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転生令嬢は喋れない  作者: どりーむぼうる
第1章 おしゃべり伯爵の御令嬢は無口少女
14/34

1-13:少女は世界を見る

 デクシア侯爵邸にやって来た私とラフィネは門番に許可証を見せる。門番はそれを確認すると、にっこりと笑みを浮かべた。重装備とまではいかないが、中々しっかりと全身に防具が装備されている。侯爵家ともなればこのくらいの装備をして門を守るのが当たり前なのだろうか。


「アナトレー伯爵令嬢様でございますね。レフレッシ様がお待ちでございます、どうぞ中へ」


 そう言われて、綺麗な礼を返された。私はそれに返礼すると、中へと歩を進める。

 綺麗に整備された道、手入れの行き届いた花畑。一目見ただけでもデクシア侯爵家が裕福な家だというのがわかる。一体何人の使用人が使えているのだろうか。

 大きな母屋の玄関扉に着くと、そこで待っていた小柄なメイドが甲斐甲斐しく首を垂れた。


「ラリア嬢、お待ちしておりました」


 そう言ってメイドが玄関扉を開くと、大広間が姿を表す。正面には大きな絵画が飾ってあり、その側面には上の階へと続く階段があり、上には巨大なシャンデリア。そりゃあ、私の家だって豪華だけど、流石に階級が上となると家の豪華さも違うというもの。

 もし、私が公爵家に嫁いだら。私もこういう所で暮らすようになるのかと思うと、楽しみでもあるしむず痒くもある。


「レディ、待っていたよ」


 声がして、とっさに声の方へ振り向くと、そこには緑眼の少年。……そして。


「こんにちは、ラリア様」


 金色の長い髪を束ねた清楚な出で立ちの少女──アミティがレフレッシ様の半歩後ろで私の事を出迎えに来ていた。


「こんにちは、デクシア侯爵令息様。それから……アミティ様……アミティ様もこちらへ訪問に?」


 私の代わりにラフィネが疑問を口にする。

 アミティはそれを聴くと「はい」と小さく答えてにこりと微笑む。


「今日は定期訪問の日なのです。レフレッシ様が話し合いをするのなら事情を知っている私も一緒に、という事で。この日にラリア様を呼ぼうというお話になったのです」

「定期訪問? そんな事をされていたのですか?」

「はい。ノトス伯爵家とデクシア侯爵家はお互い政策、情報収集に長けた一族。ですから、こうして定期的に情報交換と親睦を深めるために定期訪問を行なっているのです」


 そういえば、私のこの呪いの件についてデクシア侯爵家の名前を初めて出したのもアミティだったっけ。最初から結構深いところまで関係を持っていたんだ。知らなかった。

 アミティの説明が一通り終わった後、レフレッシ様が付け加える様に続ける。


「僕達は政策上でも家柄でも長い付き合いだからね。近々正式に発表もするつもりだよ」

「……あ、え? そうなのですか?」


 正式に発表、とは親睦を深めるための定期訪問の話……ではなさそうだ。となると、つまり。


「つまり、ご結婚……されると?」

「まだ正式発表ではないけどね。父上の仕事の関係もあるから、準備が整い次第……という所かな」


 まさか本人の口からあっさりと道を閉ざされるとは思っていなかった。なんと、あのダンスパーティーでの行動は遊びだったのか。……いやただの社交辞令か。今の侯爵家は進んでるなぁ……。

 流石に正式に公開してないから今のうちに乗り換える……なんて真似はしないだろうし、私がそれをしたらアミティにどんな顔をすればいいかわからない。無理だ、積んだ。

 軽く茫然とする私を、ラフィネが揺さぶってくる。


「お嬢様お嬢様、お気を確かに……」


 ハッとして、辺りをキョロキョロと見渡して、レフレッシ様と目があって、気恥ずかしそうに咳払いをしながらごまかす私。とても恥ずかしい。

 レフレッシ様は困り笑いを浮かべながら、ごめんね、と前置きをして私に言う。


「君の事を気に入っているのは本当だよ。アミティの友人でもあるしね。パーティの時に会ってから色々と調べたり、渋るアミティを説得して君の事情を聞いたりしたのも僕の意思だし。純粋に君の陥っている状況が気になるって言うのもある」

「私もその関係でレフレッシ様と連絡を取り合って、こちらでも調べていたのですよ。積もるお話もありますので、こちらでお話ししましょう。デクシア侯爵様もお待ちしております」


