2−6:少女は先を見据える
「……」
私とラフィネと兄上は、3人で黙ったままテーブルの上を眺めていた。
そこには、ディグニ様が置いていった便せんと封筒がある。中身は……手紙、だろうか。多分ティーレ様が書いたものだと思う。
「まさか、こんなに早く返事が返ってくるとは思わなかったね」
兄上が頬をかきながら私に言う。同意見だ。
成人式が終わってまだ一週間である。ディグニ様が手紙を書いて、それをティーレ様に届けて、返事が返って来て、こちらに届く。結構工程があるからもう少し返事が来るのは後だと思っていたのに。正直心の準備が終わっていない。
手紙を届けに来たディグニ様は突然屋敷にやってきたかと思えば手紙を差し出して「何も言わずにこれを受け取れ」と告げてそのまま帰ってしまった。届けるだけなら使いに頼めばいいのに。わざわざ自分で持って来たのには何か理由があったのだろうけど、それが分からない。
とりあえず受け取ったものの、私は今更ながら緊張していた。
「なんて書いてあったんですかね」
「さぁ……なにも教えてくれなかったから……」
ラフィネの問いかけに対して兄上が困ったように笑う。関わるようになって分かったことなのだが、ディグニ様は親しい相手にはかなりぶっきらぼうというか、雑である。言わなくても分かるだろう、言わせんな感というか。
とはいえ、中身を見てみなくてはどうにもならない。私は意を決して手紙の封を開けた。中には便箋が一枚入っているだけだった。ディグニ様が送ったであろう申し出を受けるという旨の返事が、簡潔に、かつ恐ろしく達筆な文字で書いてある。おそらくティーレ様直筆の手紙だろう。
「綺麗な字ですね……流石王族です」
ラフィネが感嘆の声を上げる。
読み進めていくと、大体予想通りの内容だった。
『親愛なるラリア・バヴァ・ロクァース様
式が終わって暫く経ちましたが、いかがお過ごしでしょうか。王宮では新しく王宮で働くことを望む方々の手続や教育を始めている最中でございます。王宮や国の繁栄を肌で感じる事ができ、とても嬉しく思う今日この頃でございます。
さて、この度は私の誘いを真剣に考えてくださり誠にありがとうございます。ディグニを介して貴方のお考えを確認させて頂きました。やはり、まだ迷いがあると。
答えを急ぐ気はありませんし、王宮で暮らすことに不安があるということもあるでしょう。ですから、彼のいう通り、貴方の答えが見つかるまで侍従として働いては頂けないでしょうか。働いてみた後で、やはり他の道に進みたいとおっしゃるのであれば、私は止めません。その件についてはまたお会いした際にゆっくりとお話し致しましょう。
心の準備があるかと思いますので、次の月下、蒲公英の月下、第15の暦にお越しください。勿論、お越し頂く前にお返事を頂けるととても嬉しいです。
それでは、またお会いできることを心待ちにしております。
ティーレ・サモメィ・サンティール』
私以外の人間が読むことを見越しているのだろう。あの件には全く触れずに手紙は締め括られている。
蒲公英の月下は5月の意。つまり5月15日。約一ヶ月後になる、か。それまでに心を決めて来いということだろう。
「……どうする?」
兄上がこちらを見ながら問いかけてくる。正直、ここで悩んでいても仕方がない。私は申し出を受けるという意を込めて頷きを返す。
「そうだね、ゆっくりと考える時間をくれたんだ。これ以上ない提案だと思う」
「はい、私もそう思います。それに、王宮で働きたい気持ちもあるのですよね? それなら、受けるべきではないでしょうか。働きながらゆっくり考えて、改めて答えを出してもいいと思います」
そうだ、右往左往していて結局どれを選ぶのが正解なんだと焦りを感じていたけど、なんて事はない。考える時間をくれるのであればゆっくり考えさせてもらおうじゃないか。優柔不断と言われそうではあるけど、私の人生だ。私の好きなように決めさせてくれたっていいはずだ。
「うん。じゃあ、その旨をお伝えしておこうか。返事は僕が書いておくから、ラリアは王宮に行くまでの約一ヶ月間……」
兄上は一度言葉を切ってラフィネに目を向ける。
「侍従としてしっかり働けるように色々勉強しておこうか」
……あぁ、確かに。女王の身の回りの世話をするのなら、そのやり方を分かっておかないと仕事に就けないよな。
「頼めるかい? ラフィネ」
「はい。お嬢様のため、全力でやらせて頂きます」
胸に手を当ててラフィネは答える。頼もしい限りである。
「よし、じゃあそういう事で。よろしく頼むよ、二人とも」
兄上の言葉に、私たちは揃って肯定の返事をした。
さぁ忙しくなるぞ。
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その次の日。私は目の前に置かれた書類の山を見て呆然とした。
朝、朝食を食べ終わった後にラフィネが持ってきたものだ。侍従として働くための心得のようなものが書かれているらしい。侍従ってこんなに大変なのか……。
ラフィネ曰く、これは従者として最低限必要な知識ですから、とのことだった。気合が入りすぎている。
「お嬢様が働くのであればこれくらい当然です。むしろ足りないかもしれません」
ラフィネが真顔で言う。……本当かなぁ……?
