聖女は優秀な聞き手です
私はリグビー家の長女として生まれた。
父親は地方警ら隊の隊員で、馴染みの地区を巡回して警備に当たる、いわゆる「お巡りさん」だ。
母は専業主婦をしている。兄弟は兄が二人。
父は兄たちが小さい頃から、武道の稽古をつけていた。おてんば末っ子の私も大好きな兄たちに引っついて、おまけで父から武道を習った。
ジュリアは運動神経がいい、覚えがいい、センスがあるし、根性もあると父は私をとても誉めてくれた。
母は「女の子なんだから程々にしてよ」と 父を嗜め、私が強くなることを望まなかった。
地元の学校へ入学すると、男子には剣術の授業があった。女子にはない。女子は男子が剣を振っている間、針と糸を持たなくてはならなかった。裁縫の授業だ。
「私は苦手でした。教室で小さな針穴と格闘することが。剣を持てる男子が羨ましくて、裁縫の授業中は窓の外ばかり眺めてましたね。自由に選べるはずのクラブ活動も、剣術クラブに女は入れず、友人に誘われて渋々菓子作りクラブに入りました」
「ははっ。良いな、楽しそうで」
私に酌をさせず、ぐいぐい手酌酒をあおる聖女は豪快に笑った。
「全然楽しくなかったという話ですが」
「そうか? 私には楽しげに聞こえるがな。良いな、学校か。私は学校へ行ったことがないから、羨ましいぞ。私もちくちくと縫い物をしたり、ケーキを焼いてみたかったな。もちろん裁縫やケーキ作りは今からでも出来るが、大人になって一人でするのと、子供時代に仲間とするのでは趣きが違うだろう? だから羨ましいのだ」
そう全面的に肯定されてしまうと、確かに悪い思い出ばかりでもなかったことに気づく。
気の遠くなるような作業の末に縫い上げたパッチワークのベッドカバーは、母へプレゼントして大喜びしてもらえたし、材料の分量を間違えて甘すぎるシュークリームが出来たときには、友人と大笑いしながら食べたっけな。
友人の名はクラリッサだ。
彼女は裁縫が得意で、常に居残り組だった私を励まし手伝ってくれた。優しい友人だった。
「聖女様は、おいくつから聖女様なんですか」
『聖女』は昔から代々受け継がれてきた天与の役割であり、世襲制ではない。人間としての血筋は関係なく、魂で選ばれるのだ。神に。
聖女はこの世に唯一無二の存在だが、その肉体は普通の人間と変わらないため、老いも死も訪れる。
聖女の死が近づくと、神は新たな聖女をお選びになるのだ。
「選ばれた歳か? 三歳のときだな」
「では、三歳からこちらに?」
「ああ。だから学校へは行っておらんのだ。それで学校の後はどうなったのだ? 続きを聞かせろ」
話の先を促す聖女に私は頷いた。
どうせろくに聞きもせずに馬鹿にした態度を取るのだろうと、勝手に斜に構えていた自分が恥ずかしくなるほど、この聖女は聞き上手だった。
しっかりと話し手の顔を見て、良いタイミングで相槌を打ち、盛り上げる合いの手を入れたり、話の方向を誘導したり、話していて実に話しやすい。