 手を差し出して私の手を引こうとするアミティ。私はそっと手を取る。

 にっこりと微笑みを返して、アミティはレフレッシ様の先導で私の手を取り歩く。ふと後ろを振り向くと、ラフィネと先ほどの侯爵家のメイドが顔を見合わせて、互いに笑みを浮かべていた。知り合いなのだろうか。


「気軽においでと伝えた手前、この話をするのはどうかとも思ったんだけどね。父様が話したいというから、それに付き合ってくれないか。君も気になっている事だろうしね」


 レフレッシ様は、部屋に着く前にそんな事を私に告げた。


==========================


 客間へと通された私を待っていたのは、言われた通りデクシア侯爵その人であった。一人息子と同じ栗色の髪に緑色の瞳。セミロングに整えられた髪は男性にしては長い類に入るのだろうが、身につけているモノクルも相まって頭の良さそうな印象を感じさせる。……実際頭はいいのだが。

 デクシア侯爵── アッシュ・エピメイリス・デリゲンス様は私が来たことに気がつくと、ゆっくりと立ち上がり会釈を一つ。


「待っていましたよ、レディ・ラリア。レフレッシから呪いの話を聞いた時はまさかと思いましたが、本当に呪われている様ですね」


 どう返そうか迷ったが、素直に頷きを返した。それを確認して、デクシア侯爵はふむ、と声を出して口元に手をやる。


「成る程、事情は大体理解しました。……あぁ、どうぞ座ってください。レフレッシとレディ・アミティも」

「はい、父様。失礼致します」

「ありがとうございます。それでは、失礼させて頂きます」


 私も礼を返して席へ腰掛ける。程なくして先ほどのメイドがティーセットを持ってやってきて、紅茶と茶菓子のセットを各人の前に置いていった。ダージリンのストレートティーだ。

 出された紅茶を一口飲み、一息ついてからデクシア侯爵が口を開く。


「さて、早速ですが本題へと移りましょう。現状、レディ・ラリアの抱えている問題は表沙汰されてはあまりよろしくないものです。……というのも、我が国では魔法は極力発展させられない仕組みがなされているからです」

「……それは、国の政策によるものですか? それとも……」


 アミティが静かに疑問を口にする。

 私はこの国の事情すらよく把握していないから、この国の魔法事情がどれほど発展していて、他の国がどうなっているかはよく知らない。魔法学研究学会という研究学会がある位なのだから、ちゃんと研究は進められている……と思ったのだけど。


「いいえ。そもそも私達ルラシオン王国民は他国に比べて魔力が格段に低いのです。理由は分かりませんが、これは国民性……と言った方がよろしいでしょう。ですから、魔法研究も私たち国民の魔力量でどれほど効率よく魔法を使用するかに重きを置いているのです」


 国民全体的に魔法の力が弱い国か……。という事は、相対的に考えて他国民はもっと魔法が使えるのだろう。よく魔法で他国に侵略されていないな、なんて少し思ってしまう。


「魔法で発展するのが難しい以上、この国では貿易と協定、交流に特化しできる限り争うの起こらないように政策を続けてきている、というわけです。……この辺りは貴方も把握していますね、レフレッシ」

「ええ。その為に隣国との距離が近いデクシア侯爵家は国交にかなりの力を注いでいますから。僕も幼少期からその為に知識を学んでいます」


 その言葉に頷きを返すと、デクシア侯爵は落ち着いた口ぶりで続ける。


「少し話が逸れてしまいましたが、よろしくない、と言った理由もこれでお分かりでしょう。レディ・ラリアがかけられた魔法はこの国では使用できる者がいないはずの高等魔法です。それこそ天使や悪魔と言った人ならざる者の魔力を使用しなくてはならないものなのです。理由はどうあれ、それを国民がかけられた、という話になれば他国からの侵略を危惧しなければならない状況になります」


 あのふわっとした出来事から侵略を想定しないといけないのは困るなぁ……。絶対にあの女神はそんなこと考えてないぞ……。

 そう思っていると、ラフィネがおずおずと手を挙げて発言の許可をもらおうとしていた。デクシア侯爵は優しく笑う。


「何か意見がありましたらどうぞ。今は情報が欲しい状況ですから、身分差を考えずに発言して頂いても結構ですよ」

「……ありがとうございます。それでは」


 そう言って、ラフィネは私が彼女に伝えた様々な事を告げた。私が出会った女神の話や、識字能力、筆記能力等々……。実のところ、まだラフィネにも伝えられていない情報はあるのだけど、前世の話なんてしても逆に掻き乱すだけだと思ったので黙っておくことにした。

