2-3:少女は大人になる
「お疲れ様でした、お嬢様」
待機室に戻ってくると、ラフィネが声をかけてきた。私がありがとうの意を送ると、彼女は嬉しそうにもた氏の元へ駆け寄ってきた。
「謁見はどうでしたか?」
そう聞かれて、どう返そうかしばらく考えたのちに国交調査員の意志を確認されたことと、式の後に応接室に来るように伝えられたことを伝えた。
「意志を伝えることができたようで何よりです」
……まあ、頷いてただけなんだけどね。
「でも、応接室に来てほしい、というのはどういうことなのでしょう。……ヴェルテュ様、何かご存知ではありませんか?」
ラフィネが振り返ると、奥のソファで紅茶を飲んでいたヴェルテュがうーん、と声を上げながら口を開いた。
「そうですわね……わたくしは聞いた事がございませんが……何か呼び出されるようなことをしたのではありませんか?」
「呼び出されるようなこと……ですか?」
「何か変なことをしてしまった……とか」
そう言ってヴェルテュは私の方を見た。
いや、そんな変なことしてないぞ私。……してないよね?
「話せないという呪いはさておき、ちょっと変なことしそうですものね、ラリアさんは」
どんなイメージ持たれてるの私! というか、女学校の先輩後輩で過去に何度かあったことがあるとはいえ、対して交流もなかったヴェルテュにそんなこと言われたくないぞ。私をなんだと思ってるんだ。
「……否定は致しませんけれど……、流石のお嬢様もこんな時に変なことをするはずがありませんよ」
ラフィネ!? なんで否定してくれないの!?
私ずっと一緒にいる従者からもそんなイメージ持たれてるの!?
「まあ、流石にTPOくらいは弁えますわよね。冗談ですわ、ラリアさん。そんなに死んだ目をしないでくださいませ」
私は悲しい……。割と常識人的な振る舞いをしていたはずなのに従者からも変人扱いされていたなんて……。
トボトボと歩みを進めると、ストンとソファに腰を下ろす私を見て、ヴェルテュがくすくすと笑う。なんなんだ。
「心配しないでくださいませ、ラリアさん。本当に怪しい人物であれば、こっそり呼び出すような真似をせずにさっさと追い出されているでしょうから」
「そうですね。一体どんな意図があってのお呼出かは分かりませんが、お嬢様の魅力を感じ取っての打診かもしれません。どっしりと構えて待ちましょう」
そ、そうだね……。それよりも変人扱いだったことにショックだけど。
ラフィネが私の分の紅茶を淹れようとポットに手を伸ばすが、ヴェルテュがそれを止めて王宮のメイドに淹れ直しを頼んでいる。客人のお付きもまた客人という扱いのようだ。当たり前と言えば当たり前なのだけど、階級社会としてはなかなか珍しいかもしれない。
しばらくすると先程のメイドとは別のメイドが紅茶を持ってきて、ティーカップに注いでくれた。
一礼をして退出するメイドを見送ってから紅茶を口に含むと、淹れたての紅茶の良い香りが広がった。美味しい。
「それにしても、摩訶不思議なお話ですわよね。女神の気まぐれで言葉を封じられるなんて」
「お嬢様がおっしゃるには、夢の中でこの国には存在しないものを教えてしまったので、それを伝えられるのは女神にとってよくない事だと判断されたのでは……などと推測されておりました」
「傍迷惑なお話ですわねぇ……」
本当にね……。
「とはいえ、面白いお話を聞く事ができました。有難うございます」
「いえ、こちらこそ理解者が増えて助かります。お嬢様のためにできるだけ早く言葉を取り戻して頂きたいですから」
ラフィネが礼を言うと、ヴェルテュは笑みを浮かべながら私の方を見た。
「わたくしとしても興味深いお話ですし、そろそろ貴方の声がどんな声だったのか忘れかけておりますから、女学校時代に言われていたおしゃべり伯爵の令嬢の名を取り戻して頂きたいですからね」
ヴェルテュ……。主人公が怪我した時に手を差し伸べてくるライバルキャラみたいな言葉、ありがとう。
「……と、そうですわ。この後のことですけれど」
ハッとしたようにヴェルテュがそう言って、スッとソファから立ち上がった。
