ナイト・リィグル・サーペンダー
その夜ーー
俺は一人、森にいた。
その森は、カジル村と中央都市を繋ぐ森である。出稼ぎに行く人もいるらしく、中央都市に向かうためにここを通る人が多い。
そのため、この時間帯から中央都市に向かう人間もいるのだが、ビジャに頼んでこの森を通らないように言ってもらった。
今、この森には俺しかいないはずだ。
俺は、≪透明化≫でこの前見つけた、≪擬態生成≫の魔法陣の元へと向かい、その近くで息を潜めた。
俺の推測通りならば、今日この場に犯人が現れるはずだ。
俺がこの場に向かう前に、村を回ったがあいつの姿はなかった。
おそらく、随分前にこの森へと向かって行ったのだろう。
天音とビジャには、俺の推測を事前に伝えてある。マキナにはまだ伝えていない。
二人とも信じられていない様子だったが。
やがて、≪擬態生成≫の魔法陣の近くに人影が現れる。
随分と背丈が小さく幼い。
暗闇に同化するためなのか、全身黒色のローブを身に纏い、フードを被り顔を隠している。
そして周りをキョロキョロと見渡していた。
誰かいないか確認しているのだろう。
そして、ホッとしたかのような仕草を見せ、魔法陣に魔力を送り込もうとする。
俺は、≪透明化≫を解除し、手を掴んで顔を覆っているフードを外す。
「あっ……」
フードを外され、思わず情けない声を上げた。
何度も見たことがある顔。
何度も聞いたことのある幼い声。
「やはりお前だったか。アテン」
「……」
フードを剥がされたアテンは何も答えない。
その目には光が宿っておらず、何か諦めたようにも感じた。
暗闇の森の中、木々が風に揉まれざわざわと揺らめいていた。
「この村の住人はどこへやった?」
「……」
アテンは答えない。
「俺はお前の裏にもう一人誰かが暗躍していると考えているのだが」
「……」
これも答えない。
「答える気はない……か」
俺は、懐に隠していた黒曜石の石に魔力を送り、インペルタルを出現させる。
そして銃口を迷わずアテンの頭へと向けた。
「もし、お前が本当に今回の事件の首謀者で行方不明者を殺したとするなら、俺はこの引き金を引くぞ。これ以上、犠牲者を出すわけにはいかないからな」
今、引き金を引けばアテンの頭蓋を貫通し即死するだろう。
「……」
それでもアテンは答えない。
この瞬間、俺の中でもう一つの仮説が確信へと変わった。
「もし、この事がバレると今後一切≪聖凛の花≫は渡さないと脅させているのか?」
アテンがゆっくりと俺の方へと顔を向ける。
「どうして僕だって?」
この場でアテンが初めて口を開いた。
「ビジャから話を聞いて、初めてお前を見た時から少し怪しいと思っていた。お前は、よく砂場で≪創造≫、≪再現≫の練習をしていた。
ここに描かれてある≪擬態生成≫の魔法の下位互換の魔法だ」
それだけでアテンだと断定出来たわけではない。本当にたまたま練習していただけかもしれないのだ。
「だが、お前の≪擬態生成≫には欠点があった。記憶が曖昧であったという事だ。≪擬態生成≫は、本人の見た目だけでなく、記憶も完全に引き継がせる事が出来る。そしてそれは、記憶を読み取る事で出来る≪再現≫に当てはまる。そしてアテンは≪再現≫が苦手だ。だとすれば、≪擬態生成≫によって創られたクローンに記憶の一部が曖昧になるというのも頷ける」
マキナに話したがらなかったのも、自分が手を汚すような事をしてまで、母親を治すための花を貰っているとは言えなかったのだろう。
母が子を心配するのと同じように、子も親に心配をかけたくないのだ。
もし、アテンが≪再現≫の魔法がもう少し上手く扱えたら気付くことが出来なかったのかもしれない。
「もう一度言う。お前の裏には誰がいる?」
「……言えない……。もし、言ったらお母さんが……」
アテンが心配するのも当然だ。
「安心しろ。ここに来る前、マキナをインベリッテ医療病院に入院させる事が決まった。ここより格段に良い治療を受けられるはずだ。そうすれば、少なくとも死ぬことはない。根本的な問題が解決出来た訳ではないがな」
事情は、ナインに≪伝達≫で飛ばした。
最初は戸惑っていたが、すぐに対応してくれたらしく、明日の朝には到着するだろう。
インベリッテ医療病院は、数ある病院の中でかなり腕利きの医者がいる病院だ。そこで治療を受けることが出来れば、カルザーノ症候群が治る確率は上がるはずだ。
「そうか……良かった……」
アテンは安堵の表情を浮かべる。
俺はインペルタルを懐にしまう。
「アテン、お前はあくまでこの魔法で行方不明者の偽物を創ること。それを創ることで≪聖凛の花≫を受け取っていたと言うことだな?」
アテンは頷く。
となると……。
瞬間、木々がより一層ざわめき出す。
何かに怯えているようだ。
ザッザッと足音がする。
アテンと同じ全身黒色のローブで身体を覆っていた。
「あ、あいつ。あいつが僕に……」
アテンの身体が恐怖で震えている。
「アテン。俺の背中に隠れてろ」
「う……うん」
「全く……使い物にならねぇガキだなー。
後でみっちり教育してやらねぇと」
月明かりの中、男が頭に被っているフードを外す。
黒色短髪の長身の男だ。
首元には黒い蛇の刺青が入ってある。
「その刺青……」
俺はその刺青を見て思い出す。
≪零≫の頃、一部のインベリッテ魔導師団すらも怯えさせていた犯罪魔導師団。
そいつらは、全員首元には蛇の刺青が入っている。
「≪闇夜に蠢く蛇の集団(ナイト・リィグル・サーペンダー≫」




