2-1:令嬢、王宮へ
お久しぶりです。いつも更新が遅くなって申し訳ありません。
牛歩で進んでまいりますので、どうぞお付き合いください。
馬車に揺られて移動する、杜若の月下(4月の意だ)第10の暦。調査員になると決めたあの日から4年、私はついに王宮へと足を運ぶ。
あれから色々な事があった。
アミティとレフレッシ様の婚約発表、その数日後に突然上がり込んできたヴェルテュが私に泣きついてきたり(なんで?)、チュルヌの婚約者がまさかのメスィ侯爵令息になったり、兄であるサジェスが成人になり正式にアナトレー伯爵家を継いだり……と、まあこの辺りは今は置いておくとして。
私はと言うと、辞書を使って意思疎通するために常に分厚い辞書を肩から下げている事と、手慣れた手つきで目当ての単語を辞書から探し当てる様が異様に映ったのか、「歩く辞書」だの「何か思い出せない言葉があったらラリアに聞け」だの言われるようになった。
国交調査員になる為の勉強として外国の言語や事情を勉強していたおかげで兄上が外国向けの文書を作成する際に私に意見を聞いてきたりする。まあ兄上の手伝いができるのは嬉しいことだけども。
そんなわけで、流石に私が喋らない事を周知されてしまった感すらあるが、それはそれで別の意味でキャラが立ってしまい「知る人ぞ知る令嬢」という立ち位置に収まってしまった。呪いの事は隠し通せているっぽいのでまあいいかと思っている。失語症みたいな感じで思われているらしいのは心外だが。
「お嬢様、ついにこの日がやってきましたね」
私の向かいに座っているラフィネが意を決したように言う。ラフィネには本当にお世話になりっぱなしだ。私の辞書引きのスピードと比例して彼女の反応速度も上がっていったおかげで「何か聞こえない言語でやり取りでもしてるのか」とすら言わしめた。本当にすごい従者である。
私はラフィネの言葉に頷くと、馬車の窓に視線を移した。
王宮はパノ侯爵家の領地にあり、国の北部に構えている。もう杜若の月下であるのに所々に霜が残っている。外を歩く人も厚着をしている者が多い。
そんな寒空の下、私とラフィネは王宮に向かうべく馬車を走らせている。
「王女様はお優しい方だとお聞きしていますが、一体どのような方なのでしょうね。……お嬢様の素晴らしさを分かってくださる方だといいのですが」
ルラシオン国王、名前はティーレ・サモメィ・サンティール。謁見した兄上が言うには、聡明で心優しく美しい女性だったという。兄上はいろんな人にやさしいという評価を下しているので正直あまり信憑性はないけど。
ただ、アミティやレフレッシ様やディグニ様も彼女に対して悪印象は持っていないようで、口をそろえて尊敬の意を示している。あのプライドの高いディグニ様が尊敬するレベルなのだから本当にすごい人なのだろうというのはなんとなく予想が付く。レフレッシ様に至っては「あの一族のお陰でルラシオン王国は成り立っている」とまで言い切った。どんなカリスマだ。
そこまで高い評価をされている女王様。一体どんな人物なんだ。気になる……あとちょっと怖い。
「でも、心配していてもどうにもならないですよね。謁見の際に私が御傍に居られるか分かりませんが……頑張ってください、お嬢様」
心配そうな顔をするラフィネに、私は任せろとサムズアップを決めた。ここまで来たんだ。もうなるようになるしかないじゃないか。
謁見の為に用意した煌びやかな衣装に身を包み、意思疎通用の辞書もしっかり肩から下げている。伝えられるかはともかく、4年間必死に調査員としての知識と国事情を頭に叩き込んだ。やることはやった。そう思っている。
音を立てて走っていた馬車が止まり、到着の合図が送られた。私とラフィネは馬車から降りて、目の前にある王宮を眺める。
……すごく大きな建物だ。ロクァース家の屋敷も十分大きいが、比べ物にならない。広い庭にいくつもの建物が連なっていて、どの建物に何があるのか、どこが目的地なのかさっぱり分からない。……というか、庭だけでうちの屋敷が何個入るんだ、これ。端から端に移動するだけで日が暮れるんじゃないか。
「ようこそ、ルラシオン王宮へ。招待状をご提示願えますか?」
門番に促されて、私は懐から招待状を出した。
この招待状は15歳を迎える貴族に必ず送付されるもので、誕生日を迎える歳の杜若の月下に王宮で開かれる成人式に参加するために送られるものだ。事前に送られた参加表明書に参加の意思と成人後の希望職(婚約済みであれば誰と婚約を結んでいるのか)を記載して送り返すとこの招待状が送られる。
貴族だけとはいえ成人する全ての人間の今後を王宮自ら確認するとはなかなかの仕事ぶりだと感心したが、これも王族の意向らしい。
「ラリア・バヴァ・ロクァース様でございますね。どうぞ、中へお入りください。国王へ謁見される方はこの道を真っ直ぐ進んだ建物で検査をお受けください」
門番はそう言って、敷地で一番大きな城の横にある建物を差した。城と比べたら質素だが、十分豪華な建物だ。私達は促されるままその道を進み、建物の一口に立つ。
