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転生令嬢は喋れない  作者: どりーむぼうる
第1章 おしゃべり伯爵の御令嬢は無口少女
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1-3:そして彼女は呪いを知る

 私が前世の記憶を取り戻してから暫くして、私はすっかり病気になる前の体調に戻っていた。……会話ができなくなった以外は。

 奇行に走った私は当然の如く父上や母上にこっぴどく叱られた。とりあえず、もう二度とあんなことはしませんと身振り手振りでアピールをしまくり、それでも信用ならないので四六時中ラフィネをはじめとしたメイドたちに付き添われるようになった。

 ただまあ、隣に誰かがいるという事は私の代弁をしてくれる人が居るというわけで。私にとっては逆に好都合だった。

 あれから何度か医者の人が来て私の身体を調べたが、声が出せるようになることはなかった。もしかしたら精神的な何かが原因でそうなったのかも、と内科だけでなく精神科の医者もやってきたわけだが、私は別に何か特別な精神異常を患っているわけでもないのでこれもハズレ。家人達は大いに頭を悩ませることになった。いや、本当に申し訳ない。


 そんなある日、私が高熱で倒れた事を聞いて心配したのか、幼少期からよく会っていたノトス伯爵令嬢であるアミティが訪問してきた。

 ノトス伯爵は私の家が管理している領地の隣の地域を受け持っている一族で、アミティはその長女である。

 私は彼女を出迎える為、ラフィネに連れられて広い応接室の、これまた大きなソファに座って到着を待った。

 程なくして、別のメイドがアミティの到着を報せに部屋に入ってきた。そして、彼女に続く様にアミティがやって来て、「失礼致します」と礼儀正しく一礼し、応接室へ入る。

 アミティは音もたてずに私の向かいのソファまで歩を進め、私に向き直るともう一度礼をして、私の顔を心配そうに見た。


「お久しぶりでございます、ラリア様。ご病気になられたと聞いて心配していたのですが、その後のお加減は如何でしょうか」


 ものすごく丁寧な口ぶり。このアミティという少女、実は私の一つ上である。齢11歳でこの礼儀正しさなのだから彼女の育ちの良さがよく分かる。

 私はひとまず彼女に座ってもらうよう促した。……と言ってもしゃべれないので手を上から下に上下させてるだけなのだが。それを見たアミティは不思議そうに首をかしげる。慌ててに後ろに立っているラフィネが口を開いた。


「アミティ様、どうぞお座りください」

「……あ、はい。それでは失礼致します」


 多少どぎまぎしながらアミティがソファに腰を下ろす。良かった、何とか伝わった。ありがとうラフィネ。

 アミティは暫く無言で私の顔を覗き込むようにして見ていた。今までは私の方から話しかけていたから、きっとそれを待っているのだろう。が、しかし。今の私は言葉を発することができないのである。

 私の状況を察してか、もしくはしびれを切らしたのか。アミティが恐る恐るといった感じで口を開いた。


「あの、ラリア様……如何されたのでしょうか」

「…………」


 私はラフィネに助けを求めて視線を送る事しかできない。アミティには私が視線を逸らしたように見えるだろうか。だとしたらとても気まずいがしかし、私にはどうすることもできないのだ。


「申し訳ございません、アミティ様。お嬢様は今、言葉を発することができなくなっているのです」

「え? それは……本当なのですか?」


 肯定の意を込めて私は頷きを返す。それを見てアミティは困ったような笑みを浮かべる。


「それは……とてもお辛いでしょうね……」

「はい。お嬢様はとてもお困りになっていまして、でも原因が分からないのです」

「そうですか……」


 そう言って、アミティは考え込むような仕草をする。きっと考えても分かるものではないのだが、彼女はどのような解釈をするのかは多少興味がある。

 今までに上がった説は病気で喉がやられた説、精神的な異常で無言症になった説、熱で頭がやられて言語機能がやられた説、話術の勉強が嫌になって喋れなくなった振りをしている説、等である。最後のは正直どうかと思う。私話術の勉強好きだったし。


