溢れる想い
俺は、ドアをノックする。
「……」
返事はない。
寝ている……。と言うことはないだろう。
「……いいか?入るぞ」
そう言って俺はドアを開く。
電気は付いておらず、日も落ちているので部屋は真っ暗だった。
部屋の中に歩みを進めると、俺のローブを被ったままの少女が小さく蹲っていた。
心なしか、震えているようにも見えた。
「大丈夫か?」
少女からの返事はない。
俺はしゃがみこみ、少女との目線に合わせる。
「俺はジン。ジン・クルシュガーツだ。君の名は確か……」
「鈴ノ木……天音……です……」
「分かった。天音……と呼んでもいいか?」
「……はい……」
途切れ途切れで小さな声ではあったが、受け答えはしっかりしてくれた。
それでもローブを離す気配はなさそうだ。
それがあると落ち着くのだろうか?
「そのローブがあると落ち着くか?」
少女は頷く。
「そうか」
「すみません……。ジンさんのローブでしたよね……。お返しします……」
「いや、落ち着くのであればそのままでいい」
天音がローブを離そうとするのを制す。
……話すとは言ったもののどう言ったことを話せば良いのだろうか?静寂が訪れる。
悩みに悩んだ末に一つの疑問が思い浮かんだ。
「一つ聞いてもいいか?」
「……はい……」
「天音が呼び出された魔法、≪転生≫といって別世界で死んでしまった魂と肉体を蘇らせる魔法なのだが……天音はなぜ死んでしまったのだ?」
反応はない。
「……ぐすっ」
啜り泣く声が聞こえる。
「すまない。質問がまずかったな」
普通、死んだ理由を話したがるわけがない。
くそう、俺としたことが。
静寂を嫌ってしまい、思考がままならなかった。
「いえ……大丈夫です」
「答えたくなければ答えなくていい」
しばらくして啜り泣く声が消えた。
どうやら落ち着いたようだ。
「……いじめられていたんです……」
天音が小さく呟く。
「いじめ?」
「私この世界に来る前……日本っていう国に住む中学生でした。私が死ぬ少し前の頃……クラスでも人気だった男子から告白されたんです。でも、『貴方とは付き合えません。ごめんなさい』と断ったんです。そしたら、男の子と仲が良い女の子達からのいじめが始まりました」
いじめか……。強い奴が弱い奴をいじめて、俺強いぜってアピールみたいなことをしているイタイ連中だろう。
「最初は上履きを隠されたりとかだったんです。最初は私も抵抗していたんです。けど……次第にエスカレートしていって机に落書きされたり、教科書を引き裂かれたりして……」
天音の声が震え出す。
「先生にも相談したんですけど……先生は何にも対応は取ってくれなくて……。それでも私は抵抗したんです。でも……ある事件が起きました……」
「ある事件……?」
「お昼休み……私はお弁当を食べていたんです……。そしたら、私を虐めていた女の子が私の弁当箱をゴミ箱に捨てました……。その時……私の中の何かが切れて……気がついたら……手を出していました」
目尻には涙が溜まっていた。
「クラスの皆だけじゃなくて、先生も私を責めました。私が虐められていた時は、何にもしてくれなかったのに……。両親も学校に来て、必死に謝罪をしていました。その後、両親にも物凄く怒られました。なんでそんなことをしたんだって……」
「天音……」
「その瞬間から、自暴自棄になって次の日に学校へ向かって歩いていたら……車に轢かれてしまいました……。完全に私の不注意で……」
クラスの連中だけでなく、教師すら天音を責めたのか。教師であれば、まず初めに状況を把握した上で、何故そんなことが起きたのかを調べるべきだろう。
「気づいたらこの世界に来てて、あの宮殿での出来事で……学校の事と重なってしまってて……」
トラウマというやつか。
「すみません……つまらないし、重い話でしたよね……。私なんて……この世界でもいらない存在なんだ……」
その言葉を聞いた瞬間、俺は天音を抱きしめていた。
「……ジンさん?」
下手すれば嫌われるかもしれない。
それでも俺は、強く抱きしめていた。
「よく頑張ったな……」
「……え……?」
天音が不思議そうに言う。
「よく戦った。たった一人で……。そしてあの時、怖い思いをさせてごめんな」
「……ジンさん……」
天音は声を振り絞りながら俺の名を呼ぶ。
「これからも、周りからの冷ややかな視線や噂話が飛び交うかもしれない。それでも……お前は今一人じゃない。俺がいる。俺がお前を助ける。だから今は我慢せずに泣け。泣いてもいいんだ」
俺は頭を優しく撫でる。
「ジンさん……私……凄い頑張ったんだよ……」
「あぁ」
「誰も味方がいなかったんだよ……。それでも一人で戦ったんだよ……」
「あぁ、分かるさ」
今まで貯めていた辛いものを全て吐き出すように子供のように泣いていた。
痛い。
辛い。
悲しい。
死にたい。
今はそう思っているのかもしれない。
でも、お前は一人じゃない。
お前の痛いも、辛いも、悲しいも、死にたいも、俺が一緒に背負ってやる。
「いつか、天音が絶対にこの世界に来て良かったと思わせてやる。絶対に」
しばらく泣き続けている天音を俺は優しく抱きしめていた。