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転生令嬢は喋れない  作者: どりーむぼうる
第1章 おしゃべり伯爵の御令嬢は無口少女
13/34

1-12:令嬢は結婚をしたいのか

 ガタガタと馬車が揺れる。狭い馬車の中で、私とラフィネは二人、揺られて道を進んでいる。

 そう、今日はレフレッシ様の家……つまりデクシア侯爵の屋敷へ訪問する日。そして今はその移動中、というわけだ。2畳ほどの大きさの内部には、向かい合わせになった椅子が固定されており、私たちはその両側に座っている。

 返事の手紙には色々な考察とお礼の言葉を書き綴っては見たものの、やはり直接話をしたいという事で、この日は色々と楽しみな日であった。先日のセクトル伯爵令嬢の訪問で出鼻を挫かれた感は否めないが、私の婚約相手を探す名目でもあるので話したいことはたくさんある。

 移動中はいつも楽しく私とラフィネは会話をしているのだが、私はもう喋る事は出来ないし、ラフィネも今日は何だか物思いに耽っていて口数が少ない。考え事をしていると思えばため息をついたり、なんだか今日の訪問が好ましくないと思っているような。

 ……私は、どうしてもその様子をただ見ている気にはならなかった。私が彼に会いに行くのが嫌だと言うのなら理由が知りたいし、他の理由でもやっぱり私が知りたい。

 ラフィネの肩を軽く叩いてみる。すると数センチ跳ねる勢いで驚愕したラフィネが「ふえっ!?」という声を上げてきょろきょろと辺りを見渡し、私と視線が合ってぴたりと動きを止めた。


「あっ……お嬢様……」


 そう言った後数秒ほどの静寂が流れて、気まずそうに目を逸らしながら、「ええと」と口にして次の言葉を紡ぎ出す。


「その、申し訳ありません、お嬢様。私、お嬢様が目の前にいるというのにこんな……」


 どぎまぎしているラフィネ。どうも様子がおかしい。私は手に持っている辞書をパラパラと捲ると、「何」の単語を指す。ラフィネがそれを確認すると、少し迷った後言いにくそうに姿勢を正した。


「お嬢様、不躾な話をしてしまっても構いませんでしょうか」


 いつになく真面目な顔でラフィネがそう言った。肯定の意味を込めて私が頷くと、咳ばらいを一度して、腹を決めたとでも言いたげな表情を私に向ける。


「お嬢様は今婚姻を考えていらっしゃることだと思います。それは当然の事ですし、お嬢様が今後話すことができない身体のままであるなら、侯爵夫人の位置に落ち着くのが安定しているでしょう」


 うん……? それは、私の結婚がどうか、って話?


「言葉も文字も使えない、となれば国の役員になるのは無理でしょう。かと言って嫁ぎもしない、役員にもならないとなればお嬢様は要らない子。旦那様の事ですから恐らく勘当されるでしょう」


 そうだね。だから私も焦ってるという訳なんだけど。

 ……で、それで何が言いたいのだろう。なかなか話が見えてこない。もどかしさに少し眉を寄せる。


「ですが、だからと言って無理に結婚しようと生き急ぐのは、私は見ていて心が痛むのです。ですから、お嬢様に聞きたいのです」


 数秒の間。ラフィネは一度視線を下にやり、私の方に戻してこう言った。


「お嬢様は、結婚がしたいですか? 立場や戦略関係なく、一人の女性として、です」


 思考が一瞬止まった気がした。

 そう言えば、そんなこと考えてもいなかった。貴族の令嬢は嫁ぐのが当たり前だし、私の人生設計としても結婚するのが一番無難な生き方に落ち着くはずだと思っていたから。

 正直、こんな発言を他の人……例えば父上とかに話したら即刻処分くらいのやばい発言なわけなのだが、前世で生きていた社会の知識がある分変に考え込んでしまう。私の感性は未だにこの世界の伯爵令嬢としての側面が強いのだけど、だからと言って前世での記憶が何も影響していないという事もなく、知識として便利なあれやこれやかなり自由な婚姻の流れを知っているだけにその違いを顧みてしまうことはままある。

 それを踏まえたうえで、私自身愛を育むという意味での結婚をしたいのかと言うと、素直にはいとは言えない状況だった。

 だって、貴族は家の権力や内政の為に結婚をする。結婚というのは愛情を確かめ合う行為ではなく、内政の手段なのだ。そこに愛があるかは重要じゃない。さすがに殺し合うレベルに仲が悪ければ離婚するかもしれないけど、滅茶苦茶仲がいいからって平民と公爵は普通結婚しない。……たまに結婚しようとして国が揺れる。

