3-2:魔石の危険な使い方
「ここが魔法学研究学会の本部です。……参りましょうか」
建物を見上げながら、ティーレ様はそう呟く。
厳かな雰囲気の扉を潜ると、中も外観と同じく荘厳とした雰囲気に包まれており、辺りに漂う冷たい空気と相まって背筋が伸びるような感覚を覚える。
正面には受付らしきカウンターがあり、そこで来訪の目的を伝えるよう案内された。
「本日はどのようなご用件でしょうか」
「例の件についての確認を行いたいのですが、構いませんかね?」
「……あの件ですね、承知致しました。奥の部屋へお進み下さいませ」
受付らしきカウンターで手続きを済ませ、ティーレ様と共に奥へと進んでいくと、やがて開けた空間に出た。
そこには、沢山の人が忙しなく動き回っている様子が伺えた。どうやらここが研究室のようだ。私達は邪魔にならないように壁際へ移動し、一通り室内の様子を確認する。
魔石を使った実験を色々と行っているようで、見たことのない道具がいくつも置かれている。
それにしても……この魔石の実験は随分と大規模なものだな。魔石は魔法の発動に反応して魔力の補強をするというのが基本的な使い方だけど、他の使い方の模索だからとりあえずなんでも試してみよう、という事なのだろうか。
私がそんな事を考えていると、ティーレ様に1人の男性が声をかけてきた。細身だけどかなりしっかりした身体つきの男性だ。コートのようなものを着ていて、どちらかと言えば騎士とか護衛とかを想像させられる。
「これはティーレ様、お久しぶりでございます」
「えぇ、シルミー様もお変わりないようで何よりです。調査の程はいかがでしょうか?」
「はい、例の件でしたらこちらに……」
そう言うと、シルミーと呼ばれた男性は部屋の奥にある机まで移動して、ティーレ様に資料を手渡す。
「ありがとうございます。早速拝見させて頂きます」
ティーレ様はそう言って渡された書類を手に取り目を通し始めた。
その様子を横から覗き見ると、その書類には魔法学の成り立ちについての説明や、現在行われている実験内容などが記載されていた。……うん、かなり大規模なものらしい。あとは……実験の結果がつらつらと書かれているみたいだ。
うーん……専門的な用語が多くて何が何だか分からないな……。
「なるほど……これは興味深い結果ですね」
そう言いながら、ティーレ様はその書類を読み進めている。
「はい、ティーレ様の考察されていた通り、エネルギーの流れている所に魔石を砕いて加えることでエネルギーを大幅に増幅できることが確認できました」
「やはり、エネルギー源としての力が魔石には存在するという事ですね」
「その通りでございます。……しかしながら、実用には不向きですね。少なくとも現状では危険過ぎます」
……危険?
一体どんなことが起きるというのだろうか。
「強いエネルギー下でないと効果を発揮しない上に、大きなエネルギーのために暴発を引き起こす可能性がある、と」
暴発? ……爆発するって事?
石が爆発するなんて中々想像がつかないけど……。
「その通りでございます」
シルミー様はそう肯定すると、研究室の奥にある妙に頑丈そうな扉の方に目を向けた。
「これに関しては実際にご覧に頂いた方が分かりやすいかと思います」
そう言いながら扉の方へ向かうシルミー様について行く形で、ティーレ様と私は部屋の奥へと歩を進める。
研究室では相変わらず研究員たちが忙しなく働いている。そんな中、部屋の奥から更に奥へと進むと、重々しい雰囲気を放つ鉄の扉の前に到着する。
重そうな扉をくぐると、石壁に包まれた殺風景な部屋に、キャンプファイヤーで使いそうな井桁型に組まれた薪と、ピザでも焼くのかといった石窯がポツンと置いてあった。
……えーっと、燃やすって事でいいのかな。吹き抜けやら排気口みたいなのもついてるし。
「すみません、危険ですのでこちらを身に着けて頂けますか? ……お付きの方も」
シルミー様がそう言って示したのは、全身武装タイプの鈍重な鎧だった。
え? これを着るの……?
そんなに危険なのこれ……?
「……これは、かなりのものが見られそうですね」
なんでティーレ様はなんかノリノリなの!? 嬉々として受け取った鎧を装着していってるんだけど!
つ、ついて行けてないの私だけか……。研究者魂って奴……?
