毒牙の短剣
「ぐわあああぁぁぁぁーーーーっっっ!!」
インペルタルの魔力弾を、まともに受けたガビデルは遥か遠くへ吹き飛ばされた。
ガビデルがぶつかった木々はあまりの衝撃で薙ぎ倒されていく。
「……」
あまりの威力にアテンはただ呆然と見ることしか出来なかった。
俺は抱えていたアテンを下ろす。
「少し離れてろ」
今すぐにでもアテンをこの場から離したいところだが、ガビデルが何か仕掛けをしているのかもしれない。
今、一番にすべきことはアテンを護ることだ。
俺はガビデルが吹き飛ばされた方向へ歩みを進めようとする。
「ジン……」
アテンが俺の名を呼ぶ。
「ごめん……なさい」
「それは何に対してのごめんなさいだ?」
「ジンには……たくさん迷惑かけて……」
なんだ、そんなことか。
「気にするな。今は助かることだけを考えろ」
「うん」
アテンは首を振る。
さてと、奴の元に向かうとするか。
どのくらい吹き飛ばされたのだろうか?しばらく歩いているが、ガビデルが見当たらない。
周辺には木々が薙ぎ倒されている。
「ぐぅっ……」
ガビデルが立ち上がる。
「お前……何者だ?今の魔力弾といい、さっきの動きといい、一般人には出来ない動きだ。一体……何なんだ?」
俺は≪再現≫で、着ていた服が一瞬で、魔導師団の制服へと変わる。≪零≫の証である胸章までは再現できなかったが、まぁ必要はないだろう。
「お前……!魔導師団の制服……!」
ガビデルが驚愕の表情を浮かべた。
「かなり威力を抑えたんだが……流石はサーペンの一員と言ったところだな。並の魔導師なら今の一撃で動けなくなっているぞ。だが、これ以上威力を上げると、お前の命がなくなるな」
「お前……!」
怒り狂った眼を俺に向ける。
「完全に俺を怒らせたな……!俺の本気を見せてやるよ……」
ガビデルは右手を前に出すと魔法陣が浮かぶ。
見たところ、先ほどと同じく雷系統の魔法か。青い雷がバチバチと火花を散らしている。
「今から放つ魔法はさっきの≪雷鳴≫とは比べ物にならないぞ!」
確かに比べ物にならない程の魔力だな。
ガビデルが放った≪雷鳴≫に比べたらの話だが。
「どうだ?怖くて動けないか?」
「こんなもの。避けるほどでもない」
「ほざけ。あの世で後悔するがいい!」
ガビデルは照準を俺に合わせ魔法を放つ。
「≪青雷光≫!」
青い雷が俺に襲いかかる。その雷は薙ぎ倒された木々にも感電し、みるみる燃え上がっていった。
このままでは、この森が焼き尽くされてしまうな。
「≪恵雨≫」
俺は空に魔法陣を描く。
魔法陣から、雨が降り出し燃えていた木々が一瞬にして鎮火した。
「俺の≪青雷光≫が……全く効いていないだと……?」
何やら喚いているようだが、俺は魔法陣を描く。
そこから青い炎を纏った竜が現れた。
≪恵雨≫の効果のおかげで青い炎が木々に燃え移る心配はない。遠慮なく放つことができる。
「≪蒼炎暴滅竜鱗≫」
俺が放った蒼い竜は、真っ直ぐガビデルに向かっていく。
「くっ!!」
ガビデルは咄嗟に魔法障壁を展開するが、青い竜にとってはただの紙切れだ。
魔法障壁はみるみる内に焼き焦がされていき、ガビデルは一瞬で青い炎に飲み込まれた。
断末魔のような悲鳴が森中に響き渡る。
流石にやりすぎたか。
ガビデルに≪恵雨≫の魔法をかける。≪恵雨≫は回復能力も持っており、全身火傷だったガビデルの傷は完全に治癒した。
「くそ……」
ガビデルは起きあがろうとする。
「無理をするな。火傷は治したが、体力が回復したわけではない。このままやってもお前が死ぬだけだぞ」
魔導師団に所属していない今、これ以上好き勝手には出来ないからな。
「黙れ……!」
懐から短剣を取り出す。
歪な形をした短剣で、禍々しいオーラを放っている。
「これは毒牙の短剣と言ってな。あのお方から頂いたものだ。この毒を解毒するのは不可能だ。それこそ、≪聖凛の花≫でない限りな!」
奴の眼を見る限り、どうやら本当のようだな。
面白い。
ガビデルは迷わず突っ込んでくる。
「死ねぇぇぇぇーーーー!」
俺の心臓に向け、短剣を振りかざす。
「ぬるい」
俺は短剣を持つ手首を掴む。
そして力の限り握りしめる。
「ぐぁっ!!」
奴の手から短剣がこぼれ落ちる。
俺はその短剣を拾い上げた。
このような短剣は≪零≫にいた時も見たことがなかったな。
「これは……人間界には存在しない短剣だな」
ガビデルの苦痛の表情に動揺の顔が見える。
「この毒も、人間界で入手できる毒ではないな。こんな毒をどこで手に入れた?それもあのお方が手に入れたのか?」
「そんなこと……。誰が言うか……」
俺はさらに手首を掴む力を入れる。
「このような毒は、魔界でしか手に入らないものだな。ということはあのお方というのは魔族か?」
≪零≫の時に魔界で見たことがあるから分かる。この短剣は、魔界に生息する魔物の牙から作られたものだ。人間界にはこれほど歪な牙を持つ魔物はいないからな。
「魔族とどこで関係を持ったんだ」
ガビデルは応えようとしない。
「答えろ」
「あ……あぁ……」
もしかすると、答えないのではなく答えられないのか。
魔族は、用心深い性格だからな。それに≪呪い≫を使えたはずだ。答えると呪いが発動するのだろう。
これでは問い詰めもできないな。
俺はインペルタルをガビデルに向けて撃ち込む。
「か……身体が動かねぇ……」
インペルタルの特性≪魔力支配≫て奴の自由を奪う。これ以上、好き勝手に動かれては困るからな。明日にでも魔導師団の奴らに引き渡すか。
俺はガビデルの手首を離す。
身体の自由がきかないガビデルは、その場で倒れ込んだ。
「ジン……」
声がする方向にはアテンがいた。
「倒したの……?」
「とりあえずはな」
アテンは小走りで俺の方へと向かってくる。
「ありがとう」
「これぐらいどうってことないさ」
「何がありがとうだ……」
ガビデルの表情が歪んでいる。
誇り高きサーペンのメンバーである自分が、魔導師の前に全く歯が立たなかったと言うのが余程悔しいのだろう。
「これも全部お前のせいだ。お前がもっと上手くやらなかったから」
ここにきて責任転嫁か。
お前が初めからやっていれば、こんなことにはならなかっただろうに。
「だから……道連れだよガキ。お前は今ここで……死ね」
精一杯息を吸い込み
「マクシュラ」
そう呟いた。
「うぐぅ」
ガビデルの呪文のような一声と同時にアテンが苦しそうな声を漏らし、倒れこんだ。




