視線
「傷がない……か」
≪治癒≫で怪我や傷を回復させることは出来るが、天音は魔力を持たないに等しいので、魔法を使うことは出来ない。
「そういえば、この村に来てから不思議と軽やかに動けるようになったんですよね。何故でしょう?」
「軽やかに動ける奴が何もない砂場で転ぶか?」
「う……。でも、そんな感じがするんです!」
天音はぷぅっと顔を膨らませる。
だが、この村に来てからの天音の歩く速さはインベリッテの時より速い。最初は、気のせいかと思っていたのだが、本人がここまで言うのだからそうなのだろう。
「ジンさんはどこか行ってらしたんですか?」
「あぁ、少女が行方不明になった森に行ってな」
「そんなところ一人で行ったら危ないじゃないですか」
「安心しろ。この森の地形は見た瞬間把握したし、敵と遭遇しても倒せばいいだけだ」
天音に心配させないように言う。
「さて、行くか」
天音の心配をよそに俺は、次の目的地へと向かおうとする。
「行くって……どこへ?」
「アテンの家にだ」
ちなみに家の場所は事前にビジャに聞いてある。
「私も行きます」
「分かった」
俺と天音はアテンの家に向け歩き出した。
確か、村の隅に建っている小さな家と言っていたな。
「ここか」
しばらく歩いて、アテンの家へと辿り着いた。村に建ち並んでいる家と比べると、お世辞にも立派な家とは言い難い家だろうな。
俺はドアをノックする。
「はーい」
弱々しい声が聞こえる。
ドアが開き、一人の女性が現れた。
「……どちら様でしょうか?」
「ジン・クルシュガーツだ」
「鈴ノ木天音です」
俺と天音は軽く自己紹介を済ませる。
「アテンの母親ですね?少し話がしたいのだがいいだろうか?」
「もしかして…アテンのお友達?」
「まぁ、そんなところだ」
実際のところ、まだ友達と呼べるほど仲良くなったとは言えないがな。
「初めまして。マキナ・ヴィルティです。少し散らかっていますが、どうぞ上がってください」
俺達は、マキナに小さな居間へ案内された。
「ごほっごほっ」
マキナが苦しそうに咳き込む。
「大丈夫ですか?」
天音が心配そうに尋ねる。
「大丈夫よ、ごめんなさいね。それで、話ってなんですか?」
マキナはゆっくりとソファに腰掛ける。
「マキナが病気で寝たきりと聞いてな。どのような病気か気になったんだ」
「病院で診てもらったんですが、極めて稀な病らしいんです。イーテルナ症候群という病気なんです」
聞いたことがある。数一◯万人に一人が発症するという珍しい病気だ。魔力が著しく弱まり、徐々に身体が動かすことが出来なくなってしまい、最悪の場合、命を落としてしまう病気だ。治療法はまだ見つかっていない。魔力を分け与えることで一時的に動くことは出来るが、本人の弱った魔力が回復しない限り、この病気の根本的な解決とはならない。
「ごめんなさい。少し薬を飲んでもいいかしら?」
マキナはテーブルに置いてある薬を手に取り口にする。
「今は、薬で症状を抑えているんですか?」
「そうよ。でも薬の効果も最近は殆ど効いていないように感じるの」
どうやら、病気はかなり進行しているらしい。
「この薬は……」
俺は薬が入っている袋を手にする。
「魔力を回復させる薬よ。遥か北にあるカルザーノ山の麓に咲いている≪聖凛の花≫っていうのが使われててね。採取するのが難しくて希少な花らしいの」
≪聖凛の花≫
別名、奇蹟の花とも言われている。魔力を回復させるだけではなく、身体の免疫力を飛躍的に向上させることができる花だ。リラックス効果などもあり、かなりのお偉いでも入手するのが難しいと聞いたことがある。
それだけのものを一般人が入手するのは不可能に近いはずなのだが。
「この花は、アテンが貰ってきてくれたの」
「アテンが?」
マキナは頷く。