「成人式が始まるまで、お二人はこの部屋でお待ち頂くことになりますわ。式の準備が整い次第メイドが知らせに来ますので、その後は指示に従って式に参加して下さいませ」
「あれ、ヴェルテュ様はどうされるのですか?」
「わたくしは式までにもう一人くらいお会いしておきますわ。心配しなくとも扉の前にメイドが待機しておりますから、何かあれば声をかければいいですわ」
そう言って部屋の出口まで歩みを進めると、ヴェルテュは「またお会いしましょう」と告げて部屋から出ていった。
私はそれを見送ると、ラフィネをヴェルテュの座っていた側のソファに座るように促した。
「ありがとうございます、お嬢様。失礼させて頂きますね」
ラフィネがソファに座ったのを確認すると、私は少し姿勢を崩した。知り合いとはいえ王宮の人間がいる前でだらけることなんてできなかったから、やっと少しだけだらっとできるなぁ、なんて。
「本当にお疲れ様でした。成人式が始まるまで、少しお休みになられたらどうですか?」
流石に寝たりすることはしないけど、呼ばれるまでの間楽な姿勢で優雅に紅茶を飲んで待とうかな。ラフィネもこう言っているわけだし。
そして、そのまま暫くの間二人で休憩していると、ノック音が聞こえてきた。
「……ラリア様、式の準備が整いましたのでご参列をお願い致します」
ラフィネが返事をして立ち上がると、扉の方へ向かう。私はそれについて行くように歩みを進めると、彼女が開けた扉をくぐり抜けた。
私が部屋から出てくると、メイドは深々と礼をして、城へと続く道を示す。
「こちらをお進み頂き、案内に沿って会場へお入りください。お連れの従者の方もご一緒にご参列を」
「あ、はい。ありがとうございます」
ラフィネがメイドに礼を返すと、メイドはまた深い礼をする。それを受けながら、私とラフィネは先へ進んだ。
建物を出てからの道は変わらないけど、外に出てから先ほどとは違う渡り廊下を示された。渡り廊下の先はドーム型の建物で、私たち以外の豪華な衣装を身に纏った貴族たちが続々と中へ入っていく。
建物は劇場のような内装で、ステージを囲むように精がずらりと並んでいる。
「すごい人ですね……。私が成人式に参列したのは随分前のことですけれど、やはりすごい規模ですよね」
そう言いながらラフィネは辺りを見渡す。
これだけ大きくて豪華な建物がこの王宮にはいくつも存在するのか。式の規模もさることながら、この人数を一気に招く事ができるだけの人員が割けるのも驚きだ。一体何人の人間がここで働いているのだろう。
私たちが席に座ってしばらくすると、入り口の扉が閉じられ、中央のステージに執事が現れる。私に言伝してきた執事だ。
「紳士、淑女の皆様。お待たせ致しました。これより、式を始めさせて頂きたく思います」
執事がそう言うと、少しざわついていた場内はしんと静まり返った。
「まずは、王宮主催の成人式へのご参列、誠にありがとうございます。そして、皆様の成人という大きな節目を迎えられること、本当に嬉しく思います」
彼がそう挨拶をすると、今度は貴族の中から拍手が沸き起こった。
「本日、皆様に集まっていただいたのは他でもありません。この国の歴史、そしてこれからの未来を担うであろう皆様方の栄光を祝福することでございます。どうぞ心ゆくまで楽しんで下さいませ」
そう言って執事が一礼すると、奏者たちが十数人集まり音楽を奏で始めた。それはこの場に相応しい荘厳な曲だったり、ゆったりとした明るい曲調のものまで様々で、この空間の雰囲気がぐっと引き締まった気がする。
演奏が終わると演者たちは礼をしてステージから降りていき、代わりに女王が壇上に上がってお辞儀をする。
「皆様、成人おめでとうございます。それでは、改めてご挨拶を。私がここ、ルラシオン王国の王を務めております、ティーレ・サモメィ・サンティールでございます。どうぞよろしくお願い申し上げます」
そう言って、再びお辞儀をした。その動作一つひとつが洗練されていて、思わず見惚れてしまう。
