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転生令嬢は喋れない  作者: どりーむぼうる
第2章 話せない令嬢と読み取る女王
30/34

2-14:令嬢、攫われる

 カト侯爵邸に着いた次の日の朝、私が客室で昨夜ティミッド様から借りた魔法についての文献を読み耽っていると、扉をノックする音が聞こえた。


「おはようございます。起きていらっしゃいますでしょうか」


 その声はメイドの声のようで、私は本を閉じると立ち上がり、部屋の外へ出る。外へ出るとメイドが私に一礼し、改めて「おはようございます」と、微笑みを向ける。私はそれにお辞儀を返した。


「朝食が出来上がっております。ティミッド様がラリア様もご一緒に、という事ですので、どうぞこちらへ」


 メイドが食堂へ行くように促してくる。私はありがたくその指示に従って食堂へ向かうことにした。

 食堂へ入ると既にティミッド様の姿があり、私に気付くとその顔が綻ぶ。


「おはようございます。今朝はよく眠れましたか?」


 その言葉に、私は肯定の意味を込めて頷く。するとティミッド様は安心した様子で、よかったと呟いた。


「さて、朝食に致しましょう。今日はカト領の商業街を見て回りますよ」


 そう言って彼は席に着くよう促してきたので、私は彼の向かい側に座った。すると、丁度給仕係の人たちが食事を運んでくる。今日のメニューはトーストにサラダ、スープといった朝食らしいものが揃っている。


「紅茶は如何なさいますか? お好きなものを用意させておりますが」


 給仕係にそう聞かれたので、私は少し考えて、ミルクティーをお願いする。


「かしこまりました」


 そう言って給仕係は部屋を出ていく。それを見送った後、私は運ばれてきた朝食を食べることにした。……うん、美味しい。産業が盛んな土地だから、材料もより良いものが使われているのかもしれない。

 そんな事を考えていると、ティミッド様がふと口を開く。


「そういえば、昨日お伝えした魔法と魔石の一般的な使い方に関して、何か聞きたいことなどはありますか?」


 そうだな……。私自身が魔法を使えないからあまり実感を持てない所もあるけど、魔石が魔法を使う人たちの間では確かに需要がありそうだなとは思う。魔法が使えない国民性から魔石が外国への輸出に多く回されるのもなんとなくだけど理解できるし。

 改めて何か聞きたい事か……うーん、なんだろ。

 と、私が考えていると、ティミッド様が少し申し訳なさそうに声をかける。


「ああ、すみません。ぱっと思いつかないのであれば無理に質問を考えなくて大丈夫です。……何か思いついた時にまた聞いて頂ければと思います」


 僕も詳しい訳ではないんですけどね……。と付け加えてティミッド様が苦笑する。


「とはいえ、魔石に関してはこの国では重要な資源のひとつなので、知っておいて損は無いでしょうね。ラリアさんにも、いずれ魔法が使えるようになると思いますので」


 ……ん、それは私が話せるようになるという事か、言葉を発さずに魔法が使えるようになるという事か、どっちの想定なんだろう。いや、それはどうでもいいか。

 でも、魔法は確かに使えるようになりたいなぁ……。いつか使えるようになることを信じておこう……。

 そう思いながら食事を終えると、食後のミルクティーが運ばれてくる。それを飲んでいると、ティミッド様が私に話しかけてくる。これから向かう街についてだ。

 なんでも、カト領にある商業街は、王都の城下町のように栄えているらしい。この国の経済の中心でもあるカト領は、当然その街の規模も大きく、他国からも多くの商人が訪れるのだという。

そして、カト領にはその規模に見合っただけの様々な店がある。武器屋はもちろんのこと、飲食店、服屋に道具屋、それに、貴族が使うような高級品を扱うような店舗まで……。

 ティミッド様曰く、デクシア領が外交窓口だとすれば、カト領は許可を得た商人が実際に商売を盛んに行う場所なんだとか。つまるところ、カト領は国内でも有数の商業都市であり、そこに集まる人々によってこの街は成り立っているということだ。


「この国は外国の方をあまり中へは通さないのですが、その通された方々が一番多く滞在しているのが今から向かうラモー町だとされています」


 つまり、外国人がとても多い町……ということか。

 外国人というと、以前ヴェルテュから聞いた話が思い起こされる。“殺傷事件でどのように犯行を行ったのか分からずに難航していたら、実は隣国の住民が犯人で、空を飛ぶ魔法を使用していた”とかなんとか。……なんかちょっと怖いなぁ。


「……あ、もしかして治安の件を心配されています?」


 む、その通り。私は頷きながら実際の所どうなのかを伺う。


「実際のところ、争いと言いますか、軽いいざこざも少なくありません。検問を受けたとはいえ、こちらの文化に馴染めなかったり言葉の行き違いがあって争いに発展するという事もあります」