 そんな結婚についての認識を持っていて、今更そんな愛情混じりの結婚について聞かれても困る、というのが正直なところだった。

 ……まあ、レフレッシ様にちょっと贔屓気味なのはあの中でも一番しっかりして優しそうだったからって言う理由もなくはないから、好きで結婚したい、って言うのもあながち間違いじゃないのかもしれないけど。

 などと、思考を巡らす私を見て、ラフィネが悩ましそうに口元に手をやる。


「……やっぱり、即答はできないですよね。申し訳ありません、おかしなことを聞いてしまって」


 私は前世の記憶があるからこの思想も分かるけど、ラフィネは子爵家出身だからとはいえよくそんな考えに至ったよな。と、むしろ感心してしまう。

 でも、だからと言って私に何をしてほしいというのだろうか。たとえ私の婚約使用とする動きが望まぬものだったとして、どちらにせよ私は結婚するくらいしか先がないのだ。

 ……ということを私は単語を組み合わせてラフィネに伝える。単語を並べれば文章を作れるけど、やっぱり時間がかかり過ぎるのが玉に瑕である。


「そうですね、私は……ええと、こんなことを言ってしまうのは本当に伯爵家のメイドとしては勘当ものだとは分かっているのですが……」


 忙しなく手を動かしながら、あーとかうーとか言いつつ言葉を紡いでいくラフィネ。うん、さっきの発言の時点でまあまあ勘当ものだから気にしなくていいと思う。


「お嬢様が結婚をされたくてされている訳ではないのだとしたら、私はしなくていいと思うのです」


 え、でもそれじゃあ私のこの先真っ暗コースなのでは? と思っていたら、ラフィネが続けてこんなことを言う。


「役員にもなれず、勘当されてしまうかもしれません。そうすればお嬢様は転落人生。……ですが、何も貴族であることが幸せではありません。平民としてつつましく生きながら旅をして呪いを解く手段を探すことだって選択肢にはあるのではないのでしょうか」


 ここに来て爆弾発言。私じゃなかったら頭の無事を心配されるレベル。

 なるほど、そうきたか。私に貴族であることを止めろと。自由に行動できるとなれば確かに平民の方が都合がいいし、旅人なんて知識でしか知らないけど実在するんだから出来ないことはない……はず。難易度は底知れないけど。

 貴族として生まれてここまで育った身としては最終手段にしか思えないけど、まああり得ない提案、という訳でもない。


「……変な事を言ってしまったと思います。でも、お嬢様のしたいように進まれるべきだと思います。こうしないといけない、ではなく。こうしたい、で。大丈夫です、お嬢様がどんな選択をされても、私はついて行きますから」


 優しい顔をして私を見据えてラフィネがそう告げた。

 びっくりするようなことばかり言われた気がするけど、考え方を改める切欠にはなったかな、などと。まあ私の養育係としては落第点どころか危険思想の持ち主なのではとは思うが。私の事を思っての事なので良しとしよう。他の人には絶対言っちゃ駄目だよ?

 私はラフィネに「考える」と指すと、続けて「秘密」と指した。


「分かってます。こんなことを考えているなんて旦那様にでも知られたら、私はお嬢様の御傍に居られなくなってしまいます。……ですからお嬢様、考えが纏まったら私にだけ、こっそりと教えてくださいね」


 ラフィネは人差し指を立てて口元にやる。それを見て私は少し困ったように笑って頷きを返した。全く、不穏な事を言ってくれる。そういうところは嫌いじゃないけどさ。

 ガラガラと車輪が回る音がふと止んだ。かと思えば、馬車の外側からノックをする音が聞こえてきた。


「到着したみたいですね」


 扉が開いて、御者が外へ出るよう促してくる。ラフィネが差し伸べた手を取って馬車を降りると、目の前には大きな門と庭園。その奥に私の住んでいる屋敷の何倍あるのだろうと考えてしまうくらいの大きな屋敷が建っていた。

 初めての訪問に少し緊張してきたけど、色々と聞きたいことも多いし、考えないといけない事もある。


「行きましょうか、お嬢様」


 その声に笑顔で返して、私はデクシア侯爵家の屋敷に足を踏み入れた。

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