入り口には使用人らしき人が立っており、私たちの姿を確認すると頭を下げた。
「成人式にご参加なされる方ですね、どうぞ中へ。中にいる案内人に従ってお進み下さい」
そう言って扉を開ける使用人に一礼して私は中に入った。内装も驚くほど豪華だ。大理石の壁に一面の絨毯に、大きなシャンデリア。維持がとても大変そうだけども、それだけ抱えている使用人が多いということなのだろう。さすが王宮というべきか。
「ご機嫌様、ラリアさん。貴方もついに成人されるのですね」
聞き覚えのある声にハッとして声の主に目を向けると、見覚えのある銀髪縦ロールのお嬢様がひとり。
「ヴェ、ヴェルテュ様!? どうしてここに……?」
ラフィネがそう口にすると、ヴェルテュは勝ち誇ったような顔でこう返す。
「ふふ、わたくし王宮所属の司法官に就任致しましたの。レフレッシ様はわたくしをお認めになりませんでしたが、ティーレ様はわたくしの才をお認めになられたのです。やはりわたくしの才と美、分かる方には分かるのです」
……そういえば、ヴェルテュは女学校を主席卒業するくらい頭がよかったっけか。それならまあ、彼女がここにいるのも納得できる。というか、未だにレフレッシ様のことを根に持ってるのか。
「まあ、立ち話もなんですから待機室へ参りましょうか」
「あの……司法官でいらっしゃいますヴェルテュ様がどうして案内役を? 普通であればこういう役は使用人や専門の係に任せるものでは?」
首をかしげながらラフィネが問いかける。確かに、司法官であればかなりの高位職であるはずだ。成人式に参加する人たちの案内役なんてするような役職ではないはず。
「愚問ですわね。明日から共に仕事をしたり、契約を結んだり、関係を持つ人材が集まっているんですのよ。ここで顔見知りになることに意味があるのです。それに、今は急ぎの仕事もありませんからね。時間のある時に有意義に時間を過ごすのが賢い生き方というものですわ」
「なるほど、考えあってのものなのですね」
そんな会話をしながら通された部屋は、小さな客室だった。小さな、といっても建物のサイズと比べて小さいだけでうちの屋敷の客室よりも幾分か大きい。しかも個室らしい。テーブルを挟むようにして大きなソファが二つ鎮座している。ヴェルテュが部屋の中にぽつんと立っているメイドに声をかけると、メイドは畏まった礼をして部屋を出ていく。
「さ、おかけになって。謁見までまだ時間がありますから」
促されるままソファに腰掛けると、ヴェルテュは反対側のソファに腰を下ろした。
「しかし、未だに話せるようにはなっていないようですわね」
「あれ、ご存知だったのですか? お嬢様のこと」
ヴェルテュは私をまじまじと見ながら小さくため息をつく。
「あれだけ話題になれば目に付きますわ。それに、レフレッシ様とも外交関係で話すことも多いですし、アミティさんとも話すこともありましたし……」
「ということは、原因もお聞きに?」
「いえ、お二方とも頑なに理由は教えてくださらなかったので」
ラフィネが相槌をうつ前に、ヴェルテュが続けた。
「自分で調べましたわ。幸い手元にはたくさん資料がありましたし。それで色々突き詰めて問い詰めてみたらヒントを頂けたので、そこから推測いたしました」
「なんというか……すごい探究心ですね」
「わたくしはスピリチュアルな概念に関しては結構肯定的でしてね。むしろ司法官として人の発言を見極める必要性がありますので、狐に化かされたとか、そういう正気じゃない事例を分析するのも仕事の一貫ですのよ」
ドアがノックされて、ヴェルテュが話を中断して声をかけると先ほど部屋にいたメイドが入ってきた。ティーセットをテーブルの上に置き、紅茶をティーカップに注ぐと、深々と会釈をして部屋から出ていった。
促されるままに紅茶に口をつける。なるほど、美味しい。客人に出すための紅茶だろうからこだわりがありそうだけれど詳しくないからよく分からないな。
「話を続けますわね。魔法、魔術においてこの国はかなり遅れています。……というのも、理由がありましてね」
「理由……ですか?」
「ええ、まあ……簡単な話ですわ。この国の住民は他の国の住民に比べて魔力が著しく低いから、です。ですから、なんらかの魔法や魔力の暴走などで説明できない事案が起きても不思議ではない……というのがわたくしの持論ですわ」
そういえば、デクシア侯爵もそんなことを言っていたっけ。だから効率の良い魔力の使い方を学んでいるとか。
「ヴェルテュ様、一つお聞きしてもよろしいでしょうか?」
「なんでしょう」
「例えば、他国からこの国に来た方がこの国では再現できない魔法を使った場合、騒ぎになることや事件になることはあるのでしょうか?」
質問を受けて、ヴェルテュは考えこむように一口紅茶を飲み、一息ついてから答える。
