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本当の俺を見つけて  作者: @山氏
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第1話 一瀬 遥と一瀬 春陽

「はぁ……」


 俺はため息を吐きながら身体を起こした。


 見慣れた部屋。しかし自分の部屋ではないことに嫌気がさす。


 部屋に置いてある姿見を確認しても、自分の姿は映らない。


 明るい茶に染まった髪。置いてある姿見にギリギリ映り切るかといった長身。


 俺の親友、一瀬春陽の姿が映し出されていた。


「ホントに入れ替わってやがる……」


 自分の声にまだ違和感を覚える。


「起きたか?」


 ドアを開け、またも見慣れた顔が姿を現した。


 低身長で目つきは悪く、ワックスで整えられた髪。着崩した制服。


 これが本来の俺。一瀬遥がそこにいた。


 同じ一瀬だが、兄弟というわけではない。たまたま苗字が被ったというだけだ。


 それが理由で話すようになったわけだが。


「まだ戻ってねえ。もう一か月になるってのになぁ……」


 俺はため息交じりに肩を竦め、姿見に自分を映した。


「そろそろ受け入れろよ。誰かと入れ替わるなんて経験、そうそうできるもんでもないぞ?」


 春陽は笑って俺の肩を叩いた。


「お前は順応しすぎだよ……」


「そろそろ学校に行く時間だぜ、さっさと飯食っちまえよ」


 そう言って俺の姿をした春陽は部屋から出ていく。俺は手早く制服に着替え、春陽を追うように部屋を出た。


 俺たちは別に同居しているわけではない。入れ替わってしまってから、疑われないように家も入れ替えて生活することになったのだ。


 一か月も経つと、少しはこの生活には慣れてくる。しかし、そう簡単に受け入れることはできなかった。


 学校に着くと、俺たちは自分の席に着いた。俺は春陽の席に、春陽は俺の席に、だ。俺たちの席は窓際の一番後ろとその一つ前。席が近かったのと、苗字が同じだったことが幸いして、席を間違えてもちょっとからかわれるくらいで済んでいた。


 授業中、春陽は机に突っ伏して寝ている。俺は真面目に先生の話を聞き、黒板の文字をノートに書き写していた。


「おい、一瀬。寝るなよー」


 先生が春陽、もとい俺の体の頭を叩いた。


「んあ……すんません」


 ゆっくりと春陽は顔を上げた。目を擦り、黒板の方を見た。


 春陽は基本的に不真面目だ。授業は寝るし、テストでは赤点を取るくらいに頭が悪い。逆に俺は自分で言うのもなんだが、真面目だった。テストで赤点なんて取ったことはないし、授業だって真面目に受けている。


 昼休み、俺たちは屋上で話していた。


「お前、俺の身体なんだからちょっとは真面目に授業受けろよ」


 俺は周りに誰も聞こえないように小さな声で言った。


「別にいいじゃねえか。テストの時は名前変えてやるんだし」


 春陽は悪びれもなく言った。


「俺の内心が下がるじゃねえか」


「大丈夫大丈夫。テストの点数さえ取っておけば進級できないなんてことはないって」


「そういうことじゃなくて……」


「昨日あんまり寝れてないから疲れてんだよ」


「ちゃんと寝ろよ……」


「はいはい。じゃあ俺は教室で寝るわ」


 俺が肩を落とすと、春陽は教室に戻ってしまった。


「あの……春陽先輩……」


 ふと声を掛けられ、俺は声の方に視線を向けた。


 髪を肩程まで伸ばした女生徒が顔を赤らめながら立っていた。


 俺のことを先輩、と呼ぶということは彼女は1年なんだろう。


「どうした?」


 いつもの春陽のような軽い調子で、俺は女生徒と向き合った。


「この前作ってみたんです、よかったら食べてください!」


 女生徒は俺に小さな包みを差し出した。俺はそれを受け取ると、そのまま包みを開けた。


 中は様々な形のクッキーが入っている。少しだけ形が崩れているものが入っているところに手作り感が出ている。


 俺はひとつ摘まんで、口に運ぶ。手作りにしてはよくできている。 


「美味しいよ、ありがとな」


 俺は女生徒に笑いかける。彼女は嬉しそうに笑って、俺に頭を下げて去って行ってしまう。


「名前、聞き忘れたな……」


 知らない女生徒にクッキーをもらう。そんなこと、入れ替わる前には体験したことなかった。


 春陽は女の子にモテる。休み時間には女の子がよく話しかけてくるし、昼休みだって俺が無理やり遥を連れ出さなければ、他のクラスメートにつかまり、昼休みを女の子と過ごすことになってしまう。


 俺は女の子と話すことすらあまりなく、俺が春陽になりきって対応するのに一月経った今でもあんまり慣れていない。


 そんなことを考えていると、予鈴が鳴った。


「春陽君、明日は昼休み一緒に食べようね~」


「おう、明日は付き合うな」


 教室に帰るなり、クラスメートの女子たちが俺に声をかけてきた。


 俺は軽く返事をして春陽の席に戻り、授業の用意を始める。


「モテモテだなぁ、春陽?」


 春陽が後ろを向いて、ニヤニヤしながら言った。


「うるせぇ」


 俺は春陽を小突いた。春陽は笑いながら前を向き、机に突っ伏した。

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