聖女からの手紙
聖女騎士になってから、一年半が過ぎた。
その間に二度、国儀に呼ばれたフィオナのお供で外に出たが、それ以外は聖女塔で過ごす、代り映えのない日々だ。
食事をし、退屈しているフィオナのチェスの相手をしたり、トレーニングルームで重量上げの勝負をしたり、好きな本を教えあったり、シアタールームで無声映画に面白アテレコをしたり、バレンタインデーに得たチョコの数を競ったりした。
フィオナといると自然体でいられた。
私はずっと肩肘を張って生きてきた。
女だからと舐められないために、馬鹿にされないために、弱者扱いされないために。私は常に強く逞しく、男に負けないことを自分に課してきたが、フィオナを相手にすると自然と肩の力が抜けた。
フィオナは甘やかされて生きたいと堂々と口にし、愛嬌のあるワガママを言い、時に可愛いこぶり、時々本当にすごく腹が立つが、絶妙なタイミングで機嫌を取ってくるし、何だかもう最初から私の負けが決まっているようなものだから、勝負にならない。
フィオナが空を眺めるときの、あの淋しげな顔に弱いのだ。
この鳥籠の中でフィオナが笑っていられるなら、私はいくらでも苦手なジョークを言うし、間抜けなピエロにだってなれる。
フィオナとどうこうなりたいと思ったことはない。
フィオナに抱くこの感情は激しい恋ではないが、穏やかな愛ではあると思う。
国を護る聖女として、人生を犠牲にしているフィオナの献身を一番近くで見守り、寝食を共にしているのだ。
何も感じずにいられようか。
ただただ深い感謝と、フィオナの幸せを願う。
早く過ぎて欲しかったはずの聖女騎士の任期が残り少なくなってきた今、一日一日が貴重に感じられる。
貴重な毎日が何も代り映えなく、ただただ過ぎて行く。
このまま惰性で過ごし、ただ任期満了を迎えるだけで良いのかと自問自答するが、良い答えは見つからない。
そんなある日のことだ。
フィオナの昼寝中に、家庭菜園室で育ちすぎた薬草の間引をしていると、一羽の鳥が舞い込んできた。
はて、窓は開いていないはずだが?
私の周りをくるくる舞って目の前に着地した鳥を不思議な気持ちで眺めた。
見たこともない鳥だ。
羽が魚の鱗のように、銀色に光っている。
足は淡いピンク色で、その片足に手紙らしきものが結ばれているのを目にして、ハッとした。
これが話に聞いていた聖女の遣い魔、伝聞鳥フィンルフではないか。
私には見えないはずの鳥。
フィオナに知らせに走ろうとして、それが間違いであることに気付いた。
この伝聞鳥は聖女が飛ばし、伝聞書の宛名に書かれた者のところへ行く。宛名に書かれた者にしか、その姿は見えないという。
なら、今この鳥が持っている伝聞書は私宛てということだ。
フィオナからの手紙?
手紙が結ばれた鳥の足へそうっと手を伸ばした。
伝聞鳥はそれを待っていたかのように微動だにせずじっとしている。