2-13:魔石の正しい使い方
採掘場へ行った次の日。
宿を出て、私とティミッド様は再び馬車での移動をしている。今日はいよいよ、カト侯爵邸へ向かうのだ。
窓から外を覗くと、そこには一面に広がる畑が広がっていた。
この辺りは農業が盛んで、小麦の栽培を行っているらしい。今はまだ収穫前だから何も植えられていないけれど、もう少ししたら真っ白になった穂が風に揺れる小麦畑になるのだろう。
「この辺りも随分と変わってきたんですよ」
ふと、ティミッド様が窓の外を見ながら呟いた。
「以前はもっと小さな村がいくつかあったんですけど、ここ数年で街として大きく発展して、今では貿易都市と言えるくらいになりました」
なるほどなぁ、と。私は頷きながら窓の外を見る。畑を抜けると、工場や卸市場、倉庫が立ち並ぶ街が現れる。
すすむごとに建物は増え、道は整備され、遠くの方には立派な時計塔が見えた。王宮とはまた違った華やかさというものを感じる。
景色を楽しんでいると、しばらくして御者の人が声を掛けてくる。どうやらそろそろ到着するようだ。
さらに暫くして、私達が馬車を降りると、目の前には大きな門が見えた。門の前には2人の警備兵が立っている。
ティミッド様が彼らに挨拶をすると、彼らは敬礼をして私達を迎えてくれた。
「お帰りなさいませ、ティミッド様。どうぞ、こちらへ」
兵士の一人がそう言って、私達を敷地内へと案内してくれた。
案内された先で、まず目に入るのは、巨大な噴水。そしてそれを取り囲むように造られた庭園だ。
庭師によって美しく整えられた草花たちが、日の光を浴びてキラキラと輝いている。手入れされた植木の隙間からは蝶が飛び交う姿が見て取れ、なんとも優雅な雰囲気だ。
その様子を眺めていると、ティミッド様が微笑ましそうな表情を浮かべてこちらを見たのに気づき、少し恥ずかしくなった。
「気に入って頂いたようで何よりです。ここは僕が小さい頃からよく遊んでいた場所でもあって……。ここで本を読んだり、母とお茶をしたりしていたのを覚えています」
そんなティミッド様の思い出の場所だというお話を聞きながら、私は「素敵」と辞書を引いて伝える。
「ありがとうございます。……さあ、行きましょうか」
そう言うと、ティミッド様はゆっくりと歩き始める。私はその後をついて行く。
しばらく歩くと、やがて玄関が見えてきた。その扉を開けると、メイドが数人出迎えてくれる。その中の一人がティミッド様の側に駆け寄ってきた。
「おかえりなさいませ、ティミッド様」
「ただいま。早速で悪いんだけど、お茶の用意をお願いしていいかな」
「はい、今すぐに」
ティミッド様の言葉で、何人かのメイドが頭を下げて奥へ向かう。
「それでは、応接室の方へ行きましょうか」
ティミッド様に促されて、私は屋敷の中へと足を踏み入れた。
中は天井が高く、広々とした空間だ。赤い絨毯が敷かれており、壁際にはいくつもの絵画がかけられている。
王宮ほどではないけど、流石侯爵の屋敷というだけあって豪華で綺麗な内装だ。
ティミッド様に案内されながら廊下を進み、階段を上がっていく。そのまま長い廊下を進むと、やがてある部屋の前で立ち止まった。
「どうぞ、お入りください」
ティミッド様に言われて、私はその部屋の扉を開けた。
部屋の中は、落ち着いた雰囲気の家具が置かれ、上品な装飾が施された調度品が置かれていた。窓から差し込む陽光が、室内を明るく照らしている。
ティミッド様に促されて、私は部屋に入り、ソファに腰かける。ティミッド様もその反対側に座り、ふう、と一息ついた。
「長い移動と採掘場の視察、改めてお疲れさまでした。お疲れかとは思いますが、暫く休んだ後、魔法と魔石について改めて確認し、庭の方でいくつか魔法をご覧いただきながら説明していこうと思います」
私はそれに了解の意を示すため、こくりと首を動かした。
それからしばらくの間、私達は雑談をしながら休憩をした。
会話の中で、カト侯爵家について色々と教えてもらう。カト侯爵家は侯爵の中で二番目に強い勢力を持つ、武力に特化した侯爵家である、という事は私も知っている有名な話だ。
そんなカト侯爵家の現在の当主が、目の前にいるティミッド・ウィレー・パロス様だ。とはいえ、当主となったのは最近の話なので、父親であるシャルル・ウィレー・パロス様が彼の補佐を行っているという。
ティミッド様は、そんな父親を尊敬しているらしく、将来は自分も父のような立派な侯爵になりたいと思っているらしい。
そんな話を聞かせてもらいながら、私はティミッド様と世間話に花を咲かせるのだった。
