祈るような声
人は生まれ落ちた瞬間に魔力を身に宿している。
それは≪転生≫によってこの世界に召喚された者も例外ではない。
魔力とは、その人の生命力そのものである。
人間は魔力を≪ゼータ≫という空間を体内に所持しており、そこに蓄積された魔力を消費することで魔法を使うことができる。≪ゼータ≫の保有量は、年齢と共に拡張されていき、男性は二◯歳。女性は十八でピークを迎える。
赤子の魔力量は一◯から二◯。稀に五◯の魔力量を持つ赤子もいるそうだ。
彼女の外見年齢は十四といったところだ。
十四歳の一般的な魔力量は三万から四万。≪転生≫はさらに強大な力を転生者に宿すと言われている。
魔力量が0とは赤子以下ではないか。
しかし、俺は気がついていた。≪転生≫の魔法陣の構築が完全ではなかったということを。
≪転生≫は別世界の彷徨っている魂と肉体をこの世界に転生させる魔法。魔法術式も複雑であるため、十◯人は必要とする。膨大な魔力を精密にコントロールしなければ、≪転生≫は成功しない。
仮に転生者を召喚できたとしても、魂や肉体になんらかの影響を与えてしまうだろう。
「……ふ……ふ……ふざけるなっ!」
王が顔を真っ赤にして少女に怒鳴り声を上げた。
「一体我らがどれだけの労力を使ったと思っている!ようやく……≪転生≫の魔法が成功したというのに……それがこの程度の力だと……笑わせるな!」
王が少女に罵詈雑言を飛ばす。
「そうだ!そうだ!」
「俺達の魔力を返せ!」
王の一声で宮殿内にいた人々も少女を責めた。
「そんな!私は何もしていないじゃないですか!私を勝手にこの世界に呼んだのはあなた達でしょ!」
少女は必死の抵抗をする。
「黙れ!黙れ!」
「なんでお前なんかが転生させられたんだ!」
「お前なんかとっとと消えてしまえ!」
心のない言葉が少女を襲った。
「ーーあ」
少女から漏れたひと声。
「……あ……あぁあ……」
少女の身体が震え出す。震える身体を両手で覆うが、震えは止まる様子はない。頬から涙が伝い、零れ落ちていく。
「おいおい!そんな様子を装ったって俺達が許すと思ったのか!?そうはいかねぇぞ!」
「なんか言い返してみろよ!」
少女は涙を流しながらただ震えていた。
ーー醜い。
宮殿にいる人々が、集団となって幼き少女に罵詈雑言を飛ばす。擁護の声は一つもない。
王国の勝手な儀式やらでこの世界に飛ばし、期待し、自分達が納得できる力を持っていなければその人物を否定する。これを醜い以外になんと言えようか。
「すごい状況になったな」
だからといって俺達が手出ししていい問題ではない。魔導師団に与えられている任務は宮殿の警護であって、宮殿の騒ぎの鎮火ではない。
「止めに行った方がいいんじゃねぇの?」
「俺達の任務外だ」
「……そうか。口ではそう言っているが身体は隠しきれていないな」
俺は拳を握りしめていた。爪が肉に食い込んでいて痛々しい。
ーー与えられた任務を完璧にこなせばいい。
ーーそれが今の俺の仕事なのだから。
「もうよい」
王が口を開くと騒いでいた人々がシーンと静まる。
「貴様には失望した。この世界に来た以上この世界で暮らしていかなければならない。しかし、貴様には力がない。魔力はないに等しく、闘いに赴くこともできずそれほど対した回復魔法も使えまい。だが貴様にもできる仕事があるぞ……」
少女は泣き腫らした眼で王を見つめる。
王の口から信じられないような言葉が出た。
「奴隷だ。一生この国の為に働き、この国の為に死ねるのだ。基本は肉体労働だから、魔力がない貴様にもできるだろう」
……何を言っているんだこいつは?
こんな少女を奴隷として一生働かせるだと?
「もしそれが嫌というのなら……貴様はこの場で即死刑だ。奴隷以外に使える人間を生かしておく必要はない」
人々がまた少女に罵声を浴びせた。
「俺達の魔力でこの世界に来たんだ!俺達に尽くしてもいいんじゃないのか!?」
「でもあの女若いぞ?力仕事とかできそうにないだろ?」
泣いている少女を他所に、人々はただ文句を宣うだけ。中には少女を見て笑う連中もいた。
ーー与えられた任務を完璧にこなせ。
ーーそれが俺の仕事なのだから。
「ーーーーーーけて」
人々の罵詈雑言が飛び交う中、小さいが祈るような声が微かに聞こえた。
「誰か……助けて……お願い……」
ーー聞こえた。
ーー確かに聞こえた。
少女の懇願するかのような声。
「あなたの……その力を……自分の為、私の為だけに使わないで……。困っている誰かの為に使って……」
ふと、昔の記憶が蘇る。
思い出したくもないあの記憶。
「あの子を助けてあげて。ジン」
脳内に響く女の声。
忘れていた。
いや、忘れようとしていた。
彼女が死んだと思いたくなかったからだ。
俺が唯一、守りたかった。守ることができなかった懐かしい女の声。
そして、彼女とのたった一つの約束すらも。
「ジン!?」
アレスの呼ぶ声が聞こえたがそれを無視する。
気がつけば、泣きじゃくる少女を守るかのように俺は人々の前に立っていた。
ようやく主人公らしい事をした主人公……。