「ないとはいえない、というのが答えですわ。殺傷事件でどのように犯行を行ったのか分からずに難航していたら、実は隣国の住民が犯人で、空を飛ぶ魔法を使用していた、なんて事例もあります」
「だとすれば、他国の者を国内に入れること自体がリスクになると?」
「その通りですわ。ですから、この国の検問はかなり厳しいのです。その代わりに外交自体は盛んに行なっていまして、貿易と交渉で関係を保っているという形ですわね」
レフレッシ様とアミティが婚約発表をしたときに愚痴をぶちまけられて泣きつかれてから一度もヴェルテュには会ってなかったのだけど、なんだか大人びていて落ち着きがある気がする。実際に歳を取ったからというのもあったけど、王宮お抱えの役職についたというのもあるかもしれない。
「話がそれましたけれど、貴方のその症状もこの国では扱われていない魔法によるものだろう、ということですわね。そこまで考えて、改めてレフレッシ様に確認して裏取を行いました。わたくしとしても貴方のような事例が他に現れないとも限りませんし、対応の仕方を考える必要があるかと思いましてね」
「ヴェルテュ様は博識でいらっしゃいますね……。流石司法官と言うべきでしょうか」
「ふふっ、もっと褒めてくださっても宜しいですのよ? ……ああ、一応対処法が見つかるまでわたくしもこの件については他言いたしません。下手に騒ぎになられても困りますからね」
予想外だけど、事情を知る人物が増えてくれたことはかなりありがたい。幼少期はすごいめんどくさそうな人だという印象がぬぐえなかったけど、まあちゃんとした人みたいだし。
そうだ、この際だから女王様についても聞いておきたいな。私は辞書を開いて「王」の単語を指してラフィネに見せると、ラフィネが小さく頷いた。
「ヴェルテュ様、もう一つお聞きしてもよろしいでしょうか?」
「ええ、どうぞ」
「ティーレ様はどのようなお方なのですか? お優しい方であると聞いてはいるのですが、私が成人した時は先代でしたので、実はお会いしたことがなくて」
ヴェルテュは「そうですわねぇ」と口元に手を当てて考えるような仕草をする。数秒経って、言葉を吟味するようにして続ける。
「聡明でお優しい方といえば簡単なのですけれど、底が知れない方ですわね。察しが良いのでしょうかね、悩んでいるときにすれ違うと大抵お声がけ下さるし、彼女が怪しいと言った人物が本当にスパイや反乱者であったり……」
なんか、すごい人だな……。そんなにスペックの高い人物なのか女王様って。そんな人にこれから謁見しに行くのか。私の状況について明かそうかどうか迷っていたところだったけど、それだけ察しが良いのなら言わなくてもすぐにバレる気がする。なんかちょっと怖いな。
「とはいえ、人格者であることは変わりないと思いますわ。あの王族あってのルラシオン……と言ってもいいかもしれません」
「女王様の事を信用されていらっしゃるのですね、ヴェルテュ様は」
「そうですわね。指揮者としても、友人としても信頼できる方だと思っています」
ヴェルテュが小さく頷きながらそう言うと、扉がノックされる。
「あら、女王様からお呼びがかかったようですわね」
私はその言葉に頷きを返して立ち上がると、扉に向かって歩き出す。
「……ああ、そうですわ。そこのメイドの方……ええと、ラフィネ……といったかしら」
私が扉に手をかけた時、後ろからヴェルテュが声をかけてくる。
「あ、はい。何でしょうか」
「貴方はここに残っておきなさいな。謁見はラリアさん一人で行って頂きますわ」
「……やはり、一緒に謁見するのは難しいでしょうか?」
私は話すことができないから、ラフィネが傍に居てくれないと初めて会う人に対しては中々意思疎通がやりにくい。だから、できればラフィネと一緒にいければよかったのだけども。
「そうですわね。謁見の場は一人で行くことが定められております。貴方がたに理由があるのは承知しておりますが、特例を認めるわけにはいきません。……それに」
「それに?」
「心配せずとも大丈夫ですわ。謁見の場では結局一言も話せなかった方もいらっしゃいますからね」
まあ、緊張するだろうしなぁ……。
それなら仕方ない、私一人で謁見に向かうとするか。いつもラフィネと一緒に居るから、いざ女王様に会うという時に一人で行かないといけないのは心細いものがあるけれども。
「分かりました。……お嬢様、頑張ってください」
「貴方はラリアさんが戻ってくるまでわたくしとお喋りでも致しましょう。お聞きしたいこともある事ですし」
二人に見送られて扉を開けると、先程部屋にいたメイドが私についてくるように促してくる。私はそれに従って歩を進めた。
ついに謁見か。……私の人生がこれで決まるのかと思うと不安で仕方がないけど、やるしかない。
行こう、女王の待つ部屋へ。
おかげさまでネット小説大賞十にて一次選考を突破いたしました。
本当にありがとうございます。
ゆっくりではありますが更新は続けてまいりますので、どうぞのんびりお付き合い頂ければ幸いです。




