1-1:目覚めた寡黙少女
「待って!」
そんな叫び声を上げながらガバっと上半身を起こし目を覚ました。
突然飛び起きたのに驚いたのか、隣で私の看病をしていたメイドが目を丸くして私を見ている。
「お、お嬢様! 目が覚めたのですか!?」
私の付き人であるラフィネが慌てて声をかけてくる。私はその勢いに圧倒されて何度も首を縦に振る。それを見て安心したようにラフィネは息をついた。
「目を覚まさなかったらどうしようかと心配しておりました」
ここは私の部屋だ。天蓋付きのベッドに私は横たわっていて、メイドのラフィネがその横に立っている。大きな窓にはカーテンがかかっていて、カーテン越しに白い光が差し込み、天井には小さなシャンデリアがかかっており、淡い光を放っている。小さめの部屋だが、私一人の個室と考えれば中々豪華な部屋、だと思う。
どのくらい寝込んでいたのか覚えてないけど、かなり心配させてしまったようだ。これはお礼のひとつでも言わなくては。
「あ――」
んっ?
「でも、良かった。突然声も上げず起き上がられたので驚きましたが、お元気そうで」
んん? もしかして最初の叫びも聞こえてない……?
「えっ――」
「……お嬢様?」
首をかしげてラフィネが私をまじまじと見る。
当の私はというと、声をどうにかして出そうと声にもならない何かを出している。
「お嬢様、もしかして声が出せないのですか?」
流石ラフィネ。直ぐに私の異常に気付いてくれる。肯定の意味を込めて私はぶんぶんと首を振る。やばい、さっきから首を振る事しかできていない。
「風邪が原因で喉がやられてしまったんでしょうか……」
ラフィネは喉がやられて声が出せなくなっていると推測してるようだけど、普通は確かにそう考えるのが正解なのだろうけど、私には原因が分かっている。
夢の中に出てきたあの女神っぽいエルバとかいう奴の所為だ。それ以外に考え付かない。勝手に色々決めて勝手に私に変な事をしてくるなんて。神様ってみんなあんな感じなのだろうか。
……あ、そう言えば。
確か、あの女神が前世の記憶がどうとか言ってたな。
思い返す。そう、日本という国で特に面白くもない毎日を過ごしていた前世の私の事を。
石より硬い物質で出来た四角い建物に毎日通って、馬車よりも数倍速い乗り物に乗って移動して、中に何が詰まっているのか分からない薄い箱をパチパチ叩いていたあの頃の私を、思い出す。
ああ、今の生活とどちらが面白いのだろう。何だか、あの頃の私は毎日死んだ目をしていたような気がする。そして、最期は……。
……止めよう、この話は。
とにかく、私は思い出した。思い出してしまったのだった。
こことは違う異世界に住んでいた時の話を。そして、そこはこことは正反対の科学と現実にまみれた世界だったという事を。今の私からすればここが紛れもない現実なわけだけど、あの頃の私は、何と言うか、現実に打ちのめされていると言ったような表現が正しかった気がする。だから現実。リアル。そんなイメージ。
そして思う。二度とあんな人生は送るまいと。
そうだ、ここでは晴れ晴れしい人生を送るのだ。だってちょうど良い所のお嬢様なわけだし。そしてそのためには。
「お嬢様、お医者様を呼んできましたわ」
この、声が出せないとかいう状況から抜け出さなくてはならない。
ラフィネが呼んできてくれた医者の人が私の診察をしているけど、身体の不調ではないのでいくら調べても出てくるわけがないのだった。とりあえず診察して、声が出せない原因は不明だけど、風邪は治ってるので暫く休んでいれば普通の生活に戻れると医者の人は言った。
それを聞いて、ラフィネが胸を撫でおろして私に言う。
「良かったです。……声もきっとすぐに出るようになりますわ」
そうだといいんだけどね……。
医者の人が一礼して去っていった後、ラフィネが食事を持ってきてくれた。お腹は空いているので、ラフィネに一礼してそのまま食べ始める。
「それにしても……いつも賑やかだったお嬢様が話せなくなったというだけで一気に屋敷が静まり返った気がしますね」
そう、元々ロクァース家は話術に長けている一族で、私も日々話術の勉強を受けていた。特に私は話し好きだったので、よく誰かとおしゃべりをしていた。付き人であるラフィネには毎日色々な事を話していたっけ。
それが出来なくなったと思うだけですごく、すごーく困る。
やはり早く何とかしなくては。
……と言っても、どうやって? だってあそこは天国で、普通は死なないといけない場所なんでしょ? だとしたらあそこに行くとしたら……
あ。
仮死状態になればいいのでは?
そうだ。死ねばいいんだ。いや、死んじゃだめだから死なない程度に死のう。そしてもう一度向こうに行って次はあのクソ女神を一度ぶん殴ってやる。
「どうしました? お嬢様?」
物思いに耽っているうちに食事をする手が止まっていたらしい。ラフィネが心配そうに私の顔を覗き込んだ。私は心配させまいと微笑みを返して食べるのを再開する。
とにかく、ラフィネがいなくなったら実行に移そう。とりあえずここで出来るのは……えーと、首吊りとかかな。紐なら部屋の棚にあったはずだし、天蓋ベッドの柱に結び付ければできるはず。本当に死んじゃったら不味いから、軽めにして結び付けよう。
「それではお嬢様。食後の紅茶をお持ち致しますね」
部屋の扉が閉まる。よし、ラフィネが出てったな。紅茶を淹れてくるのには10分近くかかるだろうし、実行に移せるだけの時間はあるだろう。
布団から抜け出して、棚を漁り紐を取り出す。普通の本を縛ったりするための細い紐だけど、まあ束ねれば大丈夫かな。
10歳の私にとってこんなことは初めてだけど、なんか前世の私は何回かやりかけたことがあったみたいだから平気。いけるいける。何回もできるってことは死なないってことだし。
輪っかを作って端を柱に括り付ける。これでこの輪に頭を通してぶら下がればいいのよね。私の背が足りないから、ジャンプをしないと届かない。むしろ足が付かない所でやらないといけないから好都合か。
ぎしり、と音がして、首に圧がかかる。
あ、待って。これやばい。きつい。足をバタバタさせても足が届かないから暴れても揺れて首が苦しいだけで何も改善しない。あ、死ぬ。マジで死ぬこれ。何か気が遠くなってきた。目の前が赤白く染まって……
「お待たせしました、お嬢さ……お嬢様ぁー!?」
ラフィネの叫び声が聞こえて、コップの割れる音が響いて、そのまま私の意識も途絶えた。
この私の行動は、話せなくなったことで自暴自棄になったからだとか、従者に対しての不満が募ったからだとか、色々な説が飛び交うことになるのだが、これはまた後々の話である。