1-10:狐につままれ意を伝え
「ねえねえ、あれやろうよ」
「えぇ、本当にやるの? あれ」
見覚えのない部屋で、少女が目の前に数人、私の前に立っていた。
あれ、と思いあたりを見渡してみると、白っぽい壁のちょっと広い部屋に同じ形の机と椅子が等間隔に並べられている。私はその中の一つに腰掛けており、何やら同じ服を着ている少女が2人程机を挟んで立っている。
ここまで認識して、なんだここ? と首を傾げる私。目の前の少女たちは我関せずという感じで話を続けている。
……ところで、あれって何だ?
「ねえ、あれって?」
……ん? 今声が
「え、知らないの? コックリさんの事だよ」
「コックリさん?」
喋ってる! 私喋ってるよ! 何故!
……あ、そうか。これは夢か。そうだ、夢に決まっている。だってここ私の知らない場所だもん。目の前にいる人達も私の知らない……。
考えだすとどうにも記憶にどこかに突っかかった感覚がしたので熟考してみる私。
知らない……いや、知ってる。これは前世の記憶だ。前世の私が学生として学校に通っていた頃の記憶。前世の記憶を思い出せるようになっても思い出そうとしないと思い出せないのはだいぶ欠陥である気はするけど、かと言って一気に前世の記憶が全部流れてきたら頭がパンクするのでまあ正しい気もする。
まあ夢なら何でも良いか。内容的にあの女神が来る気配もないし、覚めるまでじっくり鑑賞でもしておくか。
「コックリさんっていう神様? だっけ。忘れちゃった。……に質問をすると答えが返ってくるっていうおまじない!」
「ふぅん? どうやるの、それ」
「えー、本当にやる気なの?」
やる気のなさそうな片割れが引き気味で声を上げた。何、なんか危ない儀式的なやつだったりする?
「もちろん! なに? 怖いの?」
「こ、怖くはないよ! で、でもさぁ……」
「良いじゃん! やろうよ!」
……という感じに、ちょっと無理やりな感じで話が進んでいき、結局コックリさんをする事になる。
記憶を辿ってみると、コックリさんは文字を書いた紙の上に十円玉を乗せて、みんなでその十円玉を動かして答えを聞く……みたいなやつだったはず、と思い出す。
本当にコックリさんとやらが教えた答えなのかはよくわからないけど。
「ほら! ちゃんと道具も用意しておきましたので!」
「マジ……」
そんな感じで、とんとん拍子に話は進んでいき、紙を広げて十円玉をセットする少女。
あぁ、これ記憶を辿って見てる夢だから勝手に進んでるのか。
「じゃあ、今回聞くのは……の運命の人の名前ね!」
十円玉に互いの指を乗せて、私達は一斉に声を上げる。
「コックリさん、コックリさん、教えて下さい」
声を上げると、大分怪しい動きをしながら十円玉が動き出す。
結局これがどういう原理で動いてるのかはよくわからないし思い出そうとしても出てこないから前世の私も知らないのだろう。
そう考えているうちに、動く十円玉がいくつかの文字を指し示す。
れ、い……うん、別に名前はどうでも良いや! 覚えたところで使えないし。
……ん? 表になってる文字を指してものを伝える……?
……………………これだ!
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そう思った瞬間、私は飛び起きていた。
部屋の電気は消えていて、ほとんど真っ暗だった。ついでに天蓋のカーテンも閉まっているので夜の間につけているカンテラの光すらあまり見えない。
ただ、飛び起きたときの音で部屋にいるメイドは気が付いたようで、慌てて椅子から立ち上がる音が聞こえた。
「お、お、お嬢様!?」
カーテンが開かれて、ラージュの顔が飛び込んでくる。ああ、今日の見張りはラージュだったのか。ラフィネは……今は寝てるかな。
「どうされたのですか、お嬢様……。悪い夢でも見られたのでしょうか?」
カンテラに灯された顔が映る。完全に心配している顔だ。まあ突然首を吊ったから1人にさせないようにと夜中もこうして見張りにつけてるわけだし、夜中に突然動き出したらビビるか。
でも今回は悪夢ではなく良い夢だったので、私は否定の意味で首を振る。それを見たラージュが安心したように息をついた。
「良かった……ですけれど、ではどうしてこんな夜更けに目が覚めてしまわれたのでしょう?」
首を傾げるラージュ。そうだね、至極当然の質問だ。と思いながら私は部屋の本棚の方を指差す。
視線の先を見たラージュがえ? と声を上げて悩み出す。
「ええと、本、ですか?」
そう、本! 出来れば辞書みたいなのがベストだけど、この際文字が書いてあればなんでも良い!
私は本を持ってきて欲しいと本棚と自分を交互に指差す。
「……お嬢様が本……?」
うーん違う。わからないかなぁ! と、悩みつつ本を読むジェスチャーをしてみたりなどする。
そこでようやく気づいたラージュが本を一冊持ってきて、私に手渡した。
『動物図鑑』
やりにくいのがきたなぁ! まあ良いか、仕方ない。
本を開いて、パラパラとページをめくる。
「お嬢様……こんな夜に本を読むと眠れなくなってしまいますよ……?」
そう言いつつカンテラをこちらに向けてくれるラージュは分かってる。
欲しい単語があるページを見つけて、私はその単語を指差す。ラージュがそれに気づいて、刺された単語を読むと再び首を傾げた。
「メモ? なんのことでしょう?」
一つの単語で伝わるとは思っていない。とりあえずラージュにこの方法の覚え書きでも書いてもらうため、いくつか単語を指し示す。
「メモ……用意……すぐに? ……わ、わかりました! 少々お待ちを」
ベッドから数歩後ろに下がったあと、机の上にあるメモ紙に手を伸ばす。途中で鈍い音と「痛った……」という声が聞こえた気がするが聞いてなかった事にしておこう。
メモと筆記具を持ったラージュがベッドの前で立ち止まる。
「用意できました、お嬢様!」
その声を聞いて、私は次の言葉を指差す。うん、これはいけるのでは?
「本……指す……伝える……?」
と、そこでラージュの動きが止まる。
「それ! それですお嬢様!」
気づいてくれたようで何より。
ラージュが私の肩を掴んでめっちゃ揺さぶってくるけど、嬉しさの表現ってことで許してあげよう。力強すぎてめまいしそうだけど。
いやしかし、たまには役に立つじゃないか前世の記憶。これで意思疎通できるようになったら色々解決出来る。よくやった前世の私。
……よく良く考えたらこうなってる原因も前世の記憶なので褒められたものではないが。
「流石お嬢様! 私では思いつきませんでした。これで私たちも少しお嬢様とお話しすることが出来ますね」
ニコニコしているラージュ。うん、私も安心した。
「あ、ちゃんとメモは取っておきますね。明日になったら旦那様やラフィネにも伝えてあげましょう」
それには賛成、ということで頷きを返した。
見張りとして夜中も誰かがついててちょっとよかったと思う。もし誰もいなければ私はきっとラフィネの部屋に突撃していただろう。そうしたら私の奇行リストが増えてしまう所だった。感謝。
……夜中にテンションが上がってしまい、その後寝付けなくなった私が次の日に寝坊をしたのはまた別の話である。




