2-9:前世の記憶と技術革新
「ああ、お待ちしておりましたよ」
王宮で働き始めた初日の午後。私は言われた通りにティーレ様の自室へと足を運んだ。女王様の自室なので、またものすごく豪華な部屋なのだと予想していたのだけど、意外にもその自室はこざっぱりとしており、書斎や執務室のような雰囲気を感じさせる。壁際には本棚が置かれていて、その中には先程図書室で見たような本が並べられていた。その中央にある大きな机の上には様々な資料が山積みになっている。ティーレ様はその一番上の紙を手に取り目を通していたようだった。
ティーレ様は私の姿を見ると、手に持っていた書類を机に置き、私の方を見て微笑んだ。
「さて、メーシスから話は聞いているかと思いますが、これから行う仕事についてお話致しましょう。椅子を用意しておりますから、座りながらゆっくりと進めて行きましょう」
そう言って、机の前に用意してある椅子に腰かけるように促してくる。小説家が執筆をする際に座るような、革張りの黒い椅子だ。私はその指示に従ってゆっくりと椅子に腰かけた。机を挟んだ向こう側には、同じような椅子に腰かけているティーレ様がいる。何だか面接みたいな構図だ。
「いつまでも他人行儀なのは息が詰まりますから、今後はラリア、と呼ばせて頂きます。……よろしいですか?」
そ、それはまあ……ちょっとこっ恥ずかしいけど。
私がそう返すと、ティーレ様はくすりとほほ笑みながら続けた。
「ありがとうございます。では改めて、今から行う仕事の説明をさせて頂きましょう。端的に言えば、貴方の前世の記憶を思い出しながら、私たちの国の生活に応用できるようなものがないかを模索していきます。前提として、構造や仕組みについての知識は持ち合わせていない事とします。つまり、結果的に似たような働きをするものが生み出せれば良いわけです」
なるほど。前世の生活とこの世界での生活を比べて、前世の方が便利だったことやものを取り上げて、それをこちらで再現しようと。そういう事で良いのかな?
「その通りです。理解が早くて助かります。思い出すことができる範囲で構いませんので、何かありませんか?」
そう言いながら、ティーレ様は机の上に積まれている資料をぱらぱらとめくる。
「例えば、この国の移動手段は馬車が一般的ですが、それを超える移動手段はないか。手紙よりも迅速に相手に意見を伝える方法はないか。東洋の文化に触れていると、西洋はそのような技術に疎いことが如実に分かるのですが、実際にそれに近いものを拝見したこともなく、文献では情報に乏しい。細かい構造が分からなくとも、ある程度の形と仕組みが分かればなんとかなると思うのです」
移動手段……ええと、前世の私が使っていた物でしょ。あの、四角い箱が連なっていて、そこに人がぎゅうぎゅうに詰まって移動する奴。名前何だっけ。……そうだ、確かデンシャ、とか言ったかな。手紙よりも早く届くものと言えば、前世の私が仕事で相手に送る文章を折り畳み式の石板みたいな箱で送っていた覚えがある。メールだっけ。
前世の記憶とは言うものの、今の私とは全く違う誰かの人生を追体験しているような感覚で、あまり現実味を感じられない。私の知っている名前を取り上げてくれる分、小説の方がまだ分かりやすいレベルなのだ。つまり、自分の思った通りに動かない誰かの事を、これがあなたです。という目印を付けられた状態で後ろから見ているような感じ。
「ふむ、デンシャにメール……ですか。東洋の地で起きた産業革命について記載されていた文献には、汽車と呼ばれる交通機関が存在していました。名前だけで実態については情報がないのですが、恐らくそのデンシャは汽車の発展形であると考えていいでしょう。メールというものについては文献にも記載がありませんが、石板のような媒体で連絡を行うのであれば、その石板に何かそのような機能が備わっているという事なのでしょうね。……術式を刻み込んだ石板に動力となる魔石を埋め込めば何とか…………と、少し考え込み過ぎましたね。どうでしょう、形状や動力源など、分かりそうな要素はあるでしょうか」
資料を横目に、ティーレ様は紙にさらさらとメモをしている。
動力源か……動物が箱を引っ張ってるわけじゃないから、箱自体が動いてるんだよね、あれ。車輪がついていたからあれで前に進んでるのは間違いないんだけど。確か電気で動いてるんだっけか。電気をどうやって呼び起こして、その電気でどうやって動かしているのかは……よく解らない。
