失った記憶
広場にあるベンチに腰掛ける。
「それで話とはなんじゃ?早速近所トラブルでも起こしたのかの?」
白髭を弄りながら、ビジャは言った。
「いや、あんたが俺に話しかけてきた時、少し気になる点があってな」
「ふむ」
ビジャが頷く。
「あんたは初め俺に、お前さんは、と言ったな。あの場面なら、お前さんがというべきところだ。まるで俺が本物かどうか確かめるような言い方だった」
普通ならあんな聞き方はしないからな。
それと住人達の視線。初対面の人間に向ける目つきではなかった。
「何か起きているのか?この村に」
「あぁ、起きておる」
ビジャは深刻な表情を浮かべた。
「お前さん達が来る少し前じゃ。この村に住んでいる人間が次々と行方不明になったのじゃ」
最初の被害者は、元気な少女だそうだ。
毎日外で遊ぶほど元気でその日も両親に近くの森に遊びに行くと言い残し、遊びに出かけたきり、行方不明になったらしい。
「だが、その三日後その少女は戻ってきた。しかし、戻ってきた少女は以前の少女ではなかったのじゃ。外で遊ばない。ご飯も食べない。そもそも記憶そのものが曖昧になってしまっていたんじゃ」
その少女は、自分の好きなものが何か分からなくなっていたらしい。
その後も次々と森で行方不明者が出ては、三日後に戻ってくるのだが、全員の記憶の何かが曖昧になっているそうだ。
「魔導師団に調査の依頼はしたのか?」
カジル村は、魔導師団のような調査兵がいない。だからこの村は、インベリッテに調査の依頼をするはずなのだ。
一週間前なら俺も魔導師団に在籍していた。
だが、そのような依頼は一切なかったのだ。
「もちろん。だが、それぐらいの事で魔導師を派遣するほどではないという返答が返ってきたのじゃ」
なるほど、アジムが断っていたのだな。
「その行方不明になっていた人間は今どうしている?」
「普通に暮らしている。生活に害を与えているわけではないからの」
「俺達を疑った理由は?俺達は別にこの村の住人ではなかった」
「この村に向かっている途中に、という可能性がある。お主のことはヒルデから聞いていたからの。言ったじゃろ?本物であれば答えられると」
記憶が曖昧じゃなければ、全ての質問に答えられると言いたかったのか。だとしても全てヒルデに対する質問というのもどうかと思うが。
「大体のことは分かった」
「それを聞いてどうするつもりじゃ?お前さんなら解決出来るとでも?」
「あぁ、出来るさ」
指をパチンと鳴らすと、魔導師団の時の服装へと姿を変える。
「その服は……魔導師団の……」
ビジャがワナワナと身体を震わせる。
「まず、我が王の愚行。王に代わり謝罪する。
すまなかった。だが、俺が必ず真相を突き止めてやる。だから、安心しろ」
「……感謝する」
ビジャから震えたような声での言葉が聞こえた。
「あ、あの子……」
天音が言う。
ここから少し離れた砂場にアテンが一人でいた。
近くに子供達が遊んでいるが、アテンはその輪に混ざろうとする様子はない。
「アテンは小さい頃に父親が亡くなっての。母親も病気で寝たきりで構ってあげられなかったそうじゃ。性格の事もあって周りとも馴染めなくての」
「そうですか……」
「母親と儂には懐いているんじゃが、他の人には心を開かなくての」
「何か私に出来ることが……」
天音が頭を悩ませる。
「……よし!」
何か決心したのか物凄い速さでアテンの方走っていく。
少し心配なので、俺も後を追う。
「アテン君」
砂場で遊んでいるアテンに話しかける。
「誰?」
アテンは首を捻る。
「初めまして。私は天音って言うの」
自己紹介をするが、アテンは砂遊びを続けている。
「何創ってるの?」
無視するアテンに天音は声を掛け続ける。
「お城」
魔法で砂を操作しながら、城を創っている。
「お城かー。じゃあ私も創ろうかな」
そう言って城を作り始めるのだが、天音は魔力がないので、魔法は使えない。手で城を作ろうとしたが、素人が簡単に作れるわけもなくすぐに崩れていった。
「……下手」
そう言いながら、アテンはどんどん城を創り上げていく。
「出来た」
しばらくすると、小さな砂の城が完成した。
「すごーい!」
天音がパチパチと手を叩く。
「これぐらい普通。もう帰る」
飽きたのか、アテンは作った城を崩し何処かへと去っていた。
「≪重力操作≫か」
≪重力操作≫は物質の重力を操る魔法だ。質量が軽い砂とはいえ、一◯歳であれほど精密な城を創れる子供は中々いない。
俺は天音に声を掛ける。
「どうだ?意思疎通は取れたか?」
「いえ、全く取れませんでした」
ひどく落ち込んでいる様子だった。
「とりあえず今日は帰ろう。美味い飯でも食えば元気になるだろう」
一瞬にして天音の顔が輝く。
よほど、お腹が空いているんだな。
「今日はカレーを作るんだが……」
「ぜひ食べたいです!」
今度から、天音が落ち込んでいる時は食べ物の話をすれば元気が出るんだなと、俺は一人理解した。




