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告白

「ただいまー」


「にゃー」


「お出迎えしにきてくれたのニャーチ。ありがとー」


 学校から帰宅し玄関を開けると、ニャーチと名付けられた白猫がいた。ニャーチを抱き抱え、きめ細やかで柔らかい毛を撫で、顎の下を触るとゴロゴロと気持ち良さそうに喉を鳴らす。


 天音は猫が好きで好きでたまらない。三年ほど前のこと、どうしても猫が飼いたいと両親に駄々をこねた結果、自分で世話をするというのを条件にニャーチをこの家に招き入れることになった。それ以来、ニャーチの手入れを毎日欠かさず、ご飯はニャーチの健康を考えたものを選んでいる。そこは、両親に頼んで買ってもらっているのだが、許可は得ているので問題はない。 

 そのため、ニャーチは健康そのものである。

 

 天音は、自身の部屋がある二階へ足を運ぶ。

 部屋の中は、統一感のある色使いに周りが整えられた勉強机。それだけ見れば質素な部屋に見えるが、棚の上にはファンシーなぬいぐるみが並べられている。

 

 天音は制服から部屋着へとシフトチェンジして、ベットにダイブし枕に顔を埋めながら、翔也に自販機の前で言われたことを思い出していた。


「話ってなんなのかな?」


 天音も年頃の少女。少女漫画で主人公がヒロインを教室や個室で告白するというシチュエーションがあるのだが、現実でそんなことがあるのかと。


 天音は勉強机に置いてあるスマホを手に取ってある人物に電話する。スリーコールで携帯越しからその人物声が聞こえた。


「もしもーし」


「玲奈。一つ聞きたいことあるんだけど」


「なーに?」


 電話越しからバリバリと咀嚼音がする。


「何食べてるの?」


「ポテチ」


「夕方にそんなもの食べてたら夜ご飯食べれなくなるよ」


「天音は私のお母さんかよ。大丈夫。ヨユーだよ」


 天音の心配をよそに、玲奈はポテチを食べる手を止める気配はない。ポテチに気を取られてしまったが、天音は本題を切り出す。


「玲奈。実はね、海入くんに明日の放課後、ちょっと待っててくれないって言われたんだけど」


「なぬ」


 女子中学生とは思えない低音ボイスで言葉を発し、ポテチの咀嚼音が止まる。


「なんで呼ばれたのかな?」


「それは告白するからでしょ!あぁ、天音もとうとう誰かの物になってしまうのね。どんな時も彼氏優先、友達なんてどうでもいい!彼さえいてくれれば私に怖いものは何もない」


「小説かドラマの見過ぎじゃないかな?」


 玲奈の中でスイッチが入ったのか、流暢に話しだす。そんなことを言うのは大体、ヒロインを際立たせる少しスポットが当たっているモブが言いそうな事だと天音は考える。一通り言い終えたのか、玲奈は一つ咳払いを入れて、


「それで。なんで私に相談してきたのさ?」


「玲奈だったらどうするのかなって。もし告白だったら、そういうのは初めてだから」


「そっかー。まぁ、親友の頼みなら聞いてやらないとなー。そうだなー」


 電話越しから「うーん」と唸る声がする。こういったことを茶化しながらも真剣になってくれるのが、玲奈の好きなところなのだ。

 

「私も経験ないから、なんてアドバイスしてあげればいいのか分からないんだけど、自分の気持ちを素直に伝えるべきなんじゃないのかな。海入くんだって天音の素直な気持ちを聞きたいはずだと思うからさ」


 しばらくの沈黙ののち、玲奈からの返答。

 単純、だからこそ一番難しいこと。でも、きっとそれが一番なのだ。自分にとっても、相手にとっても。


「そうだね。ありがとう。相談に乗ってくれて。少し心が軽くなったような気がする」


「どういたしまして。でも、まだ告白って決まったわけじゃないからね!これで告白じゃなかったら……」


「私の単なる考えすぎってことだね」


 天音と玲奈は笑う。  

 それと同時に天音は、玲奈を失いたくないと思う。

 こうやって腹を割って話すことができるのは、両親以外できっと玲奈だけだと思うのだから。どんなことがあっても玲奈だけは信じ続けると心に決める。


「課題やらないといけないから、そろそろ切るね」


「はーいよ。じゃあまた明日学校で!」


「うん」


 玲奈との通話が終了する。天音はお洒落な壁がけ時計に目をやる。時刻は六時。玲奈との会話は四時すぎだったので、通話時間は二時間を超えていた。その時間を見て驚きながらも、天音はスマホを勉強机に置いて、窓を見つめる。

 夕日が雲をオレンジ色に染めており、空一体が美しい夕焼け空となっていた。


「自分の気持ちに正直に……か……」


 玲奈の言葉を復唱し、天音は勉強机に課題を広げた。


* * * * * * * * * * * * * * * * * *


 次の日ーー


 いつも通りの日常が過ぎて、あっという間に放課後となった。第二学習室から差し込む西日が眩しく、目を瞑りたくなる。


 今、この場には天音しかいない。他の生徒は、部活に勤しんだり、自宅の帰路についている。翔也からは「第二学習室で待っていてほしい」と言われている。

 そこは、余計な物は置いておらず、必要最低限のテーブルと椅子のみ。周りからの音も遮断されているため、自習するには最適な場所である。

 最も、授業で使用されることもないためこの場所自体を知っている生徒も数少ないだろう。


 ガラガラっと横開きのドアが開く音がする。

 そこには、翔也の姿があった。


「待った?」


「ううん、大丈夫」


 爽やかな顔立ちに、さらさらとした髪艶。夏服の為、さらに爽やかさ度が上がっている。

 翔也はドアをピシャッと閉めた。そこは、天音と翔也、二人だけの空間となった。邪魔する者はいない。学習用のテーブルが、二人を隔てていた。


「今日は呼び出してごめん、どうしても伝えたいことがあったんだ」


「なんでしょう?」


 翔也は息を吸って吐く。その顔は、暑さもあってか、赤く染まっているように見えた。


「俺、鈴ノ木さんのことが好きなんだ」


 彼の声は震えていた。いつも誰とでも気軽に話し、それは天音とだって変わらない。そんな彼が、天音を前にして震えているのだ。緊張しているというのが伝わってくる。

 それでも翔也は、意を決したように声を振り絞る。


「俺と……付き合ってくれませんか?」


 この瞬間、天音は生まれて初めて誰かに告白された。自分のことが好きなんだと、真っ直ぐにそう伝えられた。翔也は天音の目を捉えており、一瞬逸らすことすらできない。


「自分の気持ちに正直に」


 そう、天音の気持ちは玲奈と通話する前から決まっていた。天音もまた、翔也の目を捉える。


「ごめんなさい。私は、海入くんとは付き合うことができません」


 誰もいないその空間で、天音の声が響いた。

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