消えては浮かぶ文字
細長く折り畳まれた手紙を開くと、一瞬真っ白に見えた。
そして文字が浮かび上がってきた。
出だしはこうだ。
『親愛なる 我が弟の聖女騎士 殿』
我が弟の……?
これはフィオナからの手紙ではないのか?
『初めまして、フィオナの姉のディアナと申します。突然のお手紙失礼いたします。詳しい自己紹介の前に、注意事項がございます。この手紙は長くなりますが、貴殿が一枚読み終わるたびに文字が消え、新しい文字が浮かび上がる仕様となっております。読み返すことができませんので、一言一句しかとお目通し願います。なお最後まで手紙を読み終えたときには、この手紙の存在自体が消えて無くなります。フィオナが近くにいないときを見計らって貴殿へこの手紙を渡すように、私の鳥に言い付けましたが、今フィオナはいませんね? ゆっくりと人目のないところでお読みいただけますと幸いです』
一体何だこれは。本当に突然のことすぎて意味が分からない。とりあえず菜園室を出て、手紙を持って自室へ移動した。
そして続きに目を通した。注意深く、ゆっくりと。
「私の存在は公にされていないため、ご存知ないかと思いますが、私はフィオナの双子の姉で『もう一人の聖女』です。私たちは二人で一人前、一人では半人前の聖女です。遡ること十九年前、私たちは三歳で神に選ばれ、神殿に召還されました。
ちなみに聖女任命についてはご存知かと思いますが、簡単に説明いたします。
聖女は自身の余命が近付くとそれを悟ります。予知したことを皇帝へ伝え、神殿で神官が次期聖女の召還の儀式を行います。すると光の中に現れる子供が次期聖女、神に選ばれた存在です。次期聖女として召還された子供は、それまでの記憶を失っています。どこの誰であったか、どんな家族と暮らしていたか、まるで覚えていません。ただその身なりから、貴族であったか平民であったかくらいは判別できます。家族の方もまた、聖女となった子供の存在をすっかり忘れてしまうようです。というより、召還された時点で最初からいなかった存在となるのでしょう」
説明は以前図書館で調べた通りの内容だ。復習する気持ちで丁寧に読んだ。
ここまでで一頁だ。手紙の文字が全て消え、新しい文面が浮かび上がった。
「私とフィオナが聖女として召還されたとき、かつてない事態が起こりました。次期聖女として召還された子供が一人ではなく、二人だったこと。そして一人が男の子だったことです。私たちは双子で見た目がそっくりでした。私たちは自分がどこの誰で、どこに住んでいたのか、両親のことさえ覚えていませんでした。しかし互いに一つだけ覚えていたことがありました。双子の姉弟である、お互いのことだけは分かったのです。
それ以外は訳の分からないまま、周りを知らない大人たちに囲まれ、大騒ぎされ、湯浴みへ連れて行かれました。私たちはとても汚なかったので、とりあえず身体を洗って清めようとなったわけです。
弟の裸を見た女が叫びました。この子は男だと。何故男がいる、穢らわしい、何かの間違いだと。その場が急に騒然としました。双子は不吉だ、男の方は間違いだ、要らない、捨てろ、いや殺すべきだと。わあわあ騒ぎ立てる大人たちに取り囲まれ、弟は火がついたように泣き出しました。何とかしなくては。私の大事な弟が、訳も分からないまま殺されようとしているのです。双子で男だというだけで。私は強く強く神に祈りました。大好きな私の弟を殺さないで! 弟が女なら殺されずに済む。弟を今すぐ女の子に変えて。女に見えるようにしてと。私の命を半分あげてもいいからと」