 今のところ彼女に伝えているのは熱を出したら女神に会って、そこで魔法を掛けられた、というところまでだ。確かにそうなると女神の動機が謎すぎて逆に分からなくなるのでは、と今になって思ったが、前世の話をどうすればいいのか思い付かなかった。

 ラフィネの話を聞けば、デクシア侯爵は手元にさらさらとメモ書きをし、一通り書き終えたところで再び口元に手をやった。


「女神や天使のいる場所が地上ではないという論説は多いです。ですから、夢の中で遭遇するというのもあり得ない話ではありません。しかし、そうだとするとまた一つ悩みの種が出来てしまいますが……」

「悩みの種、ですか? それは一体……」


 アミティが口を開く。他国からの侵略に加えて危惧することといえば……


「夢の中に介入してこの様な魔法をかけることができるとなれば、私達は天使達に対抗する手段がないという事です。……いえ、前例がない事を見るにそう頻繁に起こるものではないのでしょうが……」

「……そんな事をされれば僕達はいつでも彼らの掌の上。そういう事になるんですね」

「そうなりますね。この件でそこまで問題を大きくはしたくはないのですけれども」


 悩む様に腕を組むデクシア侯爵。暫く考え込む時間が流れて、ふとアミティが口を開いた。


「私もこの件に関わるまで天使や悪魔と言ったものは想像上の生き物だと思っていたのですが、そう言われると実在しているという実感というか、恐怖の様なものが込み上がってきますね」


 そんな、感想じみた言葉を置いたのちに、


「恐らく、多くの国民が天使等の生き物を信じていないのでは? そしてそれは、この国に天使達がいない事の現れなのではないでしょうか?」


 と。問いかける様に続けた。デクシア侯爵は肯定の意味を込めた頷きをかえして続けた。


「はい。この国どころか全世界を見渡してみても発見例は殆どありません。ですから、なぜ他国では天使の存在が認識されているのか謎ではあったのです。が……、夢に介入できるとなると話は変わってきます。魔法に疎いこの国の民であれば夢は夢で終わらせてしまうだろうし、逆に魔法で夢占いなどを行っている様な国では夢に天使が出てきただけでも大騒ぎでしょう。そして、夢に現れるとなれば私達が彼らの後を追うのは困難、という事にもなります」

「つまり、ラリア様の呪いを解くのは不可能であると?」

「現状、難しいでしょうね。特にこの国にいる限りは軌跡を辿ることも困難でしょう」

「では……」

「他国に調査に行くのが一番現実味はあるでしょうか……。とはいえ、それでも望みは薄いですが」


 まさかの国外調査の文字。魔法に強い国に行った方がいいのは確かなのだけど、そんな事出来るのだろうか。


「他国へ調査として赴くとなると、調査員と言う立場を利用する形になるのでしょうか?」


 ラフィネが首を傾げつつ訊ねる。デクシア侯爵が「そうですね」と前置きしてこう返した。


「王国直属の役員、『国交調査員』としての役割を持って調査を行うのが早いでしょうね。立場上、我が国へ各国の情報を送ったり各国との契約の仲介などもしなくてはいけませんが、ただの海外旅行や国籍移動で渡るよりも出来る事は多いはずです」


 国交調査員。その名の通り国外へ渡り、各国の情報を集めて献上したり各国の王とこの国国交の仲介を行ったり、貿易のための資料を用意したりする国の役員である。

 会話のできない私がその立ち位置に着くのはどうなんだ、という疑念もあるが、確かに出来る事は多そうだし国からの援助も出る。レフレッシ様との結婚が難しくなった以上、ここでその道が開かれたのはとてもありがたい。


「調査員として国外へ出るには、まず国王に謁見し、役員に選ばれる必要があるでしょう。そして謁見の機会が開かれるのは、満15歳になった年の春。レディ・ラリアにとっては後4年後のお話になりますね」


 デクシア侯爵が私に向かってそう言った。4年後か……。それまで何も出来ないというのはきついものがあるけど、下手に動くよりは4年間勉強でもしていた方がいいのかもしれない。

 調査員として働くか、貴族としての身分を捨てて旅に出るか、なんとか無理やりにでも誰かと婚約を結ぶか。

 私の元に現れた選択肢を選ぶ時が来たのかもしれない。

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