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桜の咲く頃に

作者: 雷禅 神衣

今年も桜の季節がやって来た。寒い冬を越えて、それまで縮こまっていたネコが伸びをするように

その勢いに任せて穏やかな春の風が吹いた。

極寒のような気温に別れを告げ、どこか浮き足立つような陽気。

この時期だけ僕はここに戻ってくる。何故この場所に戻ってくるのかは自分でも分からない。

ただ、そこに懐かしい思い出を感じるから戻ってくるのかも知れない。

巨大な桜の木の下に立った僕はひたすら待った。彼女が現れるのを。

彼女と会うこと。それが僕の使命であり、全てだった。

今でも瞳を閉じると思い出す。彼女と一緒にこの桜を見ていた頃を・・・。


五十嵐いがらし つかさは毎年桜が咲き始めると、とある場所へ行くのが日課だった。

とりわけ休日ともなると午前中から足を伸ばす事もあるくらいだ。

その場所は地元でも有名な巨大な桜の木がある神社の境内。

誰もが自由に出入り出来る事もあって、近くに住んでいる人たちも花見のにやって来る事が多かった。

美しい桜を見る事。確かにそれが目的ではあったが、実はもう一つあった。

それは藤野ふじの 可憐かれんと会うためだった。


司と可憐の関係は既に大人の関係になっている。つまり「付き合っている」であり「恋人」と言う事でもある。

住んでいる場所が近い事もあり、仕事が終わった後などは一緒に夕食を食べに行く事が多かった。

通常ならば会う約束をしなければ会う事はない。

しかし、彼らにとって約束をせずとも会える場所があった。それが桜の咲く神社の境内だった。

別に何時に桜を見に行くと言う約束はした事が無い。にも関わらず司が桜を見に行くと可憐もそこにいるのだ。

それは偶然ではなく100発100中の確率で出会う。

司が「どうしてここに?」と聞くと、可憐は「何となく桜が見たくて」と言う。

「僕もだよ」と司が続けると、可憐が「それに司がいるだろうなと思って」と続く。

二人の中で桜と言う存在は、暗黙のうちに二人を引き寄せる力を持っているのかも知れない。

「毎年この場所で会うなんて、なんだか毎年出会ってるみたいね」

「言われてみればそうだな。良いんじゃない?新鮮で」

「そうね」

そんな他愛も無い会話の中に、いつも桜は咲いていた。

特別何かを誓い合ったわけではない。お互いの将来はまだ開けておらず、今を生きる若者たちの一人だった。

だが自然とお互いの存在が特別なものに思えてくるのは、やはり桜があるからだった。

桜を見ながらいろんな話をした。桜の季節に約束もせずに会うなんて変だね。

いやいや、それが俺たちの運命なんだよ。そうかしら?

そうに決ってるよ。

美麗に咲き誇る満開の桜を見ていると、本当に運命の人だと思えてくる。

しかし、桜が咲き乱れるのは春だけ。

言い換えれば、春だけ咲き誇ると言う意味である。

その事に気付いたのは、それからずっと後のことだった・・・。


そして今年も桜が咲いた。僕はこの桜の下で彼女を待った。

満開に咲き乱れる桜を見上げ、当時の事を思い出し、そして静かに微笑む。

そんな回想にふけっていると、公園の入り口から可憐がやって来るのが見えた。

心なしか足取りは重く、酷く頼りない。表情もやつれている。

瞳からは光が失われていたが、それでも可憐である事は間違いなかった。

彼女は僕の目の前に来ると

「綺麗・・・」とだけ言った。

可憐が見ていたのは巨大な桜の木の下で、小さな枝を出した木の根、まだ生まれたての小さな桜の木だった。

「司・・・・」

可憐が司を呼んだ。しかし返事は無い。

「今、貴方の事を司が見たら、何て言うんだろう・・・」

可憐は自分を心配そうに見上げる小さな桜の木に触れながら呟いた。

そして大量の涙が溢れ、それは決して止まる事はなかった。

「司・・・戻って来て・・・お願いだから・・・」

可憐の悲しみはまだ、始まったばかりだった・・・。



「桜が咲き乱れる頃、僕は貴方を待っています。この桜の木の下で・・・」



END

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