1-6:少女は無言で恋を望む
二曲目が終わりを告げる。
曲が鳴りやんだところで、ディグニ様がふと笑みを浮かべて私の手を握り直す。
「中々良い動きだったぞ。私には遠く及ばないが、磨けば輝くだろうな」
褒められるとは思っていなかった私は、きょとんとした顔でディグニ様の顔を見上げた。
ディグニ様はそれに気付くと、「なんだ、意外か?」と首をかしげる。私は小さく頷いて返した。
「良いものは良いと認めるべきであろう? お前とのダンス、それなりに楽しめた。自信を持って良いぞ」
声を上げて彼は笑う。合わせて私は感謝の意味を込めてお辞儀を返す。二人の手が離れると、ディグニ様は踵を返して歩き出す。私がそれを見送っていると、ふと振り返り、
「これから先、また出会うこともあるだろう。それまでに精進するがいい」
そう言って、メスィ侯爵令息は去って行った。
良かった。何とかなっている。アミティのお陰もあるけど、今の所何の問題もなく事が進んでいる。行けるぞ、私。頑張れ、私。
等と思いつつ、ディグニ様の姿が人ごみに紛れて見えなくなったころ、後ろから落ち着いた声で呼びかけられた。
「レディ、次の相手をお探しかな」
振り返ってみれば、眼鏡をかけた白髪の男性。落ち着いた雰囲気で、細身な身体をしている。彼も侯爵令息の一人だろうか。
「ふふ、連続で私達侯爵家と踊れるなんて中々の人気者だね」
やはり、と言うべきか。向こうから名乗ってくれて本当にありがたい。私はパーティの主役として名前を出しているから名乗る必要もない。この状態でパーティ参加なんて地獄かと思ったが、何とかなるものだ。自分のパーティで良かった。
「私はアリステラ侯爵令息、テュエル・リッテラー・ウメノス。11歳の誕生日、おめでとう。……こうして僕達と踊れること……それが一つのプレゼントだと思ってくれると嬉しい」
手を差し伸べるテュエル様。私はそれを取り、次の曲が始まるのを待った。
暫くして曲が流れ始めると、流れるように私たちは踊り始めた。
驚くことに、踊っている間はずっと無言だった。ダンスパーティで踊っている間は、普通お喋りの場なのだ。だからこそ私は喋れないことが最大の懸念事項だったわけなのだが、テュエル様は一度も口を開かない。
ただ、淡々と踊り続けるだけの時間が続く。……これは、どうしたのだろう。私から話しかけることは出来ないから、ただただ無言が続く。
よくない、これは良くないぞ……。
もしかしたら、私が喋れない事に感づいているのでは。だとしたら本当に困る。……気付いていたとしても黙ってくれればいいのだけど。
いや、気付いたとも限らない。ただ本当に無言で踊るタイプの人なのかもしれないし。……どんな人だよ! 聞いたことないぞ!
「そろそろ曲が終わってしまうね」
喋った! 良かった! いや別に何も変わってない!
名残惜しいのだろうか、どうなのかは分からないけど、私は少し寂しそうに頷きを返す。
「貴方は……いや、何でもない」
思わせぶりな事を口にするテュエル様。気付いてるのか気付いてないのかはっきりしてくれ。心配で夜眠れなくなる。
何のことか分かりません。とでもいうように首をかしげて見せるけど、テュエル様がこの続きとなるセリフを発することはなかった。怖い。
「次はカト侯爵令息に会いに行くと良いよ。まだ彼とは踊っていないだろう?」
代わりにそんなことを言った。なるほど、で、さっき言いかけたことは……?
