表示調整
閉じる
挿絵表示切替ボタン
▼配色
▼行間
▼文字サイズ
▼メニューバー
×閉じる

ブックマークに追加しました

設定
0/400
設定を保存しました
エラーが発生しました
※文字以内
ブックマークを解除しました。

エラーが発生しました。

エラーの原因がわからない場合はヘルプセンターをご確認ください。

54/65

祝福

 不安はない……と言えば嘘になる。

 罵倒されるのは誰だって好きではない。

 ナーシャの言っていた通り、試験を超えたからといって、天音に対する扱いは変わりはしないだろう。


 だったら、その扱いを変えるほどの何かをやればいい。


 今までそれをやろうとはしなかった。

 何かを変えるのが怖かったから。期待されていないと思ったから。


 でも、天音にも期待してくれる人がいる。背中を押してくれる人がいる。その人達の想いを裏切るわけにはいかないと。


 天音は灯りのない真っ暗な道を歩く。

 やがて、一つの扉を見つけその扉に触れるとそこから、王座の間の光が差し込み、目が眩む。


 そこには、天音に勇気をくれた人がいた。

 何と声をかければいいのだろう。試験とはいえ、泣きじゃくった感覚は消えず頭がぼんやりする。


「天音」


 名が呼ばれる。ただそれだけのことなのに胸が弾む。試験が終わって、呼ばれたい人に呼んでくれた言葉。気がつけば、天音は走り出していた。


「ジンさん!」


 玲奈との約束をしたばかりだと言うのに、早速その約束を破りそうになる天音。意識の世界とはいえ、散々泣いたのにも関わらず、涙腺が緩み、目頭が熱くなる。


 ーー玲奈ごめん。これは、これだけは許して。


 そう、遠い世界にいる親友(ヒーロー)に心の中で呟き、目の前にいるもう一人のヒーローに向かって、


「私を助けてくれて……ありがとう!!」


「おかえり。よく頑張ったな」


 助走の勢いをそのままに抱きついてきた天音。俺はそれに動じることなく、しっかりと受け止めてやる。そして、彼女の頭を優しく撫でてやった。


* * * * * * * * * * * * * * * * * *


「全く、私は君の方から抱きしめてやれって言ったんだぞ」


「なんかごめんなさい……」


「いや、お嬢さんは悪くないんだよ。私は彼に怒っているんだ。私の頭の中では、君の方からお嬢さんを優しく抱きしめて、お嬢さんは彼の胸の中で子供のように泣きじゃくるっていうーー」


「抱きしめる順番以外は合っていましたね」


 ナーシャは不服そうに言い、ハァっと溜息を吐きながら美しく淡い緑色の髪を指に絡める。どうやら、ナーシャの中には思い浮かべていたシナリオとは、一八〇度違っていたようで。

 

「ともあれ、試験は合格だ。お嬢さんの目を見れば分かるよ。覚悟、そんなものがお嬢さんから伝わるよ」


「そうですか?……でも、そうかもしれませんね」


 天音の目には迷いといった雑念は見受けられない。これからのどんな出来事に対しても向き合うと決めたような、そんな目をしていた。


 そんな天音を見て、ナーシャはクスッと笑みをこぼし、


「試験に合格したら祝福がもたらす。私はそう言ったね。これは私からの餞別だ。受け取ってくれ」


 ナーシャは手を天音の前に伸ばす。そこから蛍ほどの小さな光が出現し、天音の手の甲に止まりーー、消えていった。


「微々たるものだが、私の力を分けた。これでお嬢さんは全ての属性精霊と干渉、力を行使できるようになった。それを使いこなせるかどうかは、お嬢さんの力量次第だけどね」


「すごい……力が……」


「しないとは思うけど、いきなり超精霊のような精霊には干渉しちゃダメだよ。まずは微精霊で身体を慣らしてから、精霊、大精霊、超精霊と順番にやっていくんだ。身体がついていけず壊れてしまうからね。まずは微精霊、彼らと心を通わせて、力を完全にコントロールするところから始めるんだよ。そうすれば、お嬢さんも私のように偉大な精霊術師になれるよ」