汽車自体、私は良く分かっていないのでその違いを伝えることは出来ないが、とりあえず見た目やどのように使っていたのかなどを出来る限り伝える。
ティーレ様は時折相槌を打ちながら、私の言葉を聞いてくれていた。
「馬車の様に少人数が乗るものではなく、不特定多数の人間が同じ乗り物の中に入ることになるのですね。乗り心地は悪くはなさそうですが、あまり人が多くなると居心地は悪くなりそうです。……しかし、そのサイズの頑丈な箱を動かすほどの動力源を内在しなくてはいけないというのは、中々難しそうです。流石あちらの科学技術と言った所でしょうか」
確かに、馬を数頭使って二、三人運ぶのが精一杯というこの国の現状を考えると、前世の乗り物はものすごい技術の差があるのを感じる。よく解らないけど、東洋ではそれが普通とされてるのだとしたら、想像以上にこちらの地域とは違う世界が広がっているんだろうな……。
「そうでしょうね。あちらでは様々な物質の加工も頻繁に行われているようですし、こちらでは使われていない材質のものも多く含まれているのでしょうね」
そう考えると、ここまで東西で情報が断絶されてるのもすごい話だなぁ。その分東洋には魔法文化は栄えてないとは言うけれど、その魔法文化があまり栄えていないこの国だと余計遅れを感じてしまうというか。
「東洋の科学技術もないうえに、西洋の強みでもある魔法も弱い。そこが一番の懸念だったのです。外交と情報戦略を中心に他国との争いを避けていましたが、それにも限度がありますからね。この国独自の技術と機能が作れれば、それをネタに争いの抑制をすることができますし、何より外交戦略としても利用できます。その辺りの強みを作る為にも、貴方の知識と記憶が必要になってくるわけです」
なんだか血生臭さを感じたけど、確かにその辺りも考えないといけないのか。他国から来た人が魔法で事件を起こすなんて事例があるくらいだから、本気で攻め立てられたら大変な事だよな……。
しかし、こう。デンシャの話と血生臭い話をしていると、いやーなものを思い出してしまう。いくら記憶に痛みはないとはいえ、あんなに高速で迫ってくる塊にぶつかるとか私の前世、壮絶過ぎるでしょ。
「……あぁ、思い出したくもない要素に抵触している事象だったのですね。すみません、初回から」
……いや、そこは気にしないで大丈夫です……。
首吊ろうとしたり大量に薬飲んだり、前世の私はこう、色々とやばいから何思い出してもどこかでそう言う事案出てくると思うから……。
「そうですか……。嫌な記憶ばかり残ってる前世の記憶を言語能力を失う代わりに得るって、何の罰なんだ、という感じですね……」
本当にね……。
「そんな話をした後に言うのも気が引けますが、続けましょうか。それでは――」
それからしばらく時間が経ち、日も傾いてきた頃。ティーレ様はペンを置き、椅子にもたれかかるようにして背筋を伸ばしていた。
ティーレ様はふうと一息つくと、机の上の資料とメモを分けて重ねていく。結局今回はデンシャについて延々と語り合う形になった。語り合うと言っても、見た目と使い方から動力を推理したり、どう応用できるのかを考えたりしていただけで、この内容がどのくらい実現できるのかとか、どのくらい手間がかかるのかとか、その辺りは私にはさっぱりわからなかった。
ティーレ様はその辺りも纏めて、後日考えをまとめたものを伝えると言っていたので、最終的にはその報告待ちという事になるだろうか。
「今日はお疲れさまでした。まだ実感は沸かないかもしれませんが、私にとっては大変有意義な情報を得ることができました。今後も定期的にこの場を設けようと考えていますので、また宜しくお願い致します」
ティーレ様が笑顔でそう言うので、自分が下手に考えても仕方ないかなと、彼女に任せることにした。
とはいえ、この正直何の役にも立たない前世の記憶が何かの役に立つかもしれないというのはちょっと嬉しい。これで何かが発展すればいいな。
私はティーレ様に礼をして部屋を出ると、夕食を取りに食堂へ向かう。今日は簡単な仕事ばかりだったけど、明日から少しずつティーレ様の身の回りの事を含めて色々な仕事を行うことになる。本格的に侍従として働くことになりそうだ。
色々と悩んだけれども、少し楽しみだな、などと考える私だった。