 まぁそうだよねぇ。文化の違いってどうしてもあるものだし。


「ですから、治安も守る警察組織の作成と教育を行う必要があるわけでして。その管理をしているのがカト侯爵家という訳です」


 ……なるほど、カト侯爵家が武力のある侯爵家だと言われてる理由がこれか。納得だ。


「その辺りの事情はご理解頂けたでしょうか」


 私はそれに肯定の意を示す。

 するとティミッド様は嬉しそうに微笑んだあと、少し申し訳なさそうな表情で言葉を続ける。


「そういった理由で、ラモー町は他と比べても少々騒がしいかと思いますが、気を悪くしないでくださいね」


 そう言われて、私は大丈夫だと彼に伝えると、ほっとした表情をみせた。


「良かった、ラリア嬢には嫌な思いをさせたくないので」


 そう言って、彼は私に微笑みかけた。

 ティーブレイクも済んだところで、私たちは屋敷を出て馬車へと乗り込み、町の中心部へと向かっていた。


「この時間ならまだ混んでいないと思うんですが……」


 ティミッド様の言葉を聞きながら、周りの様子を眺める。街の中央に向かうにつれて、段々と建物が高くなり、人も多くなっていく。そして建物の数もかなり増えてきた。


「さて、そろそろ着きますよ。……あれですね」


 ティミッド様の視線の先を見ると、そこには大きな建物が建っていた。まるでお城のような外観の建物だが、恐らくあれがティミッド様の言っていた町の中心地なのだろう。


「この町の長がいらっしゃる役場です。……さ、参りましょう」


 ティミッド様に促されて、私は馬車を降りる。そして彼の後を追って、その建物へと向かった。

 入り口に近づくと、門番と思われる男性が2人いることに気づく。ティミッド様が身分証を提示すると、彼らは深々と首を垂れる。


「ようこそいらっしゃいました、ティミッド様。 本日はどのような御用向きで?」

「少し視察を兼ねてご挨拶をと思いまして。町長はいらっしゃいますか?」

「おや、カト領主様が直々に視察に来られるとは珍しい。町長でしたら奥の部屋にいらっしゃいますので、どうぞお通り下さい」

「ありがとうございます」


 ティミッド様はそう言うと、私を連れてその建物の中に入る。貴族の屋敷と比べたら質素ではあるけど、それでも豪華な床材や壁が使われているのが見て取れるし、絵画や石膏像などがいくつも飾られている。

 そんな建物の廊下を抜けて、門番の人が言っていた部屋に続くであろう扉の前に立つ。ティミッド様がノックをすると、中から声が聞こえてくる。


「扉は開いているよ。どちら様かな?」

「ティミッド・ウィレー・パロスです。少し、お時間宜しいでしょうか」

「おっと、これは失礼。どうぞお入りください」


 そんな会話の後、ティミッド様は扉を開く。

 中に入ると、そこは執務室になっているようで、中央にテーブルとソファが置かれていて、奥に業務用の机が置いてある。そこに一人の男性がいた。少し小太りの、整った服装の男性だ。


「わざわざ足を運んで頂いてすみませんね、ティミッド殿」

「いえ、こちらこそ急に訪ねてしまい申し訳ありません」

「いえいえ、今日はちょうど暇を持て余していたところなので」

「それは何よりです」


 男性はあ、と声をあげると、私達をソファに座るように促してくる。それに従うようにソファに腰かけると、男性は私たちの向かいのソファへと腰かけた。


「お連れの方は初めてお会いしますよね?」


 男性にそう言われて、私ははいと頷く。それを見た男性はわかりました、と一言告げて続ける。


「それでは改めて自己紹介を。私はここラモー町の町長、リシューでございます。以後、お見知りおきを」

「ありがとうございます、リシューさん。彼女は新任の子でしてね。研修の為に一緒についてきてもらっているんですよ」

「なるほど、そうでしたか。こちらこそよろしくお願い致します」


 そう言って、お互いに頭を下げる。その様子を見たティミッド様は、私の方をちらりと見ると、話を切り出す。


「それでですね、リシュー町長。実は、少しお聞きしたいことがありまして」

「なんでしょう?」

「例のデンシャ専用道路の設計に関する件です。やはり動力として使用する予定の魔石が多く運ばれるこの町での試用運転を念頭に入れるべきではないかという話が出ていましてね。……どうでしょう、実用可能レベルまで開発が進んだ後の試用運転にこの町を使わせて頂くというのは」

