2-11:魔法と魔石と動力と
追記:9/20更新予定でしたが、25日更新とさせて頂きます。
お待たせして申し訳ありません。
「よう、ラリア」
朝、身支度と朝食を済ませてティーレ様の下へ向かう途中、ディグニ様に声をかけられた。相変わらず妙な圧がある。
ディグニ様は私の顔をまじまじと眺めると、ニヤリとした表情を浮かべて私に歩み寄ってくる。
「その表情から察するに、結構楽しんでいるようじゃないか」
え? ま、まあ……そうだね。生活に不自由はないし、ティーレ様もメーシス様も、王宮のみんなも優しくしてくれるし、楽しく過ごしてはいるかな……。
なんて私が考えていると、ディグニ様はくつくつと笑って私の横に並んで、私と並行して歩き出した。
「なんだ、変な顔して。私もティーレ様に要件があって来たのだ。お前と一緒に向かっても何も問題あるまい」
ん、ディグニ様もティーレ様の所に? こんな朝一番から何の用事だろう。
「新しい交通機関『デンシャ』を作るにあたって、私の力を借りたいと連絡があってな。技術者を募るために顔の利く私が抜擢されたようだな」
なるほど……? という事は、ある程度のデンシャの構造は分析が終わったのかな……?
そんなことを考えながら、私とディグニ様は廊下を進んでいく。歩きながら、ディグニ様がこんなことを呟いた。
「まだ詳しい話は聞いていないが、ある程度の見通しは立ったのだろうな。別の国の機関を記憶を頼りに再構成させるとはな。全く、あの人は本当に面白いことを思い付くものだ。そうは思わないか?」
確かに、すごい発想だなと私も思う。伊達に東洋の文化や科学について学んでいないってところなのかな。
ディグニ様の言葉に同意するように頷きながら歩いていると、ティーレ様の寝室の扉が見えてくる。ティーレ様は朝部屋に行くと既に身支度を終えていることが割とあって、侍従としてそれはどうなんだと思うことが多々あるのだが、ティーレ様本人が気にしなくていい、というので考えない事にした。
それでもたまには寝顔を拝みたい、などと考えながら扉をノックして反応を確かめると、扉の向こうから「どうぞ」という声が返ってくる。
うーん……今日も既に起きていた。
「相変わらず起床が早いな、ティーレ様は」
そうだね。……ちょっと悔しい。
私はゆっくりと扉を開けようとして、ディグニ様が横にいることを思い出す。流石にデリカシーのない人じゃないから大丈夫だとは思うけど……と、軽く一瞥する。
「……そんな風に見なくても、女性の寝室に入るような真似はしないぞ」
心底心外そうな顔をするディグニ様。ごめんって。私もそんなに疑ってたわけじゃないんだ。いや、ホントに。
とりあえず申し訳ないと手を合わせてから、私は改めて寝室の扉を開いた。
「おはようございます、ラリア」
ベッドの上に座ったままこちらに笑顔を向けるティーレ様に挨拶を返す。やっぱり、既に着替えが済んでいる。
「ふふ、別に気を使わなくても良いんですよ。私が勝手に早起きしているだけですから」
そ、それはそうなんだけど……。なんか、やっぱり侍従として身支度を整えたりとか、そういうことをちゃんとしたいというか。
ティーレ様はくすくすと笑いながら、櫛を私に手渡してくる。
「髪を整えて頂けますか?」
私は頷いてティーレ様の後ろに回り、その髪を丁寧に整えていく。艶のある黒髪は滑らかに指の間を通り抜け、まるでシルクのような手触りをしている。櫛を通す度にさらりと流れる艶やかな髪を撫でていると、やはり王族なのだなぁと実感する。
私にこんな風に気軽に接してくれるけど、本来はこんなにお近づきになるような相手ではないんだよね。こればかりは前世の記憶を呼び起こしてくれたあの女神に感謝……は、しないな。うん。絶対しない。
なんてことを思いながら櫛を通せば、あっと言う間に完成である。我ながらなかなか綺麗に出来たと思う。
「ありがとうございます。……うん、良い感じですね」
手鏡で整えられた髪を確認しながらティーレ様が言う。よかったよかった。
「さて、あまりディグニを待たせてもいけませんし……行きましょうか」
あ、ディグニ様が廊下で待ってるの気付いてたんだ。確かに、あんまり長い間待たせたら怒られそうだ。
「くす、そんなに短気な方ではありませんけれども……そうですね。無駄に待たせるのは彼に失礼ですから」
少し笑いながらティーレ様は扉に向かって歩を進める。私は彼女の半歩先を歩いて、進行の邪魔にならない様に扉を開けた。
廊下に出てみると、そこには壁に寄りかかって腕を組むディグニ様の姿があった。彼は私達の姿を視界に入れると姿勢を整えてから、「ああ、準備が整ったようですね」と告げて軽いお辞儀をする。
「お待たせしてしまいましたね。すみません、ディグニ」
