ジンの過去と二人の笑顔
ーーその夜。
舞台は一間の客室。そこには、応接用のテーブルとアンティークな椅子が並べられており、二人の女性がその椅子に腰を腰掛けていた。
「それで、ジンさんの学生時代ってどんな感じだったんですか?」
最初に口を開いたのは、ショートカットの黒髪に笑顔でそう問いかける天音である。
天音と対面する形で椅子に腰掛け、長い金髪をフェイスタオルで包み込み、黄金色の液体が入っているグラスを持ち、口に含んだ。
「それはもう、手のかかるガキんちょだったよ!別に問題を起こすことをしていたわけではないが、誰かと何かをするっていうのが苦手でなー」
そう言って、セリーナは手をパタパタさせ、風を送る。二人とも若干ではあるが、肌の血色が良くとても艶々しい。二人の着衣から覗くその白い肌は、見るもの全ての魅了するほどに色っぽい。
「じゃあジンが魔法学校に入学したての頃の話だ。この時のあいつはまだ可愛げがあってなー」
「おお!」
今日、初対面である二人が何故ここまで意気投合したのかというと、
それは、約一時間ほど前ーー。
「風呂に入りたい」
セリーナが両腕を上に挙げ、大きく伸びをしながらそう呟いた。
「ほら、天音にジンの学生時代の話をするってなったら、かなり夜遅くまで話すことになるだろ?だとしたら、今のうちにお入っとかないと駄目だろーぜ」
「それは今じゃないと駄目なのか」
「そりゃそうだろ!今日はたまたま休みを取れたから良かったが、今度いつ来れるか分からないんだから!」
当然だ!っと言わんばかりの物言いである。
魔法学校の講義は予約制である。生徒はいつの時間に、誰の授業を受講したいのかを申請して、講義を受けることができる。
セリーナは教師としてとても優秀であり、生徒達からの信頼も厚い。セリーナの講義を受けたいという生徒も大勢おり、セリーナが講義する教室は常に生徒で溢れかえっているのだ。
当然、講義だけではなく課題の作成や模擬テストなどの準備もある。要するに休みをとることができないのである。
俺も学生時代、セリーナの講義は受けたことはある。生徒達は、セリーナの講義内容を必死にノートに書いていたのを思い出した。
「なぁ!頼むよ!この通り!」
手を合わせて俺に許可を得ようと懇願する。
「ジンさん!」
隣で天音が俺の名を呼んだ。
「なんだ」
「私からもお願いします!」
まさかの横槍が入った。
セリーナは天音を自身を救ってくれた女神のような崇めるような目で天音を見つめていた。
二人にここまで頼まれては断るものも断れまい。
「分かったよ。ほどほどにな」
「サンキュー!天音!一緒に入るぞ!」
「えぇ!ちょっと!」
そう言い残してセリーナは天音を連れて風呂場と向かっていった。そして、裸の付きあいをしたことでより一層仲が深まったのかもしれない。
ーーこうして今に至るのである。
「それでな!どうも私に懐いたらしくて、講義で分からないところがあったら『先生!』って走って向かってくるんだよ!それがもう可愛くてなー!」
再度グラスを傾ける。ワインを口にするたびに、セリーナの顔は見る見る真っ赤になっていき、「暑い!」と言って頭に巻いていたフェイスタオルを外す。
「なのによー!どんどん大きくなっていくに連れて捻くれていってよー。反抗期って言うのかなー。話しかけても『うん』と『いや』しか答えなくなったんだよ!あたし寂しくて寂しくて!」
最早、思い出話ではなく愚痴となっている。
天音はそんな愚痴にも対しても相槌を入れる。
「ジンさんのこと。凄く大切にされているんですね」
「まぁな。天音には話しておく。どうせジンから言うことはないだろうからな」
グラスをテーブルに置いた後、
「ジンの両親。あいつがまだ小さい頃に亡くなっていてな」
そうセリーナの口から告げられた。
「父親は魔導師、母親は教師。ジンの母親、セルシアさんは私の学生時代の先生だったんだ。
私もセルシア先生のようになりたくて、先生になったんだよ」
セリーナが過去を懐かしむように呟く。
「私が教師になったばかりの頃にセルシア先生が赤ん坊のジンを見せてくれてな。幸せそうな先生を見て、私もとても嬉しかった。でも……」
そう言ってギュッと唇を噛む。
「ちょうどその時、隣国との戦争が起こった。戦争に駆り出されたのは魔導師団だけじゃない。医療魔法に優れている人間。中には学生もいた。男女問わずだ。そして、セルシアさんも強制的に戦争に連れて行かれた。その時からこの国のトップはあの糞王だよ」
セリーナは悪態をつき、グラスにワインを注いでそれをグイッと流し込む。
「結果は……」
「勝ったが……その戦争で二人は亡くなった。
全くおかしいよな。たかが一つの小さな土地を巡って大切な人が奪われていくんだぜ」
グラスを持つ手が震えている。
それは怒りからなのか、悲しみからなのかは分からない。
「運良く生き残った私は、急いで病院に駆け込んだ。セルシアさんはまだ生きていたんだ。でも、いつ息絶えてもおかしくない状態だったんだ。その時、こう言われたんだよ。ジンのことよろしく頼むって」
セリーナは天を仰いだ。
そして、天音は理解する。セリーナとジンは教師と生徒以上の強い絆で結ばれていたのだということを。
「親っぽいことは全然してやれなかった。私に出来ることは魔法を教えてやることぐらいだったからな。それでもジンは私の事を慕ってくれた」
天音はただそれを黙って聞くことしか出来なかった。
「このことを話したのは天音、お前にジンのことを任せようと思ったからだ」
「え?」
「こうして話して分かったよ。天音はジンの事を信頼しているし、ジンも天音といるととても楽しそうだってさ」
椅子から立ち上がり、正座する。そして手を膝の上に置いた。
「セリーナ先生?」
「どうかこれからもジンを支えてやってください。教師として、親としての願いです。お願いします」
床に手を置き、ゆっくりとお辞儀をした。
「そんな!先生!頭を上げてください!」
自分に頭を下げられると思っていなかったのだろう。困惑している思考をどうにか保ちながら天音はセリーナに向けて言う。
「私の方こそ、ジンさんに助けられてばかりです。あの時、あの場所でジンさんが私を助けてくれたから今の私がいるんです。私の方こそ先生に、ジンさんに感謝しないといけないのに」
セリーナは鼻をすんと鳴らす。
天音の目尻にも涙が溜まっていた。お互い、溢れそうな涙を拭う。
「大変だろうけど、これからも一緒にいてやってくれ」
「はい!」
涙を彼方へ吹き飛ばすような眩しい笑顔で、二人は笑った。
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