「ふむ……。そうですね……」


 ティミッド様の提案に、少し考える素振りを見せるリシューさん。


「まぁ確かに、このラモー町が最初の実験場として使うのは資源の回収の意味でも合理的ではあるのですが……」

「何か問題でも?」

「ほら、この町には外国の方が多いでしょう。そんな場所で普及前の新技術を披露などしたら、情報や技術の流出に繋がってしまうのではないか、という懸念がありましてね」

「なるほど……」


 ティミッド様は納得した様子で頷く。

 つまり、この町で完成間近の技術を披露してしまうと、それを真似て似たようなものを作られてしまうかもしれないということか。確かにそうなれば本末転倒だ。魔法が使えないこの国の強みとして新技術を開発しようとしているのだから。


「それに、万が一事故が起きてしまった場合の対処が難しいですからね。外交問題にも繋がりかねない。その辺りのリスクを考えるなら、最初は手間がかかっても王宮の近くで行う方が安全性は高いかと思いますよ」

「……仰る通りですね」


 ティミッド様はそう言って苦笑いする。


「色々と考えての事だったのですが、根本的な問題を失念していたようです。この件については持ち帰って、改めて話し合おうと思います」

「その方が良いと思います。町長の私が言うのも何ですが、この町は貴方方の様に上品な方ばかりではありませんからね」


 ……結局、この話はお流れとなったようだ。ティミッド様は残念そうな表情を浮かべているけど、こればっかりは仕方がないと思う。


「さて、では僕はこれで失礼しますね。突然の訪問にもかかわらず、丁寧なご対応ありがとうございました」

「いえいえ。また何かあれば、宜しくお願い致します」


 そして、私達は町長さんの執務室を後にする。建物を出て馬車に乗り込むと、ティミッド様はふう、とため息をついた。


「せっかく町長の協力を取り付けられたと思ったんですがねぇ……」


 うーん、と考え込みながらティミッド様が呟く。デンシャを作ること自体も大変そうだけど、それ以上に実用できるように整備することがとても難しいのだなと感じる。


「仕方ありません。試運転を行う地域についてはまた話し合いを行うことにしましょう」


 ティミッド様の言葉に、私は小さく肯定する。それからしばらく無言の時間が続いた後、ティミッド様が口を開いた。


「そうだ、この後繁華街の方へ行きましょう。ラリア嬢は行ったことがなかったでしょう?」


 繁華街って言うと、道中通った店がたくさん並んでるところか。確かに実際に行ったことはないな。そう思って頷きを返すと、ティミッド様が笑顔を向ける。


「決まりですね。では、出発してください」


 ティミッド様が御者に指示を出すと、ゆっくりと馬車が動き始める。

 馬車に乗って暫くすると、街の大通りが見えてきた。その光景を見て、改めて人の多さにびっくりする。道端に屋台のようなものが立ち並び、買い物客らしき人の姿も多い。活気があるというのが一番ぴったりくる表現だろうか。


「着きましたね。それじゃあ、降りましょうか」


 ティミッド様に促されて馬車を降りると、目の前には大きな広場が広がっていた。中央に大きな噴水があって、そこから四方八方に水路が伸びている。その周りを囲うようにお店や露店が並んでいる。ここが繁華街の中心のようだ。


「それでは行きましょうか。あまり離れないように付いてきて下さいね」


 そう言って歩き出したティミッド様の後に続く。


「ここはラモー町で一番の賑わいを見せる場所ですよ。色々と回ってみましょうか」


 その言葉に私が頷くと、ティミッド様も頷きを返して先へと進む。まずは食べ物屋さんが立ち並ぶ区画へ。様々な料理が売っているようで、食欲を刺激する匂いが漂ってくる。


「どうですか? 気になるものはありますか?」


 ティミッド様が尋ねてくるので、私は少し考えてみる。……どれも美味しそうで、目移りしてしまう。

 並んでいるのは所謂庶民の食べ物、といったもののようで、屋敷や王宮で食べるような物とは一味違う彩りや香りをしている。正直、どれも食べた事がない。

 私がティミッド様におすすめはないのかと尋ねてみると、ティミッド様は少し考え込むような仕草をしながら口を開いた。


「そうですねぇ……。このお店の揚げ物は絶品ですよ。あとはこっちのお店で出している串焼きもなかなか……」


 ティミッド様が次々とお店を指差していく。何度もここに来ているからか、この辺りに売っている料理も一通り食べた事があるようだ。


「うーん、ここに初めて来る方へ一番お勧めできるのは……これですかね」


 ティミッド様が選んだのは、パンのような生地に野菜や肉を挟んだサンドイッチだった。確かに美味しそうだ。値段も手頃だし、それにしようかな。


「はい、これとこれをください」


 ティミッド様が注文を済ませると、店員さんがそれを包んでくれる。それを受け取って代金を支払うと、また少し歩く。


「……この辺り、特に人が多いですね。何かあったんでしょうか」


 ティミッド様が周囲を見回しながら呟く。その視線の先には、人だかりができていた。


「行ってみますか?」


 ティミッド様がそう提案してくる。まぁ、このまま何もせずに帰るよりは良いだろう。そう思って、私はその質問に肯定の意を伝える。ティミッド様はそれを見て小さく頷き、私を庇うように歩き始める。

