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転生令嬢は喋れない  作者: どりーむぼうる
第1章 おしゃべり伯爵の御令嬢は無口少女
16/34

1-15:令嬢は未来へ進むべく

 屋敷に到着した後、私達は調査員になりたいことを父上に伝えるために、お互いに身だしなみを見直してから執務室に向かう。

 執務室は相変わらず本や資料が並べられていて、狭くはない部屋にいるはずなのに、窮屈な気分になる。


「旦那様」

「なんだね」

「お嬢様と私から、お話があります」


 ん?「『お嬢様から』話がある」じゃないのか。言葉の綾かな。

 忙しそうに資料に目を通していた父上は立ち上がり、私達へ椅子に座るよう促した。

父上と私達とで、向かい合って座る。


「なんだね」

「僭越ながら、代わりに私からお伝えいたします」

「お、お嬢様は、ご自身の将来について……」


 いけない。すっかり忘れてた。私の考えを伝えるっていっても、ラフィネが私の代わりに言葉にして父上に伝えなくちゃいけないんだよな。そりゃあ緊張するよな……。


「お嬢様は、今ご自身の置かれた状況を踏まえた上で、将来について悩まれた結果、他家に嫁ぐのではなく、国交調査員として活躍されることを望まれております」

「……は?」


 開口一番、父上の口から出たのがこれだった。

 父上は「考え込んでます」とでも言いたげな動作で額を押さえた。そして、暫くした後に。


「少しそこで待っていなさい」

 

 と、言って部屋から出た。取り残された私とラフィネはお互いに顔を見合わせる。


「やはり唐突過ぎたでしょうか……?」


 ラフィネが困った顔で私に言った。私はそれにどう答えればいいのか分からず片眉をひそめながらうーん、と首を傾げる。

 まあ、言葉も話せず文字も書けない人が国交調査員なんてできるのか、という話だ。調査したところで所見も論文も書けないのだから。私にはラフィネがいるから最悪そう言った提出文書はラフィネに書いてもらう事になると思うけど……現地の人と会話は出来ないし、やはり枷も多いわけで。それでちゃんと調査員として成り立つのかは正直分からない。

 そんなことを悶々と考えていると、父上が母上を連れて帰ってきた。なるほど、母上も交えて話をしろと。そういう事か。


「どうなさったんですか? 突然呼び出したりして」

「どうもこうも……。ラリアが突然国交調査員になるなどと言い出してな」

「……成程」


 そう言うと、母上は軽く目を細めて私の方を見据えた。あれは相手の真意を見定めてるときの目だ。正直怖い。


「それで、あなたの見解としてはどうなのです」

「私としてははいそうですかと頭を縦に振ることもできない。会話もできない者が国交調査員になるなんて前例は聞いたことがない。それに、突然こんなことを言い出すという事は、デクシア侯爵の提案を鵜呑みにして突っ走っていると簡単に予想が付く」


 ……鋭い。

 まったくもって図星なのだが、こっちだってきちんと考えて、恐らく最善の手であると踏んでの意見だ。考えなしに言ってるわけじゃないんだぞ。


「そうだろう、ラフィネ?」


 うわ、こっちに振ってきた。どう答えたものか……ラフィネが答えることになるから私がいくら考えた所で意味はあまりないが。


「確かに国交調査員の道を提案してくださったのはデクシア侯爵様でございます」

「そうだろうな」

「ですが、調査員の道に進みたいと決心したのはお嬢様自身でございます。勧められたからと言って考えなしにお決めになったわけではございません」

「……む」


 頑張って喋るラフィネの横で、私はひたすら頷いて、ラフィネの言葉に間違いは無いとフォローする。

 父上は表情を変えないで、黙って聞いている。父上は黙っていれば威厳があるしっかりした人物だ。実際世間でもそう言う評価で通っている。ちょっと頼りない雰囲気を感じてしまうのは私が彼の事をよく知り過ぎているからに過ぎない。

 そして横に母上がいるのも相まっていつも以上に冷静に見える。

 考えてみれば私が話せなくなった原因が女神によるもので、その情報を共有しているデクシア侯爵やアミティやレフレッシ様がいたからこの答えにたどり着いたわけで、そもそも女神という存在を信じてすらいない父上が突然聞いたら驚かない訳がないのだ。