狼狽えつつも何とか鎧を装着した私は、改めて部屋に置いてある薪と石窯に目を向ける。……めちゃくちゃ重いけど仕方ない……。
「さて、始めましょうか」
いつの間にか同じように鎧を着ていたシルミー様は、慣れた手つきで薪に火をつける。
「まずはこちらの焚火です。勿論普通に火をつけるだけでもかなりのエネルギーです」
シルミー様が部屋の入り口付近にかけてある小さな布袋を手に取りながら言う。
「しかし、この程度のエネルギーでは魔石は効果を発揮しません」
布袋を開いて、おそらく粒状に砕いた魔石を一つまみ掴み、薪の中にぱらぱらと撒いていく。
シルミー様の説明通りなら、恐らくだけど何も起こらないんだろう。
そう思いながら眺める事数分間。確かに何も変わらないように見える。
「多少解り難いですが、この通り爆発的なエネルギーの増強は見込めません。しかし、このように火力を上げていくとどうでしょうか」
薪を一本、二本と追加していき、火力を上げていく。火力が高すぎて結構離れているのに熱を感じる。
普通に薪を増やして炎を強めているように見えるけど、何か劇的に変わったりするのだろうか。
「そろそろですね。出来るだけ離れていてください」
「分かりました」
促されるままに、ティーレ様と私は焚火から出来るだけ離れて観察を続けた。
すると、薪の中から粒状の光がキラキラと光を放ち始める。
「身構えておいてくださいね。かなり弾けるので」
弾ける……って、この光、魔石が発光して……
と、考えが至る直前に、目の前の焚火は耳をつんざくような大きな音を立てて大爆発を起こした。薪が飛び散り、炎の塊があちこちへ吹っ飛んでいき、すさまじい量の火の粉が私の着ている鎧に降りかかってくる。
いや、鎧着てても滅茶苦茶熱いが? というか本当に危ないなこれ!
確かに鎧着てないと危ないわ!
「……このような感じですね。このままだと危ないので……少々お待ちください」
魔石の入った布袋を元の場所に戻してから、シルミー様は呪文を唱えて水を作り出し、あちこちで燃え盛る火を消していく。
……流石魔法学研究学会の人と言うべきか作り出された水泡の大きさはかなりのもので、大きく燃え盛っていた火が次々に消えていった。
部屋の中が水浸しになりかけた頃、シルミー様がこちらに向き直る。
「どうにも、丁度いい塩梅にエネルギーを引き出すことができないんですよね」
「なるほど……これは難しいですね……」
「そうですね。まあ現状では実用には向かないとしか言いようがないですが」
鎧を脱ぎながら、ティーレ様とシルミー様があれこれ相談している。私も鎧を脱ぎながら、この実験結果について考えてみる。
原理については正直全く持って分からないけど、魔石がかなり危険な爆発物だという事はなんとなく理解した。これ、火事になった時に大変な事になりそう……。
「ちなみになのですが、魔石を砕かずに使った場合はどうなるのですか?」
「残念な事に、砂利程度の大きさを超えると今の設備では爆発させることすら出来ないですね。さらに強い火力や圧力がなければ難しいかと」
なるほど、と呟いてティーレ様は考え込むような仕草をする。
「……石窯の方でも同じような実験を行ったのですが、結果は大して変わりませんでした。下手すると扉が吹っ飛んできてより危険なので今回は見送らせて頂きますが……」
「窯の中が密封されて圧力が上がる分、威力も高くなりそうですからね」
そう考えると、純粋に燃料として使うのは難しそうだなぁ。かと言って普通に魔法を使うのも現状と何も変わらない訳だし。
「そうですね……。この件に関しては持ち帰って改めて考えてみます」
「そうして頂ければと思います。とりあえず、こちらの実験はもう少し続けてみますので」
「ええ、お願い致します」
そう言って互いに礼をした後、後片付けをして私達は部屋を出た。
相変わらず忙しない研究員たちの様子を横目に研究室を通り、表玄関まで戻ってきた私達は、その後一言二言会話を交わして建物を後にした。
「いやはや、なかなか興味深いものを見させて頂きました」
雪の降りしきる獣道を歩きながら、ティーレ様が呟く。
そう言えばなんだか楽しそうだったな、ティーレ様。こういうの好きなのかな。
「こういうのが好き、というよりは自分の知らなかった事が少しずつでも判明していく過程が楽しいのですよ。知識欲とでも言いましょうか」
ああ、なるほど……。確かに知らない事を新たに知るって言うのは楽しいのかもしれない。私は正直それどころではなかったけど。
「さて、戻ったら通常業務をこなして、今回の結果を踏まえた話し合いをしますよ」
わ、もう次の事を考えてる。やっぱりというか、ティーレ様は行動力に溢れてるよな。
そんなことを考えつつ、私達は帰路に着くのであった。
今年の更新は今回で終了とさせていただき、次回の更新は1/5を目安にさせて頂こうと思います。
追記:別件でアホほど余裕なくなってしまったので、次回更新を1/25にさせて頂きます。いつもいつもすみません……。