「さて、始めましょうか」
曰く、最低限必要な知識と技術を得るための特訓が始まった。歩き方から掃除の仕方、紅茶の入れ方、髪の手入れ方法、従者としてのマナー、エチケット。一ヶ月弱で叩き込まれるには多すぎる情報量だ。字が書けないからメモなんて取れないし、根性で覚えるしかない。勉強ができる方でよかった。
「お嬢様には教養と礼儀作法を覚えて頂きます。幸い、お嬢様は頭が良いのですぐ身に付くでしょう。後は実技ですね。お嬢様は飲み込みが早いですし、大丈夫ですよ。自信を持ってください。分からないところがあればいつでも聞いて下さいね」
笑顔で励まされるけど、びっくりするほど厳しい。いつもラフィネの笑顔には助けられていたけど、今はちょっと怖い。鬼教官のようだ。
でも、私が侍従として働くと決めた以上甘えてはいられない。自分でできる事は頑張らないと。
そんな訳で、午前中はずっと座学。午後からは実技に励む。途中、父上と母上が帰ってきてそんな私の姿を見た時は驚きすぎて暫く固まっていた。私が王宮に行くと知って大喜びしていたけど。
そんな生活が続き、遂に約束の日まで残り一週間となった。
「大分形になってきたね。そろそろ合格にしてもいいんじゃないかな」
「そうですね。今のお嬢様なら十分やれると思います」
私の動きを見て兄上とラフィネがそんなことを口にする。……うん、自分なりに頑張ったとは思う。この一ヶ月で随分成長したと思う。
「しかし、ラフィネ」
「え? サジェス様……どうかされましたか?」
「あぁ、いや……大したことではないんだけどね。妙に気合が入ってるよなと感じてさ」
兄上に聞かれたラフィネは、図星を突かれたようにどぎまぎし始める。その部分は私も気になっていた。なんか妙にやる気があったよなぁって……。
「その、王宮に行ってしまわれたら、もうお嬢様と一緒に過ごせなくなってしまうのかなと思ってしまうと寂しくてですね……。今の時間をより濃密に過ごそうと思ったら、つい」
申し訳なさそうにラフィネが答えた。……あー、なるほど。そういう事か。納得した。確かに私が王宮へ行ったらラフィネとは離れ離れだ。今までずっと一緒にいたのに、離れてしまうのは寂しいよな。
……ううん、意識し始めたら私も寂しくなってきた。なんだかんだ言って私もラフィネが大好きなのだ。
「そうだよね。僕も同じ気持ちだよ。でも、ラリアだっていつまでも子どもじゃないんだから」
「分かってます。分かってはいるんですけど……。いえ、申し訳ありません。こんなに私情を挟むものではないのに」
「謝ることは無いよ。それだけラフィネがラリアを大切に思っているってことだからね」
「あ、ありがとうございます」
兄上の言葉を聞いてラフィネは頬を赤く染めながら俯く。なんだかちょっと恥ずかしい。
「でもラフィネ、心配することはないよ。あの女王様なら定期的に手紙をくれるだろうし」
「そう……ですね。寂しいことに変わりはないですが、せめて文通など出来たら、とても嬉しいです」
「うん、いい考えだと思う。きっと喜ぶさ」
「はい」
二人して笑みを浮かべる。よかった、何はともあれいい方向に進みそうだ。
「ところでお嬢様」
ん? どうしたのラフィネ。
不意に話しかけられて首を傾げる。するとラフィネはにっこりと微笑む。……あ、これは……。
「次は紅茶のお作法のチェックですよ。頑張ってくださいね」
……ラフィネのスパルタは、もう暫く続きそうだった。
次回更新は7/23(土)を目標にしております。
ゆっくりとお待ちいただければ幸いです。