「アテンは、≪聖凛の花≫がカルザーノ山に咲いてあるって事は知らなくてね。私も説明したんだけど、『絶対どこかに咲いていある!」って聞かなくて。探し回ったらしいんだけど結局は見つからなかった。でも、ある日のこと一人の男性が、≪聖凛の花≫をアテンに渡してくれたらしいの」
「その男性とは?」
「詳しいことは分からないわ。アテンもあまり話したがらないの。今は、その花を元にして作って貰った薬を飲んでいるわ」
「そうか……。その≪聖凛の花≫は本物かどうか確かめたのか?」
偽物であれば、マキナの容体が回復しないのも頷けるのだが。
「鑑定はして貰ったわ。知らない人からいきなり≪聖凛の花≫だって言われたって信じる訳がないわ。でも、これは間違いなく≪聖凛の花≫だって」
となると、≪聖凛の花≫の力を持ってしてもマキナの病気を治すことは難しいということか。
だが、≪聖凛の花≫は赤の他人に渡せるほどの代物ではない。
あの花は貴重だ。その男は、入手が極めて難しい≪聖凛の花≫をいくつも持っているということか。
だとしてもだ。困っている子供とはいえただで渡すなんてことはしない。
何か、アテンにでも出来ることを何かやらせているのだろうか。
「聞きたいことがある。アテンについてだ」
「なんでしょう?」
「ここ最近、アテンに変わったことがあったか?些細なことでも構わない」
マキナはうーんと唸る。
「そういえば……。数日に一回帰ってくるのが遅い時があるの」
「具体的な時間は?」
「一◯時くらいかしら」
アテンの年齢からすると随分と遅い帰りだな。
「理由は何か言ってたか?」
「魔法の練習をしてたからって。それ以外何も話したがらないわ」
「そうか」
俺が思うにそれはマキナを心配させないようにするための嘘だと考えている。
アテンの実力は一◯歳の中ではかなり上位に食い込める実力だ。勿論、絶対ではない。あくまで予測だ。だが、その言い訳は不自然すぎる。
だとしたら何故アテンの帰りが遅いのだろうか。
「分かった。邪魔したな」
「えぇ……。ゴホッゴホッ!」
マキナが苦しそうに咳き込む。
「ごめんなさい。寝室に行っても大丈夫かしら?」
「俺も行く」
「私も」
三人でマキナの寝室へと向かう。
そこには寝室の中心に魔法陣が描かれてある。回復魔法の魔法陣のようだが、マキナの容体を見る限り、あまり今は成していないようだ。
「悪かったな。容体が良くないのに邪魔をして」
「大丈夫よ。それよりアテンにも友達が出来てホッとしているのよ」
マキナは微笑む。
「それと一つ、お願いがあるのだけど……」
「なんだ?」
「アテンを助けてあげて」
マキナは弱々しい手で、それでも力の限り俺の手を掴みギュッと握る。
「多分何かを抱え込んでいる。あの子は優しいから……。私には絶対話したがらない。
でも……少しだけ心を開いている貴方にだったら何か言うのかもしれない……。だからお願い」
アテンが羨ましいな。
こんなにも自分の事を心配してくれる親がいるのだから。
「任せろ。だからもう休め」
「えぇ……。そうさせてもらうわ……」
マキナはそう言って目を閉じる。
「マキナも寝た事だし、俺達も出るとしよう」
「そうですね」
俺達は寝室を後にし、マキナの家を出ようと玄関のドアを開き、外に出た。
「!!」
瞬間、誰かの視線を感じた。
俺は視線を感じた方へと顔を向けるが、誰もいない。
すぐに逃げたのだろうが、あの視線は間違いなく殺気だった。
一瞬すぎて、魔力も感知することが出来なかった。
マキナの家を出た俺達を見ていたということは、おそらく何かあるのだろう。
「どうかされました?」
天音は気づいていない。
「今後、しばらくは一人で出歩くな。夜は勿論だが、昼もだ。どうやら俺達を狙っている奴がいるようだ」
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