「彼はそこの……ほら、金髪で気の強そうな娘と踊っている緑っぽい黒髪の少年だよ。彼は僕たちの中で最年少。貴方とも一番年齢も近い。お近づきになっておくといいよ」
テュエル様がそう言うと、丁度曲が終わりを告げた。私は感謝の意を込めて礼をすると、彼はニコニコと笑って私の頭を撫でた。
「これから先大変だと思うけれど、頑張るんだよ。貴方ならきっと大丈夫」
私の頭から手を放して、「じゃあね」と告げてテュエル様は去って行く。私はというと、よく解らないと言った表情を貼り付けて突っ立っていた。
……え、ホントにこれは気付かれているんでは。どうしよう、すごく怖いがそれを問う手段さえ私にはないのだった。
どうしよう、もう一度近づくか? いや、逆効果か……。とりあえず進められた通りにカト侯爵令息に会いに行くべきか。
悩みながらもさっき紹介された少年の元へ向かうと、丁度目が合った。
「あ……そ、その……」
妙におどおどとした印象の少年だ。……あれ、確かカト侯爵家は武力に特化した権力のある家ではなかったか。
人違いかと私が思った矢先、彼がしどろもどろに告げる。
「僕は……カト侯爵令息、ティミッド・ウィレー・パロスです。その、貴方がラリア嬢ですよね?」
本当にカト侯爵令息だった。私が言うのも何だが大丈夫かカト侯爵家。……いや、別に内気な性格でも問題があるわけではないか……。
自分がラリアかどうかを問われたので、私は肯定の意を告げる。それを見るとティミッド様はぱぁっと顔を明るくさせる。
「よかった! このような場に招かれるのは実は初めてでして……。父上からは主催の令嬢とは必ず面識を持つように、と言われていたもので……その、お会いできて光栄です」
貴族が別の階級の催しに参加するようになるのは成人する15歳を迎えてからになる。それまでは同じ階級同士のパーティにしか参加しないし、できない。つまるところ、彼は15歳になったばかりという事だ。
なるほど、私と歳が近いわけだ。
「えぇと、僕と踊って頂けますでしょうか?」
元から彼目当てで向かったのだ。私は当然OKを出す。
「ありがとうございます! きっと楽しい時間になると思います」
満面の笑みでそう告げるティミッド様。ああ、こういうタイプの子も可愛くて良いかもしれない。
……いや、私には選り好みするだけの余裕はないけれども。
「レディ、お手を」
差し伸べられた手に手を載せて、次の曲が始まりを告げる。
ステップを踏みながら、笑顔で彼は話し出す。
「将来、僕たちのお嫁さんになる方々がここには集まっているのですよね。僕、正直ドキドキしているのです」
踊り自体は今までの令息たちと比べたらまだまだではあるのだが、とても楽しそうに踊る彼を見ていると、なんだかどうでもよくなってくる。
「貴方もとても魅力的な方。……お話して頂けないのが少し残念ではありますが……。僕のダンスがご不満でしたでしょうか?」
ああ、これは別の方向から抉られてくる奴だ。喋らない事に罪悪感が募るやつ。申し訳ない、ティミッド様。私は本当は喋らないのではなく喋れないのだ。教えることはできないけど。
「その……ごめんなさい。もっとダンスが上手ければよかったのですが……。ディグニ様の様にはいきませんね」
若干しょんぼりした様子でティミッド様が言う。ううん、むしろごめんなさい。不満なわけじゃないんだ。ホントだよ。
伝わるかは分からないけど、私は小さく首を振って笑みを浮かべた。
「慰めて頂けるのですか? ありがとうございます。……僕もまだまだ精進が足りていないようです。……また、たくさん勉強をして、声を上げて驚かれるほど上達した姿をお見せいたします」
なんというか、すごい。何がすごいのか分からないけどなんかすごい。そんな小学生並みの感想を持った私だった。
それからはちょっとした世間話をいくつか交わした。……聞いてただけだけど。そうして、曲が終わるころ。
「本日はお招きいただき、本当にありがとうございました。拙い踊りで退屈だったかもしれません。ですが、次はもっと上手くなった姿をお見せしますので、宜しければ次もお招きください」
そう言って、ティミッド様は会釈をする。私はこれに答えて会釈を返すと、彼は微笑んで、
「それでは、またの機会に」
と告げて去って行った。
最初は大丈夫かと心配したけど、武力特化に恥じない努力家のようで安心した。将来が楽しみだ。……何様だ私。
……と、次が最後の演目になる。そうしたら次はパノ侯爵家か。どこにいるだろう。
きょろきょろと私が見渡していると、レフレッシ様がこちらにやってきた。……おや、何だろう?
「レディ、誰かをお探しかな」
ええ、まあ。パノ侯爵令息様を。
「もし差し支えなければ、もう一度僕と踊って欲しいのだけど、如何だろう?」
え? これはもしかして、フラグが立ったという奴か?
向こうから二回目のお誘いが来るなんて。これは、受けるしかないのでは。……パノ侯爵令息も気になるけど、これは。
若干の迷いを残しつつ、私はレフレッシ様の手を取った。
次回更新は11/24になります。




