2-2:謁見の場
王宮のメイドの案内に従って、私はこの落ち着かない豪華な道を進んでいる。
謁見の際にどのように考えを伝えようか。ラフィネがいないから口頭で伝えることは叶わないし、辞書を引くにしても女王にそのまま読ませるわけにもいかない。会話を極力減らせるようにと王宮へ出す手紙には国交調査員になりたい旨とそのためにしてきた事であるとか、私の周りの人間関係であるとかを事細かく記載してはいるものの、王女様がどのくらいそれを読まれているのか不透明なのが不安なところ。
うーん、最悪ジェスチャーで伝えるとして、近くにいる兵士あたりに辞書を読んだりしてもらう可能性が出てくるかもしれない。それも大変無礼ではあるけど、背に腹はかえられまい。
「ラリア・バヴァ・ロクァース様。こちらで身体検査をお受け下さいませ。検査の後、王室へご案内いたします」
そんなことを考えているうちに、建物の最奥へ着いたらしい。入ってきた扉よりも幾分か豪華な扉があり、その前には検査官らしき人物が数人立っている。
流石王族に直接会うとなると、厳しく検査も行う必要があるようで。私は言われた通りに検査官たちの前に歩を進め、お願いしますと礼をした。検査官たちもそれに返すように首を垂れ、「失礼致します」と告げると私の身体を検査し始める。
これはさながら前世の海外渡航の際に行われていたボディチェックさながらで、服の中に何かが入っていないか、隠し持っているものはないかなど、くまなくチェックが行われた。
そして、検査も大体終わりかなと思われたころ、検査官の一人が私の持っている辞書を指してこう言った。
「ラリア様、大変申し訳ありませんが、こちらはお預かりさせて頂きます」
……いや、マジか。これが無くなったら本格的に意思疎通ができなくなる奴じゃないか。本当にジェスチャーに頼ることになるのか? どうしようこれ、でも渡すしかないか……?
「謁見の場では、いわゆる持ち物の持ち込みを禁じさせて頂いております。招待状にその記載がない事、お許しください」
うぐ……渡したくはないけども……。辞書一つで王宮に対して反抗したという謎事例を出すわけにもいかない。私は肩から辞書を結び付けているベルトを外すと、ベルトごと辞書を手渡した。
「ご協力、ありがとうございます。こちらは謁見からお戻りの際にお返しいたします」
「検査は以上でございます。先へお進みくださいませ」
久しぶりに発言ベリーハードモードになった私は、案内に沿って先へと進む。扉が開かれると、目の前には見上げるほど大きな城がそびえ立っていた。渡り廊下を進んで城の目の前まで進むと、城の大きさがさらに強調される。
これが王宮、王族の住むお城なわけか……。私も貴族なわけだけど、それでも住む世界が違うと思わせる凄みがある。
「どうぞ、こちらへ」
城の入り口である大きな開き扉が開かれ、赤い絨毯で作られた道が露わになる。こんないわゆるレッドカーペットをたった一人で歩くことになろうとは。嬉しいという感情よりも恐れ多いという感情の方が勝ってしまう。
多少どぎまぎしながら進むと、謁見の場かと思われる部屋の扉の前に絨毯を挟むようにして兵士が二人立っており、彼らが扉を開くと目の前にその部屋は現れた。物語で見るような、いわゆる玉座のある大部屋だ。レッドカーペットが奥まで続いていて、それを挟むように派手な兵士がずらりと並んで揃った動きで剣を振るう。最奥には玉座があって、そこに女王が座っていた。
黒髪で、赤い透き通った目をした女性だ。衣装が豪華なのは言わずもがなだけど、それ以上に彼女の胸元にある装飾に目を取られる。瞳の色と同じ色をした大きな宝石のついたペンダントだ。これを見ていると、なんだかこちらも見られているような不思議な感覚になる。
「ようこそお越しくださいました。どうぞ、お入りくださいませ」
女王がそう告げると、兵士たちが整った動きで剣のアーチを作る。ここを通れと言う事だろう。私は一礼すると、言われた通りに歩を進めた。
玉座のある場所は私の立っている場所から何段か上に位置しており、その段差の前まで進むと兵士の一人にここで止まるように指示される。私はその通りに足を止めると、女王に対して傅いた。
「頭をお上げください。楽にしていいのですよ」
女王が言うように頭を上げると、私は女王と目を合わせた。赤い目が私を見据えている。口調は優しいけど、謎の威圧感を感じる。これがカリスマなのか。
目を合わせたまま、女王は何かを言う訳でもなくじっと私を見続けている。……どうしよう、空気が重い。私からは何も発言できないから何か喋ってくれないかな。こういう時間苦手なんだよ……。
思えば、私の10歳の誕生日パーティの時のやり取りが何とかなっていたのは相手がちゃんと会話してくれていたからなんだな、とか。そんなことを考える。そうだ、あの時もテュエル様と踊った時何も会話がなくて困ったんだった。あの時は曲の切れ目という終わりがあったから何とかなったけど、これはさすがにきついというか。
話を切り出そうにも何もできない時間が続く。絶対みんな変に思ってるよ……どうするよこれ……。
「ふふ、緊張されているのですか? もう少し楽な姿勢でもよろしいですのに」
あ、いや、それは……流石に不躾と言うか……。いや、待てよ……こういう時って言われたことに従わなかった判定になって逆に悪印象になるのでは? どっちなんだ? どっちが正しいんだこれ?
