証明
「なんだお前は?」
少女の前に立つ俺に一部の人間が不快そうに俺を睨みつける。俺は目もくれず座り込んでいる少女に視線を移す。
「……あなたは?」
泣き腫らした眼をこちらに向けて少女が問いかける。
「名乗るほどの者ではない」
俺はしゃがみ込み、黒いローブを脱ぎ少女の顔を隠すように被せた。
「泣き顔は見せるな。連中が面白がる」
「……はい……」
少女は頭に被らさせたローブをギュッと握りしめる。俺は、スッと立ち上がり観衆の元に視線を移した。
「おい!あれを見ろ!」
俺の胸章を見た誰かが指を指して言った。
しかし、怯む事なく俺に突っかかってくる。
「宮殿魔導師様が何の用だ?俺達は今その女に用があるんだよ」
「そこをどけよ。邪魔だから」
ヤジを飛ばしていた連中が偉そうに俺に指図してくる。
「国の裏切り者が何を出しゃばっているのだ。貴様の任務は宮殿の警護だ。さっさと持ち場に戻れ」
王が連中に乗っかってしまってはお話にならないだろう。俺は不覚にも笑ってしまう。
「テメェ……!何がおかしい!」
俺は「ハァ」っと溜息をついた。
「そんなにもこの少女が憎いか。勝手に呼び出したのは他の誰でもない、そこにいる王と魔法陣を構築した魔導師、そしてその魔法を完成させるための魔力を供給し続けたお前らだと言うのに」
「な……なんだと……」
「そもそも国の犬であるお前が偉そうに指図してんじゃねぇよ!」
「そもそも≪転生≫は優秀な人間となって現れるんだろう?それなのにあいつは赤子以下なんだぞ!あいつは俺達の魔力を無駄にしたんだぞ!」
文句を言わなければ死ぬ呪いでもかけられているのか?マシンガンのように次々と文句が飛んでくる。
「では、≪転生≫の魔法でこの地に呼び出された少女はどうだ?この世界に呼び出された挙句、お前らの思い通りの力を持っていないだけでここまで文句を言われる少女の気持ちはどうなんだ?」
観客は黙り込む。
「それに≪転生≫の魔法は不完全なものだった。だから本来の≪転生≫の力が発揮されなかったんだ」
「おい!それはどういう事だ?」
魔法に文句を言われた魔導師達が物凄い勢いで詰め寄ってくる。
「≪転生≫の魔法陣を出現させろ。そうすればどこがダメだったのか指摘できる」
「ちっ」
魔導師達は文句を言いながら渋々、≪転生≫を魔法陣を出現させる。
「≪転生≫は魔法術式を組み合わせた魔法だ。別世界で傷ついた魂を回復させこの世界に呼び出すための魔法≪聖魂≫、魂の持ち主の身体を優秀な肉体に作り変える魔法≪聖身変化≫によって使える魔法だ。今回は、≪聖身変化≫の魔法術式に欠陥があったから失敗したのだ」
俺は≪転生≫に組み込まれている≪聖身変化≫の魔法術式を訂正する。
「魔法術式が一つ抜けているだろう」
「あっ……!」
俺の指摘に魔導師達が声を漏らす。
まさか自分達が間違えているとは思わなかったのだろう。
「だが、何故魔法術式に問題があると気がついた?」
「簡単だ。魔法陣に魔力が上手く行き渡らなかっただろう?≪転生≫は術式が複雑とはいえ、優れた魔導師数人ならばすぐにできる魔法だ。
だが、すぐには完成しなかった。ならば、術式そのものに何かしらの問題があると思った」
魔導師達はぐうの音も出ないようだった。
しかし気になるのは、間違えた術式が≪聖身変化≫ということだ。すぐに完成するとは言ったが≪聖身変化≫は例外だ。前世の肉体を優れた肉体に作り変えるために時間を要する。事前に≪聖身変化≫の魔法を完成させる必要があるのだ。つまり、間違いに気がつく時間はあったのだ。
これぐらいの異変にも気がつかないとは……。
「それでもまだこの少女を責めるか?」
宮殿内に沈黙が走る。
「……確かにここまで責めたのはやりすぎだったな……。すまなかったな」
王が口を開く。
奴隷だの、死刑だの、国の裏切り者だの偉そうに言っていた奴が何を今更……。
少女はローブを頭に被ったまま、何の反応も示さない。
「だが、この少女はどうするのだ?魔力は持っていないから魔法は使えないのだぞ。本来であれば、宮殿の側にある豪邸に住まわせ、この国の最難関である魔法学校の授業を受ける手筈だったのだ。だが、魔法が使えないとなるとその授業も意味をなさないだろう。その場合、この少女はその豪邸に住まわせることはできない」
少女の住む場所すら奪う必要すらないだろう。
お前らのミスでこんな事態になってしまったというのに。
しかし、魔法学校では主に魔法の実技授業が行われる。
魔法を使えないと、魔法学校にいる意味もない。
少女も来たからには、この世界に来て良かったと思ってもらいたい。
俺は本日二度目の溜息をした。
「もし居場所がないんだったら……俺が引き取る」
「……え……?」
王の口から情けない声が聞こえた。
流石最年少で宮殿魔導師団になった男……。