 強力な力を得るということは、必ずしもいいことばかりではない。どんな力にも必ずリスクが存在するのだ。元精霊女王として、新米精霊術師の天音に、アドバイスを送る。


「精霊はその人の想い、意思によって強くと弱くもなる。さて、私の伝えたいことも全て伝えた。最後に君にこれを渡すよ」


 懐から何かを取り出して、俺に向けて投げる。それは俺の胸に吸い込まれるような、見事な制球力で、俺は片手で受け取った。見た目は、なんの変哲もない四角い形をした純白の箱である。


「ナイスボール」


 ナーシャは満足げに笑みを浮かべた。


「これは?」


「持っていれば分かるさ。その箱は開くべき時に開く。君は試験を受けられていないからね。手持ち無沙汰というのもなんだろうと思ってさ。私が怪しい物を渡すはずがないだろう」


 俺の警戒を込めた問いに、ナーシャは笑みを浮かべたままそう言った。そう言われても、急に箱を渡されて、怪しまない訳がないのだが。


「さて、神殿の入り口までは私が送っていってあげるよ。いかにもお化けが出そうな、真っ暗な所なんて歩きたくないだろう」


「だったら今度来た時は、もうちょっと明るくなってて、歩きやすいようになってたら嬉しいです」


「いいだろう。今度来た時はそういったように構築しておこうか」


 ナーシャが魔法陣を描くと、俺と天音の身体が光に包まれる。身体が神殿前の入り口まで転送されるのだ。俺達が王座の間から、完全に消えようとしていた瞬間ーー、


「私は信じているよ。君達が魔王から、神からこの世界を救ってくれる二人だということを」


 ナーシャが祈るような声で、そう言った。


* * * * * * * * * * * * * * * * * *


 肉体、そして意識へ。転送された俺達は、神殿の前に立っていた。太陽の光に目が眩み、チカチカする。


「ジンさん」


 天音は俺の名を呼ぶ。

 そこには、もう弱い少女の姿はない。

 心の傷と向き合い、勝った。そんな少女をもう弱いとは言わせない。

 

「ごめんなさい。たくさん迷惑をかけて」


 そう言って、申し訳なさそうな表情を浮かべた。


「気にするな」


 天音の頭に手を置いて、俺は優しく笑う。

 すると、遥か上空から一匹の竜の姿が見える。白銀の身体を持った竜は、青空を駆け、雲を突き抜けてこちらに向かってくる。クヴィネアだ。


「キュア!」


 ドスン!っと地響きを起こしたかのような音を立てクヴィネアは着陸する。


「よく分かったな」


「キュア!」


 頭を撫でてやると、クヴィネアは嬉しそうに鳴いた。呼んでもいないのに来るなんて、もしかしたらクヴィネアは、人間の心が読めるのかもしれない。


「さぁ、帰るか。天音」


 俺はその場で立ち尽くす天音に声をかける。 

 天音は頭に手を当てて、それを見返すと嬉しそうに笑っていた。


「天音」


「あ、はい!」


 クヴィネアの背中に飛び乗って、天音に手を差し伸べる。天音は、俺の手をギュッと握りしめた。


 クヴィネアは俺達が乗ったのを確認し、翼をはためかせ、神殿を飛び立った。

評価をするにはログインしてください。
ブックマークに追加
ブックマーク機能を使うにはログインしてください。
― 新着の感想 ―
このエピソードに感想はまだ書かれていません。
感想一覧
+注意+

特に記載なき場合、掲載されている作品はすべてフィクションであり実在の人物・団体等とは一切関係ありません。
特に記載なき場合、掲載されている作品の著作権は作者にあります(一部作品除く)。
作者以外の方による作品の引用を超える無断転載は禁止しており、行った場合、著作権法の違反となります。

この作品はリンクフリーです。ご自由にリンク(紹介)してください。
この作品はスマートフォン対応です。スマートフォンかパソコンかを自動で判別し、適切なページを表示します。

↑ページトップへ