 それに、父上も母上も私には結婚するくらいしか残された道はないだろうと考えていただろうに、結婚しないで国の役員になりますなんて言われたら……最悪怒られるだろう。

 ……と、思っていたのに、何故か妙に父上は冷静だった。


「調査員になって、何がしたいのですか? 貴方に何ができますか? 国の役員というのは生半可な気持ちでは成れないのですよ。そこまでの覚悟が貴方にありますか? ラリア」

 

 黙っている父上の代わりに母上がそう私に問いかけた。

 確かに、王国直属の役員なのだから地方の役員とはわけが違う。簡単に選ばれるわけでもない。

 それに、調査員になって何をするのか、何ができるのか。勿論私の呪いを解くためなんて言えないし、言った所でそんな自分勝手な理由は許されない。正直な話、この国はどうして魔力の低い人間が多いのかとか、魔法が発展してない弱い国のはずなのに他国に攻撃されずに済んでるのかとか、そもそもこの国の常識って他国じゃ通用しないんじゃないのかとか、知りたいことは山ほど出て来たので、調査員になってその辺りを調べていければ一石二鳥……という思いもあるのだが。

 知りたいという気持ちだけで役員になれるほど世界は優しくないだろうし。どう説得するのが最善なんだろう。


「……」


 私もラフィネも黙ってしまう。

 ラフィネが考えていることも私と同じであるなら、これまた同じようにどう言ったものか考えあぐねているだろう。勢いで話をしにいったから説得するための言葉なんて考えてなかったし。

 ここは一度「もう少し考えます」とでも言って一旦引いて考えを纏めよう。そう思ってラフィネの方に視線をやろうとした時、ラフィネが口を開いた。


「お嬢様は、国交調査員となり、ルラシオン王国の役員として、王国の発展に貢献したいとのお考えに至りました。貴族社会でのコミュニケーション能力に大きな枷があるお嬢様ですが、現地調査においてはどちらにせよ通訳を介すわけですからご自身が話せなくてもそこまで問題ではございません。私が御傍に居れば調査内容を文章にしたためることもできます」

「ふむ、意図しているものは分かりました。しかし、先程も言った通り王国直属の役員になることは簡単な事ではありません。これから4年間勉学に励み、調査員になるにふさわしい人間になる覚悟はあるのですか?」


 母上が私とラフィネをじっと見つめてくる。圧がすごい。


「勿論、国王陛下への謁見が許される15歳を迎えるまで、これまで以上に勉学に励み、諸外国の文化を知り、見聞を広めます。私も全力でお嬢様のサポートをいたします。そして、調査員となったあかつきには、そのお努めを果たすことで、国の役員内でのロクァース家の名を更に広め、ロクァース家の更なる発展にも寄与することができると、そう考えております」

 

 ラフィネが母上に対して、私が伝えてもいない私の気持ち、覚悟を話し始める。

 な、なんでそんなにスラスラと言葉が出るんだよ。打ち合わせなんてしてないのに。しかもロクァース家にとっても利のある提案だ。

 真意を伝えることが難しい以上、武器になるのは向上心と利益だ。そういう意味で、ラフィネの説得は理にかなっている。私はどういえばいいのか思いつかなかったのに。すごい。


「ラリア。ラフィネが言っている事に偽りはありませんね?」


 私は内心の驚きをなるべく隠しながら、少し大げさに、はいと頷く。


「ふむ……」


 母上は考え込むようなそぶりを見せて、父上の方に顔を向ける。


「……と、いう事らしいですけれど、どうです? あなた」

「うぅん……」


 父上は眉間にしわを寄せている。なんだかちょっと納得いっていないような顔だ。


「……わかった」


 結構な間を置いて、渋々と言ったように父上が答えた。


「……よ、よろしいのですか、旦那様!?」

「ああ、考えていることは、わかったつもりだ。それに……この前、私はお前に任せると言ったからな」

「旦那様……ありがとうございます、ありがとうございます!」


 そんなに大袈裟にお礼を言わなくても、と思うくらいラフィネは父上に対して丁寧に感謝の言葉を口にしていた。なんだか、眼は少し涙ぐんでいるように見える。

 その様子を見ていた父上が小さくため息をついて、母上は笑みを浮かべていた。


「だが、決めた以上努力は怠るでないぞ。必要な文献があれば用意はしてやる。私やロージュを失望させることの無いように」


 父上はそう言ってもう一度小さくため息をつくと、ふいと私達から視線を逸らして書物を手に取った。なにか関係のある書物でも見せてくれるのかと一瞬思ったが、どうやら仕事に戻るだけのようだ。