「……それじゃあ、そろそろ本題に移りましょうか」
しばらくすると、ティミッド様が改まったように言葉を切る。
「さて、まずは今回の魔石の件から説明させて頂きますね」
ティミッド様はそう言うと、私から受け取った魔石をテーブルの上に置き、説明を始めた。
魔石は魔素が固まったもの、つまり魔法を発動させる為に必要なものだというのは先程聞いた通りだけど実際に使っているのは見たことがない。そこ で、今回採掘場で受け取った小さな魔石を使って、実演してみせてくれる事になったのだ。
「部屋の中で使うのは危険ですので、庭園の方でお見せしますね」
ティミッド様はそう言って立ち上がると、私も連れ立って庭園の方へ向かう。
外に出ると、そこには美しい芝生が広がっており、様々な種類の花々が咲き誇っていた。
「この辺りなら安全でしょう」
そう言ってティミッド様は私を振り返る。私がこちらを見ていることを確認すると、微笑みを向けながら腰の鞘から剣を抜く。
「少し離れて見てくださいね。では、まずは魔石を使用しない魔法から……」
二、三回軽く剣を振った後、ティミッド様は庭園にある切り株にその剣先を向ける。
「《ヘィウイ》」
次の瞬間、ティミッド様が呟くと同時に、その切っ先に炎が現れた。
それはゆらめきながら、ふわりと切り株の方へ向かっていく。そして、パン、と音を立てて弾け飛んだ。
「こんな感じです。……僕もあまり魔法が得意という訳ではないですが、一般的な魔法はこの程度の力しかありません」
ティミッド様はそう言いつつ、剣を構え直した。
「次は、魔石を使用した場合ですね」
左手に魔石を持ち、ティミッド様は再び詠唱する。
先程と同じように剣の切っ先に炎が現れた。と、同時にティミッド様の手に持っていた魔石が砕け散り、欠片が炎に吸い込まれた。欠片が中に入った途端、炎は一気に大きくなり、先程の倍以上になった。
切り株の方へ飛んで行った炎は先穂と同じように弾けたが、その勢いも先ほどよりもかなり強かった。
「今のは魔石を使用した時の威力になります。魔力の量や質によって差はありますが、大抵はこのような結果になると思ってください」
ティミッド様の言葉を聞きながら、私はその光景をじっと見つめていた。 ……これは凄い。魔石の効果でかなり変わるものなんだなぁ。
「それから、そうですね。次は水の魔法をお見せします」
そう言ってティミッド様が再び構えを取る。
「《エカ・チ》」
詠唱と共に剣先に水泡が現れ、ティミッド様がそれを投げるように剣を振ると、水泡が動きに合わせて花壇の方へ飛んでいき、空で弾けた。弾けた水泡が雨の様に花壇へ降り注ぎ、小さな虹がかかる。
「これも魔石があれば……」
そう言って、ティミッド様は同じように魔法を使う。これも先ほどの炎と同じようにサイズが大きくなり、降り注ぐ水の量も多くなる。
「このように、魔石には魔法を強化する効果があります。ルラシオン国民は魔力が弱いのでこの程度の事しかできませんが、他国ではもっと強力な使い方をしているというお話もあります」
もっと強力な使い方か……。確かに、見ている限り元の魔法が強ければ強いほど強化されたときの威力はすさまじい事になりそうだ。
「とはいえ、今はとりあえず魔石の基本的な使用方法を知って頂く事が大事ですので、今回はこの程度で終わりにしておきましょう」
ティミッド様はそう言うと、剣を鞘に収めた。
「ティーレ様が仰るには、この魔石を魔法を使うことなく炎を強くしたり、規模を大きくしたりする用途に使えるかもしれないという事でしたね」
そう、魔法を強化するのではなく、純粋なエネルギー源として利用する、というのがティーレ様の考えだ。
「ただ、本当に使えるかどうかは試してみないと分かりませんね。今思えば、どうして試してこなかったんだろう等とも思ってしまうような話でもありますが、魔石は魔法の為のものという認識が強かったですからね」
私はそれに納得して、確かに、とこくりと首を動かす。
「今回取引した分の魔石で、実用化できるだけの実験結果が得られればいいのですが……。もう暫くの辛抱ですかね」
そう言いながら、ティミッド様は私に向き直り、微笑んだ。
「……それでは、そろそろお昼の時間ですし、食堂へ行きましょう。よろしいですか?」
私はそれに了承し、笑顔を返しながら頷く。
ティミッド様は嬉しそうな表情を浮かべると、私をエスコートしながら屋敷の中へと戻っていった。
魔法と魔石、まだまだ分からないことも多いけど、上手く使える方法が確立できたらいいなぁ。と、思いを馳せながら私も彼に連れられて屋敷へ戻るのだった。