 人だかりに近づくにつれて喧騒が大きくなっていく。その中心にいるのは、何やら怒鳴り声を上げている男と、その前で俯いている若い男性だ。怒鳴っている男性の方は大柄で、その体つきからかなり力がありそうなのが見て取れる。一方、俯いている男性の方はそれほど体格が良いわけでもないし、顔色も悪いように見える。


「おい! 何とか言ったらどうなんだ!?」


 大男が拳を振り上げて、男性の頬を殴りつける。男性は吹っ飛ばされて地面に転がった。


「な、一体何があったんですか!?」


 ティミッド様が慌てた様子で声を上げる。すると、周囲の人達が一斉にこちらを見た。


「ああん? こいつが俺の荷物をスリやがったんだよ!」


 大男はそう言うと、倒れたままの男性を睨み付けた。


「ち、ちが……。私はただ……」

「どこが違うんだよ!」


 男性が必死に弁明しようとするも、すぐに遮られてしまう。


「そこまでです。手を引いてくれませんか」


 二人の間に割って入るようにティミッド様が二人の男性に歩み寄る。そして、ティミッド様が男達の顔を見ると、二人は一瞬怯んだように見えた。


「な、何だよお前。関係ない奴がしゃしゃり出てくるんじゃねえよ!」

「関係なくはありません。僕はここの領主ですよ。自分が管理している土地での問題を解決するのも仕事です」


 ティミッド様の言葉に、大男が怪しげに目を細める。それからお互いにしばらく見つめ合った後、男が口を開いた。


「……確かに領主なら、こういうことには首を突っ込んでくるかもな」

「えぇ、そうですよ」


 ティミッド様がそう答えると、男は舌打ちをしてから続ける。


「それなら、こいつが盗んだものをさっさと返してくれよ。そうすれば何もしねえ」

「……ふむ、あくまでも自分は物を盗まれた被害者だと」

「あたり前だ!」


 怒りの収まらなそうな大男の対応をしているティミッド様を見て、周りの人たちは口々に何かを話しているが、数が多くてあまりよく聞き取れていない。

 ……しかし、ティミッド様が人ごみの中央に行ってしまったせいで、完全に私が人ごみの中の人になってしまった。かと言ってあのいざこざの中に飛び込んでいくわけにもいかないし、ティミッド様としても本意ではないだろうし。

 まあいいか、暫く見ておこう。どうせ何も出来ないし……。

 そう思っていると、突然私の腕を誰かが掴んでくる。

 え? と声を上げるが当然その声は他の人に聞こえるわけもなく。そのままずるずると引きずられるようにして連れていかれる。……これは、まずいかもしれない。

 叫ぼうとしても声が出せないからどうにもならない。というか、そもそもこの人ごみの中では叫んでも意味がない気がする。……いや、そんな事考えてる場合じゃないぞ私。ティミッド様に何とか伝えて……。

 いや、駄目だ。取っ組み合いに近い形になってる。声が出せたとしても無駄だったかもしれない。

 私を引きずっているのはローブを着た怪しすぎる人物で、先ほど争っていた大男にも負けないくらい屈強な腕が覗いている。

 なすすべがないままに、私は路地裏へと引きずり込まれてしまった。


「大人しくしてろ」


 男が低い声で囁く。その言葉に、背筋が凍るような感覚を覚えた。

 私は男の手を振り払おうと試みるが、相手はびくりともしない。


「……抵抗しても無駄だ」


 男がそう言いながらナイフを取り出してくるのを見て、私は慌てて両手を挙げた。


「……そうそう、それでいい」


 そう言って男は満足げに笑う。

 私は黙って男を見上げる。その視線を受けて、男は不思議そうな表情を浮かべた。


「何だ? 怖くて声も出ないか?」


 男の問いに、私は無言を貫く(と言うか喋れない)。すると、男は小さくため息をついて続ける。


「まあいい、こっちへ来い」


 今の状況じゃ逃げようもない。下手に動いて逆上されても困るし、ここは従うしかないか……。

 頭に布をかぶせられたかと思うと、そのまま引っ張られて奥へと進んでいく。どこに行くんだ、これ。というか、何で私攫われてるんだ……?

 ティミッド様、早く気づいてくれないかな……。私、これからどうなるんだ……?

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