守らなければいけないもの
「俺が何かしないとでも思っていたのか?あのガキがいつ裏切っても殺せるよう、出会った当初に呪いをかけたんだ。今、ガキの身体に猛毒が回っている。あと三◯分もすればあのガキはもう死ぬだろうぜ!」
呪いだと?
人間は呪いなんて使うことができないはずだ。
呪いを発動させた瞬間から、ガビデルの魔力が徐々に禍々しいものへと変わっていく。
見た目に変化はないのだが、ガビデルの左半身が明らかにガビデル本来の魔力ではなくなっていたのだ。
「お前、既に魔人となっていたのか」
ガビデルの姿を見るからにして半魔人化と言うべきか。
半魔人化。
己の魔力の半分を魔族に差し出すことで、魔族の力の半分を己に宿すことができるのだ。
「だが、お前はもう二度と人間には戻れなくなったんだぞ」
「へっ。力を手に入れるためなら人間なんていくらでも辞めてやるさ。半魔人になった俺の魔力は、さっきまでの比じゃねぇ。この瞬間、お前は俺に殺されることが決まったのさ」
ガビデルは掴まれた手首を振り払おうと力を入れようとするが
「な……。身体がまだ動かねぇ。まさか……半魔人になった今でも、俺の魔力はお前に屈服しているとでも言うのか……」
ガビデルは信じられないような表情を浮かべながら言う。
「さっきまでの威勢はどうした?」
≪魔力支配≫が解けていないということは、奴の魔力は俺の魔力より下だということだ。
「バカな……。魔族の力ですら通用しないと言うのか……。
「違う。魔族の力以前にお前の魔力が弱すぎるんだ」
半魔人化だからまだいいが、魔力全ての魔族に捧げていれば、その禍々しい魔力に身体が耐えきれなくなり廃人になっていたところだ。
「くそ……。偉そうに言いやがって……。だが、あのガキはもう終わりだ」
「黙れ」
俺はガビデルの鳩尾に強烈な膝蹴りを喰らわせる。
「ぐがぁ」
吹き飛ばされたガビデルはそのまま意識を失った。行方不明になった人達の事についても聞きたかったのだが、今はアテンが最優先だ。
俺はアテンの元へ駆け寄る。
アテンの額には汗が滴り落ちており、魔力がかなり弱まっているようだ。
「ジン……」
アテンは声を振り絞るように言う。
「喋るな」
アテンに≪治癒≫の魔法をかけた。
これで少しの間は持つだろう。
俺はアテンを抱え、すぐにこの森を去る。
「ジン……。僕のことは……いいよ……。この村の人達を……騙してきたんだ……。これは報いなんだよ……。神様が……僕に下した罰なんだよ……」
「そうだな。確かにそうかもしれないな」
アテンの眼尻には涙が溜まっていた。
「それでも俺はお前を助ける」
「どう…して……?」
「マキナにお前を助けてやってくれと言われたからな。それに……」
俺はさらに加速し、森を駆け抜ける。
「もう二度と俺の目の前で、俺が守りたいと思ったものを死なせないと誓ったからな」
森を抜け、村に辿り着いた俺が真っ先に向かったのは、アテンの家だった。
そこには、天音とビジャ、マキナの姿があった。
「ジンさん!」
「アテン!」
天音とマキナが俺達の元に駆け寄る。
「アテンの容体がかなりまずい状態だ。身体に毒が回っている。≪治癒≫を使ってはいるが、やはり解毒しないとアテンの命が危ない。ビジャ。この村にある解毒薬をあるだけ持ってこい。それとインベリッテ王国に連絡しろ。直ちに魔導師と病院に勤務する者を派遣しろとな。俺の名前を出せば王国の奴らは間違いなく動くはずだ」
「あぁ、分かった!」
ビジャは解毒薬を集めに向かった。
「アテンを寝室で治療する。あそこには回復魔法陣があるからな。少しでも体力と魔力を回復させる」
俺はアテンをマキナの寝室に連れて寝かせる。
回復魔法陣がアテンに反応してアテンを回復させていく。だが、これもいつまで持つかは分からない。
「ジンさん。アテン君に回っている毒をなんとか解毒できないんですか?」
「あるにはあるが、アテンに回っている毒を完全には解毒できない。今から魔法を作るとしても一日はかかる。それに今、治療の手を止めればアテンは死んでしまう」
アテンの身体に巡る毒を調べたが、おそらく毒牙の短剣と同等の魔界の毒だ。回復魔法陣と≪治癒≫、≪解毒≫、ビジャが持ってくる解毒薬の効果にもよるが、それでもニ◯分が限度だ。
「アテン……」
「お母さん……」
マキナがアテンの右手をギュッと握る。
アテンも握り返そうとするが、手に力が入っていないのか。予想以上に毒の回りが早い。
「ジン!持ってきたぞい!」
「あぁ」
アテンに解毒薬を飲ませる。
「駄目だ。殆ど効き目がない」
他の解毒薬も試したが結果は変わらなかった。
くっ。やはり魔界の毒には効果を示さないか。しかも、アテンに解毒薬を何度も飲ませるのはかなり酷だ。
回復魔法陣や、回復魔法も殆ど効き目がなくなってきている。
「王国の奴らはなんて言ってた?」
「直ちにそっちに派遣させると言っていた。だが、向かうのにかなり時間を要すると言っていた」
それでは間に合わない。
「ゴホッゴホッ!」
アテンが苦しそうに咳き込む。
体力も限界に近い。
「アテン……!」
マキナの頬から涙が滴り落ちている。
「迷惑……かけて……ごめんなさい」
途切れ途切れながらアテンは必死に言う。
「いいえ。貴方は何も迷惑なんてかけていないわ。私が病弱だったから……寂しい思いもさせて……アテンにまで辛い思いもさせて……」
「僕……まだ……死にたくないよ……」
アテンの左手を握る者がいた。
天音だ。
「私に……できることなんて何もない……。こうやって、アテン君の手を握って、ただ治ることを祈ることしかできないの……。ごめんね……。何もしてあげられなくて……」
「……天音の手……温かい……」
彼女は、ただアテンの手を優しく、力強く握っていた。
ーー私の人生って何だろう。
ーー他人からいじめられ、事故に遭って死んで、この世界に勝手に呼び出されて、何の力も持ってなくて。
ーー前世でも、この世界でも私の居場所なんてない。
「いつか、この世界に来て良かったって思わせてやる。絶対に」
ーー声がした。
「お前は一人じゃない。俺がいる。俺が助けてやる」
ーーこの世界でも一人ぼっちだった私にかけてくれた声。
ーー何の力も持たない私を受け入れてくれた人の声。
ーー私はいつも助けられてきた。
ーー今度は私が誰かを救いたい。
ーー今、助けを求めている子がいるんです。
まだ、まともにお話をしたことがないんです。明日こそは少しでも心を開いてくれればいいなって。
ーーもし、この世界に本当に神様がいるんだったら、心の底から願います。
ーー少しでもいい。誰かを助けることができる力を、私にください。
天音の手に小さな白色の光が宿った。
それらが徐々に集まっていく。
それはやがて眩い大きな一つの光となって、アテンの体内へと一気に流れ込んでいった。