わかった、これはこうやって試してるんだな。マナー講師とかが良くやる揺さぶりだ。引っかからないぞ、私は。なんか面接とかで思わせぶりな質問されて、本当にやったら不採用になったとか、前世の記憶にあったぞ。本当にやる奴がいるか! って奴でしょこれ。
……なんてことを考えながら姿勢を維持し続ける私を見て、女王はくすりと笑みを浮かべた。これ、どういう意味に捉えたらいい奴なんだ……? わからん。
「さて、ラリア・バヴァ・ロクァース。貴方は国交調査員を希望しているという事でしたが……」
やっと沈黙を破って話しかけてくる女王。よかった、助かった。ありがとう。とりあえず、肯定の意を込めて頷きを返す。
「外国へ出向いて情報を集めることは決して楽なものではありません。我が国の常識も通じないでしょう。諜報活動じみたことをする必要が出てくることもあります。友人や家族と暫く会えなくなることもあるでしょう。それでも、貴方はこの役職に就きたいですか?」
そう聞かれるとちょっと困るけど、もはやこれ以外に道はないと思いながら数年間過ごしてきたからなぁ……。かといって話せないことが支障をきたすことも十分考えられるから胸張って「大丈夫です。すべて完璧にこなせます!」とは間違っても言えない。
とはいえチュルヌがディグニ様と婚約を果たしたし、サジェスがアナトレー伯爵家を継いでるから私ができることはないし。今更他の役職に変えようにも知識がないし。仮に危険な道になっても私にはもうこの道しかないのだ。
……という意を込めて私は肯定する。ここまで悶々と思考を巡らせた内容が伝わるはずはないのだが、仕方ない。
「……そうですか。貴方の意思は分かりました」
納得したように頷く女王。私の迫真の頷きに納得してもらえて何よりである。……他にどれくらいの人数が希望している職なのか分からないので何とも言えない所はあるけど、ここで落ちるわけにはいかない。こっちは死活問題なのだ。
ルラシオン王国の魔法文明では私の呪いを解くことなどほぼ不可能。かといって外国から来た人に聞こうにも検問の厳しいこの国ではなかなか外国人なんて入ってこない。他の国交調査員に調べてもらおうにも時間がかかるし手間を賭けさせてしまうし。やはり自分が調査員になる方が良いじゃないか。
「私から聞きたいことは以上です。貴方から私に何か言いたいことはありますか?」
うーん……なくはない……のだけど。この国の魔法情勢がああなってる理由とか、成人する貴族全員と謁見行為を行って疲れないのかとか。でも辞書も持ってない私がそんな質問できるはずがないので、首を振るくらいしかできなかった。
「いいのですか? 私と直接相対する機会など、そうあるものではありませんが」
そうかもしれないけど術がないから無理なのである。
ゆっくりと私が頷くと、女王は少し残念そうな顔をする。
「そうですか、分かりました。……では。謁見はここまでに致しましょう」
彼女がそう言うと、兵士たちがまた剣を振るい、帰り道を作る。
思った以上に短い謁見だったけど、成人式参加者全員を相手にするのだから一人にそんなに時間を取ってられないか。私は立ち上がって丁寧にお辞儀を返すと、剣で作られたアーチをくぐって出口へ向かう。
タイミングを見計らったように扉が開かれ、部屋を出る。扉一枚隔てただけなのに、威圧感が一気に消えた気がしてなんだかホッとする。
扉の開閉をしてくれた入り口の兵士たちに軽く礼をして、私は城の出口へ向かった。
「ラリア様」
……あれ、出口の前に誰かいる。扉の開閉をしてくれている門番の兵士でもない、女王と同じ黒髪と赤い目をした執事だ。
「女王陛下より言伝でございます。どうぞお耳をお貸しください」
ん? 言伝? なんだろう。首を傾げつつ執事の下へ行くと、執事は私に小さな声で耳打ちした。
「成人式の後、城の応接室までお越しください」
……え、どういうこと、それ。
誰かが私と会いたいってこと? それとも一部の人が集められてるとか? こっそり伝えられるってことは何かあるってことだよね。なんだろう、なんか怖いな……。
でもまあ、断る理由もないし。肯定の意思だけ伝えておこう。
「宜しくお願い致します」
執事はそう告げると一礼して去って行った。うーん、何だったんだろう。
……行ってみれば分かるか。うん、まずは成人式だ。一度戻って、ラフィネに伝えて、また相談しよう。きっと悪い事ではない筈。
そう考えながら、私は帰路に就くのであった。




