は私の願いを叶えてくれた。
しかし本当の男にすることは無理だからと、「誰の目にも男に見える」強力な魔法をかけてくれたのだ。
「イケメンにしてあげる」とサービスまでしてくれた。魔女曰く、イケメンの方が出世に有利らしい。
「ああ、そうだわ~。あなた自身にはかからない魔法だから、鏡を見ても新しい姿を見ることが出来ないのぉ。一応かける前に見せてあげるわねぇ。どんな姿になるか。自分が知らないってのもアレだものねぇ」