「あの、ラリア様。失礼ですが、何か生活にご不満でもあったのではありませんか?」


 アミティは精神説を唱えてきた。まあ、一番信ぴょう性は高い……気はする。

 でもこの説、ラフィネにクリティカルヒットしてしまうのだ。主に精神に。

 案の定というか、隣からボディブローでも喰らったかのような声が聞こえた。視線を移すと、少し前のめりになったラフィネが口元を押さえて震えている。そして涙目になって、横目で私を見てくる。やめて、そんな目で見ないで。ホントごめんて。でも私の所為じゃないから許して、ラフィネ。


「お嬢様……どうか、どうか私を見捨てないで頂けませんか……?」


 弱々しい声で懇願するようにラフィネが言う。大丈夫だって見捨てないから、ホントホント。と、ドヤ顔サムズアップで懇願に答える私。

 その様子を見ていたアミティが、申し訳なさそうに首を垂れる。


「申し訳ございません。私、酷い事を……」

「い、いえ……。大丈夫です、アミティ様。私、何度も言われて……その……慣れてますから……こふっ」


 とても言われ慣れているようには見えない。


「ですが、ラリア様のその様子だと、確かに心に傷を負って話せなくなった……様には見えませんね」


 うん、その通り。私は元気いっぱいだ。話せなくなったことに対してダメージは負っているが、傷心しているとかそういうのでは全くない。私は頷きを返す。

 アミティは私が頷いたのを確認すると、再び考え込むような仕草でうーん、と声を上げた。それから、今までに何度か上がったいくつかの説を一つ一つ上げていく。もちろん全てハズレなので、私は否定の動作を取る。

 繰り返していくうちに、アミティは考え込む時間が長くなっていったが、暫くして「そういえば」と一つの新説を打ち出し始めた。


「ラリア様、こんなお話は知っていますか?」

「?」


 そう前置きして、アミティはこんな話をした。


==========================


 昔、とある村にお喋りが大好きな少年が住んでいました。

 ある日、少年が夜遅くに森に遊びに行くと、そこには悪魔が居ました。

 鼻歌を歌いながら歩く少年に悪魔が言いました。


「お前のその煩い口を塞いでやろう」


 少年はお喋りが大好きだったので、もちろん嫌だと言いました。すると、悪魔はこう返します。


「では、その煩い声を使って俺を満足させてみろ」


 少年は歌を歌いました。しかし、悪魔にはただの騒音にしか聞こえません。

 次に少年は詩を読みました。しかし、悪魔に詩は響きません。

 次に少年は物語を読みました。しかし、悪魔にとっては面白くありません。


「やはり何もできないじゃないか。そんな口はもういらないだろう」


 少年は困り果てて、大声で助けを呼びました。

 すると、悪魔は喜び始めます。


「それだよ、それ。俺が聞きたいのはそういう声だ」


 それを聞いて、少年は何度も何度も叫びました。

 叫んで叫んで、声がかれ果てた頃、悪魔はもういなくなっていました。

 助かったと少年は喜び、村に帰ると喉を使い過ぎたせいで喉が腫れてしまい、熱を出して倒れてしまいました。

 それから、少年は声を出すことができなくなってしまいました。

 頑張って叫んだ少年の声でも、悪魔が満足することはなかったのです。


==========================



 これは、私が小さい時に読んだ絵本のひとつだった。確かタイトルは『騒がしい森の悪魔』だったはず。騒がしい森に住んでるのに煩いから声を奪うとかどういうことだと当時は大分ツッコミを入れていた。

 この物語はよく「悪いことをしていると悪いことが起きる」という脅し文句のひとつとして語られていた。夜に煩くしてると悪魔が来て喋れなくされますよ~的な奴だ。

 淡々と話し終えたアミティは、一息つくとこんな事を付け加える。


「私もただのおとぎ話だと思っていたのですが、最近、本当に悪魔が実在するという噂を聞きまして」

「……お嬢様も悪魔に声を奪われたのだと?」

「あぁ、いえ。馬鹿馬鹿しいお話だと私も思うのですが、悪魔が実在するのであれば、話せなくなる呪いや魔法なども実在するのでは、と思いまして」


 なるほど、呪いか。

 私もこれはあの女神の呪いだと思っているからあながち間違いじゃない。悪魔と言われたら女神と正反対だけど、正直あの女神を女神だと思いたくないし。


「呪い……ですか」

「そうです。もしかしたら、のお話ではありますが」


 この世界には魔法が存在する。ただ、魔法と一言で言ってもそこまで何でもできるわけではない。火を起こしたり、水を操ったり、風に乗ったり、その程度だ。火種になるものがない場所で火は起こせないし、水分のない所で水を操ることは出来ないし、空気のない所で風は起こせない。