 母上は父上の様子を見てくすくすと笑いながら私達に部屋から出るよう促した。私達はそれに連れられて部屋を出る。

 執務室を出る際も、ラフィネは父上に対して普段以上に頭を下げて、何度もお礼を言っていた。


「あの人、あんな態度取ってるけれど……本当は貴方の事を人一倍心配しているのです。頑張りなさい、ラリア。母は貴方が決めた道を応援しますよ」


 ふ、と。優しい笑みを浮かべて母上は私に言う。さっき私達を見定めるような顔をしていた時とは対照的な表情だ。

 母上はやはり頼りになるというか、父上は母上がいるからこそであると思わせられる。

 私は母上にありがとうの意を込めて頷いた。それを確認すると、母上は私の頭を撫でて自室へ戻っていった。母上の後ろ姿を見送った後、私はラフィネと共に部屋に戻ることにした。

 私の部屋に戻った途端、廊下では大声を出すまいとあえて黙っていたであろうラフィネが抱きついてきた。


「……お嬢様! 良かったです! 私、私……!」


 抱き付かれたままおいおいと泣きだすラフィネの背中をポンポンと叩き、暫くいいようにされていた。正直苦しいのだけど、この結果はラフィネがいたからこそだし、ラフィネの喜びも分かるから受け入れることにした。

 それにしても、本当にラフィネは私の事なのに自分の事の様に反応してくれる。まあ10年の付き合いだし、並々ならぬ思いがあるのは分かるけど……。

 暫くしてラフィネが私を離した後、感謝の意思を伝えるために私は「ありがとう」の文字を指さした。


「はい! ……はい! 大丈夫ですよ、お嬢様。お気持ちは十分伝わっております。それに、私本当に嬉しいのです。確かに役員になることを目指すにおいて苦労することは多々あるかと思います。でも、結婚するために生き急ぐお嬢様を見るより全然いいなと」


 あー……、うん。確かに色々焦ってたからな……。

 というかそのセリフもなかなかにやばいからな。他の人に聞かれたら怒られるぞ。


「それよりも、明日から新しくお勉強ですよ、お嬢様。やることは山積みです。……ふふふ、気合が入りますね!」


 これは完全にスイッチ入ったな。こうなったらなかなか止まらなそうだ。明日から大変そうだなこれ……と、明日からの事を少し危惧する私だった。


 その夜。私はベッドの中でなかなか寝付けないでいて、意味も無く天蓋を見ていた。

 今日は長い日だった……。

 もう結婚の事を考えなくていいと思うと、なんだか変な気持ちになる。今までの貴族社会の常識的に結婚することが当たり前だと思っていたから、レールを外されたような気分だ。……あの女神にこういう状態にされた時点でレールなんて壊されたようなものだけども。

 もしかしたら、私は今までずっと、結婚を望んでいなかったのかもしれない。ただ貴族の令嬢として、結婚するのが当たり前だという価値観に縛られていただけなのかも。

 そういえば父上も母上も、私が調査員になる理由は聞いてきても、なんで結婚しないのかは聞いて来ないんだな。結婚することに執着してるわけではないのか。チュルヌがいるからかな。


 やっぱり、色んな考えが思い浮かんでしまい、眠れそうにない。

 部屋には監視役のメイドがいるから、気が付かれないように寝返りを打って色々と考えを纏めてみる。

 調査員になるには、国王に謁見し、役員に選ばれる必要がある。当然、ただ謁見すれば済む訳ではない。それなりの……いや、かなりの知識が求められるだろう。

 諸外国、どの国に派遣されても問題無いことをアピールするためにも、派遣される可能性のある国の歴史や文化、言語くらいは当然、学んでおくべきだな。四年間もの時間が与えられたことは大きい。婚活の必要もなくなったわけだから、その時間を勉学に費やすこともできる。

 言葉を「発する」ことが出来なくても、「受ける」事はできる。知識を蓄えて他人の言葉を聞く力を養うことは出来るのだから。

 そして、勉強のついで……と言うのは正しくないかもしれないが、あの女神の正体も暴いてやるんだ。

この話で第1章は完結となります。

次からは第2章へと入っていきます。宜しくお願い致します。

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