逃げない理由
読み返すことのできない手紙を一言一句しっかりと目に焼き付けながら、私は大きな衝撃を受けていた。
初めて知った存在、フィオナの双子の姉が、初めましての挨拶も出来ないまま、この世を去ろうとしている。
自分の死後のフィオナを案じていることが痛いほど伝わってくる。
でもどうしてわざわざこの手紙を私に?
フィオナが逃亡を企てるなら、それをもっとも知られてはいけない相手はこの私だ。
私は聖女騎士で、鳥籠の番人だ。
中の鳥が遠くへ逃げてしまわないように、一番近くで見張る仕事だ。
窓から外を眺める、フィオナの淋しげな顔を思い出した。
地方公務に飛び回っているカーティス皇子へ想いを馳せているのだとばかり思っていたが、違ったようだ。この双子の姉、ディアナの身を案じていたのだろう。
この鳥籠から逃げる予定は有るのかと、以前フィオナへ聞いたことがある。
フィオナは「逃げない」と即答した。
自分だけが逃げたところで、ディアナが助からない。だからフィオナは覚悟を決めていたのだ。この鳥籠で生涯『全人類の恋人』でいようと。
しかし事情は変わった。
フィオナはすぐにここから逃げなくてはいけない。
手紙の文字が消え、新たな文面が浮かび上がった。
「この逃亡勧告は、もちろん先にフィオナへ伝えました。フィオナだけに。今と同じように伝聞鳥に手紙を持たせ、フィオナに宛てて送ったのです。
フィオナからの返事は『私は逃げない』でした。あの子はあの子で、私に対して責任を感じているのです。私の身体が弱く寿命が短いのは、フィオナを生かしたせいだと思っているのです。自分のせいで姉が死んでしまうのに、自分だけが逃げて自由になるわけにはいかないと。
その返事を受けて、私はフィオナを説得するために再び手紙を送りました。フィオナからの返事はやはり『逃げない』でした。新たな理由が書いてありました。
何だか分かりますか?
自分が逃げるとあなたが出世できなくなるからだそうです。私はずっとフィオナと文通をしていたので、新しく聖女騎士となったあなたについても色々と聞いて知っていました。フィオナはあなたのことが好きなようですね。
自分が逃げるとあなたの失態となる、出世できないどころか、厳罰に処される可能性もある。だからあなたの任期が無事満了となるまでは聖女塔で暮らすのだといって譲りません。あなたの任期はあと半年ですよね?
残念ながら、私はそこまで持ちません」