 前世の記憶がある私にとっては、日本という国のライターやら上水道だやら扇風機やらの方がハイテクだ。どういう原理で動かしてるんだろう、あれ。

 まあ、そんな程度の魔法であるから、心を操るだとか声を奪うだとかそんな魔法とか、呪いじみたものは存在していないと考えられていたわけだ。


「でも、お嬢様がそんな恨まれるようなことをしているはずがありません」


 ラフィネが少し強い口調で言う。

 呪いをかけられるという事はつまり、呪われるほど恨まれているという事になる。

 確かに誰かに恨まれるようなことをした覚えはないが、伯爵令嬢というご身分である。見知らぬ誰かから恨みを買っていないとも言い切れない。

 ……まあ、あのクソ女神の所為なのでこの推察もハズレなのだが。


「いえ、ですから、可能性のお話です」

「そ、それでも、呪いだなんて」

「呪いでないとしたら、それこそ先程の不満が募ったから、などの理由に逆戻りしてしまいますが……」

「う……」


 ラフィネには申し訳ないが、呪い説が一番今の私の状態に近い。

 とすれば、この後の会話に求められるのは呪いを解く方法を模索してくれることである。


「……で、でも……もし、仮にそうだとしたら、一体どうすればいいのでしょう」

「そうですね……私も魔法の勉強は始めたばかりですし、あまり詳しくはありません。でも、一つ言えることがあるならば、それはとても高度な魔法である、という事でしょうか」


 11歳の誕生日を迎えた貴族は魔法の勉強をするようになる。大したことのない魔法文化だが、その魔法を使えるのは貴族だけなのだ。まあ理由は単純で、魔法の呪文が記載されているいわゆる魔導書は貴族の間でしか出回っておらず、極稀に裏で密売される物は一般市民には到底手の届かない高値で売られているからだ。

 ついでに魔法を発動させるための魔力は王族の血を受け継いでいないと基本的に低い水準に留まっている。貴族は爵位が低くなるごとに王族の血が薄まっていくわけで、私は伯爵家であるから魔力はそこそこ。日常的に使うような魔法は基本すべて使える程度の魔力。

 アミティも私と同じ伯爵家であるから、私が使える魔法は大体彼女が使えるものと同じという事になる。


「王族の方々でもそういった類の魔法を使ったという話は聞いたことがありませんから、それこそ魔物や悪魔などのヒトならざる者の使う魔法でしょう」


 博識アミティ。政策が得意な一族なだけはある。

 前世の私が魔物と聞けば驚くかもしれないが、魔法があるんだから当然魔物だっている。動物の形をしているものもいれば人形に擬態してるものだっている。そして彼らはすべからく私達人間よりも高度な魔法が使えて、強い魔力を持っているのだ。

 ラフィネはそこまで聞いてうーんと考え込んでから、そうだ、と思いついたように口を開く。


「来月、お嬢様の誕生会が開かれた際にデクシア侯爵閣下がお見えになられます。その時に尋ねてみるのは如何でしょうか、お嬢様」


 なるほど、爵位の高い貴族に聞けばもっと魔法について詳しく聞くことができると。いい案かも知れない。

 ……ん、待って。来月誕生日? もうそんな時期?

 しかも私の誕生会と言えば例年ダンスパーティと相場が決まっていたじゃない! 11歳で魔法を学ぶようになる節目の年でのパーティだから規模も大きめだし!

 ダンスパーティの楽しみと言えば会話をしながらダンスを踊る事なのに、話す事さえできない状態でダンスパーティに臨むとか最悪なんですけど!?


「早く話せるようになるといいですね。私もまたラリア様とお話がしたいですから」


 にこやかに微笑んでアミティが言う。私も同じ気持ちだ。……でも、今の私はもっと目先の問題に囚われていた。


 私はどんな顔をして誕生会の主役を張ればいいのだろう?

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