ティーレ様が頭を下げるのに合わせて、私も一緒に頭を下げる。ディグニ様はそれを見て小さく首を振り、
「いえ、私の方こそ予定よりも早く来てしまったので。急かすような形になってしまい申し訳ありません」
「そうですね、ではお互い様、ということに致しましょう。さて、私の部屋へ向かうとしましょうか」
そう言いながら、私たちはティーレ様の自室へ足を運んだ。
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「さて、ディグニ。今日貴方を招いたのは先日伝えた通り、デンシャの動力源となる魔石の採掘と加工に関わるものです」
ティーレ様の自室に入ると、彼女はいつものように仕事机の椅子に腰かける。いつの間に用意したのか、今日は私とディグニ様が腰かけられるように向かい側に椅子が二つ用意されている。
私とディグニ様は促されるままそれぞれの椅子に腰かけ、流れるように話し合いが始まった。
「はい。魔石を魔法媒体として使うのではなく、純粋なエネルギー源として利用したい、というお話でしたね」
「その通りです。魔力の少ないこの国の住民は、古来より魔素資源である魔石を有効活用できていませんでした。どれだけ大きな動力があっても、それを動かすエネルギーがなければ意味がない……という事で、魔石についてはあまり資源として有効活用されていないのが現状です」
魔石。そう、私も魔法の授業である程度学んだ。
魔石とは魔素の集合体である。というのが魔法学研究学会での定義である。魔素は魔力に反応して一定の働きをするとされている何か。つまりエンジンの部分である。薪に火をつける動作の薪の方……で、合ってるはず。
腐っても魔法が発達している土地の一国であるから、当然その魔法のもとになる魔素の塊みたいな資源は他の国同等にあるわけだけど、肝心の利用手段に乏しいためにあまり有効活用されてこなかった、らしい。
だから基本的には輸出目的でしか発掘してこなかったのだとか。
「しかし、どのようにして魔石をエネルギー源として利用するのですか? 起動するための魔力自体が十分でない筈ですが」
ディグニ様の質問はもっともだ。魔石が魔法の発動に直結できない以上、魔法という形での利用は難しい。
でも、魔法じゃなくてわざわざエネルギー源として利用するというのなら、何か策があるという事なのだろうか。
「そうですね。こればかりは試してみなければ分からないのですが、例えば魔石を使って火をつけるのではなく、火に魔石を入れたらどうなるのだろう、と。既に火が発生する環境に放り込めば、魔石もそれに反応して火を起こすようになるのではないか、ということです」
つまり、魔力で火を発生させるところを、既に別の方法で火を起こした状態で魔石を使う、と?
「……考えてみれば、その使い方は行ったことがありませんでしたね。元々他の国が魔石を魔法発生の媒体として利用していたということから、既に起こっている現象を増幅させるという使い方は失念していたかもしれません」
「ですから、ディグニにはそのような実験を行っている研究者がいないか探って頂くのと同時に、魔石をある程度集めてきて欲しいのです」
ティーレ様の依頼を受けて、ディグニ様がゆっくりと頷く。
「承知致しました。学会の方に声掛けをしておくのと、採掘場の管理者に連絡して魔石を収集できるよう手配しておきます」
「お願い致します。……それから、ラリア」
は、はい!? えーと、私は何をすればいいんだろう。ティーレ様は私を見つめた後、ついとディグニ様の方へ視線を向ける。
「貴方はディグニが採掘場の手配が済み次第、現地に赴いて魔石の回収に向かってください。貴方は呪文が使えない関係で魔法についての知識はあるものの、一度も魔石を扱ったことがないと聞きましたので、現地で魔石について学んできてください。……恐らく、長い付き合いになるかと思いますので」
そういえば、どうせ使えないからという理由で魔石を扱ったことがない。確かに今後魔石によっていろいろするのであれば、実際に魔石に触れて慣れておいた方が良さそうだ。
「そう言う訳で、ラリアの事を頼みますよ、ディグニ」
「その件に関しても、承知いたしました。誠心誠意尽くさせて頂きます」
ディグニ様が席を立って深々と礼をする。いつも尊大なディグニ様がこうやって畏まっているのは中々に新鮮だ。……と、こんなことを思ってることに気が付いたら怒られそうだけど。
「ありがとうございます」
「……それでは、失礼致します。予定が定まり次第ご連絡致します」
そう言ってもう一度首を垂れると、ディグニ様は踵を返して扉の方へと向かう。ディグニ様が部屋を出ていくのを見届けると、ティーレ様が私の名前を呼ぶ。
「少し遅れてしまいましたが、朝食に致しましょう。用意して頂けますか?」
今日はまだ、始まったばかりだ。