「今宵は、我が国の成人を迎えた方々を祝う為の催しとなっております。そして、同時にこの国の新たな歴史の始まりの時ともなっております。先ほど皆様に行った謁見もその一環でございます。今年成人される方々は、上は公爵、下は子爵まで様々な身分の方がいらっしゃいますが、本日は皆同じ成人を迎える男女ということで、この場に等しくお集まり頂いております。身分は違えど、皆この国の大切な一員でございます。どうぞ皆様、良き出会いに恵まれることを祈っております」
そこで一度言葉を区切ると、彼女はにっこりと微笑んだ。
「堅苦しいお話になって恐縮ではございますが、現在の各領地を治めている代表の方々にご挨拶頂きましょう。どうぞ、前へ」
そうして呼ばれた貴族が一人ずつ、ステージの上に立つ。
国を三つに分けた広範囲を治める3つの公爵家と、その下に位置する国を5つに分けた東西南北、中央をそれぞれ治める侯爵家。それぞれの当主が祝いの言葉とともにそれぞれの治める土地の特色や現状について、軽く話をした。レフレッシ様やディグニ様も壇上に上がって話をしている。
挨拶が終わると、壇上に上がっていた領主たちは一礼をして降りていき、女王だけが残ると、この国の簡単な歴史であるとか、いろいろなありがたいお言葉みたいなものをつらつらと述べられる。いわば校長先生のお話みたいなやつだ。
話が終われば式に携わった方々の紹介であるとか、色々なプログラムがつつがなく進行していく。
「最後に、ティーレ女王に代わりまして私からご挨拶させていただきたいと思います」
そう言ったのは、先ほどの執事だ。
彼は恭しい礼をしてから口を開いた。
「皆様、この度はお忙しい中、我らが女王陛下の開催する式へご足労頂きまして、本当にありがとうございました。皆様のおかげで、無事に成人式を行う事ができました。この場にいらっしゃる全ての方に、心より感謝を申し上げます。最後になりますが、公爵家の後継ぎとなりますセルク様に代表として女王より記念品を贈呈頂き、式の終わりとしたいと思います」
そう言われた貴族の青年が、ステージの中央へと歩みを進める。女王から小さな箱のようなものを受け取った彼は、深く礼をした。
「本日は、このような名誉ある役割を下さり、本当にありがとうございます。私は、ドロイト公爵家の次期当主となる予定でございます。本日の成人の儀を終え、これからもこの国の為に尽力することを誓います」
そう言って彼が頭を上げると、貴族たちから盛大な拍手が起こる。
「ご参列いただきました皆様には、後ほど出口で同様のものをお渡しいたします。それでは、引き続き式をお楽しみくださいませ」
執事がそう締めくくると、楽団が再び曲を奏で始め、式は終わりを告げる。ゾロゾロと列を成して出て行く貴族たちの列に並んで、私たちは会場の外へ向かった。出口の前で小さな箱を受け取って外へ出ると、人の波に飲まれながら進んでいく。
その途中で、執事がこちらに向かって手招きをしているのが視界に移る。
「お嬢様」
私はラフィネの言葉に頷くと、人混みから離れて執事のもとへ向かう。執事はそれを確認するとすっと踵を返して先へ進んでいく。そして、応接室らしき扉の前に立ち止まると、深々と一礼する。
「ラリア様、こちらの要請に従って頂き誠にありがとうございます」
女王と同じ色の髪と目をした青年。顔立ちは少し違うけど、姉弟にも見える。黒い執事服の胸には赤い宝石のブローチが付けられていた。
「……お連れの方は申し訳ありませんが、こちらでお待ち下さい」
「え? ええと、お嬢様一人で……という事でしょうか」
「左様ございます。ご了承下さいませ」
ラフィネは少し怪訝そうな顔をしつつも、分かりましたと了承し、立ち止まる。
「お嬢様、頑張って下さい」
私はそれに頷きを返して前に進むと、執事がゆっくりと扉を開ける。扉をくぐると、中は広い応接室。高級そうな革製のソファに装飾の施されたテーブル。その上にはティーポットとティーカップ、焼菓子が用意されている。
そして、そのソファには見覚えのある黒髪の女性……え?
女王……? なんで?
「レディ・ラリア。待ちしておりました」
淑やかな動作で立ち上がると、笑顔を向けてくる。
部屋には他に誰もいない。私と女王の二人きりである。
……どういう状況これ?
現状書ける時に書けるだけ書く形になっているので、もうちょっとだけ続きます。




