砂漠の果てで
時代が進むにつれて、驚くほど豊かに文明を発展させてきた人類。
しかし彼らは遠く広大な宇宙への見果てぬ夢を抱いたまま、ちっぽけな目先の欲望に負けた結果として同じ星の中で互いに破壊し尽くした。
とめどなく続いた度重なる戦争の影響により世界的に砂漠化が進行し、多くの文明、文化、資源や命が失われてしまった世界。
このまま終焉を迎える終末期を感じさせる広大な砂漠の中に、まるで女神のように点々と存在するオアシスだけが、かろうじて人類を生き延びさせてきた。
大陸全土が砂漠と化した世界では、文明をはるかに後退させてしまった人類は海や川に沿うか、オアシスにすがって住むことを強制されたのだ。それが人類の過ちによるものだとしても、この時代の人々には何の罪もなかったにもかかわらず。
――数百年も前に豊かな時代は終わった。
誰もが物心ついたころに大人たちから教えられる、すんなりとは信じがたい悲しい現実。
それでも、人類は生きることを決してあきらめてはいなかった。
「……新天地か」
四方を砂漠に囲まれた過酷な現状を前にすれば、より豊かで平穏な生活のためそれを望む者も多いが、あくまでも願望に過ぎず、現実的な考えとは思われない。
この世界の一体どこに、すべての人々が不満なく暮らしていける安住の地があるというのだ。
「もしも新天地が得られないのであれば、人口を減らそうと主張する者もいるようですが」
現状、彼らの町が本来のキャパシティー以上に過密しているのは事実である。
だが、それを理由にして意図的に人口を減らすなど正当化できるわけがない。
すなわちそれは、少なくない人間を町から追放することを意味するのだから。
「それは力ある者の意見か?」
「はい。生活に困窮する民衆たちから出た意見というよりも、まだ生活に余裕があって発言力もある町の有力者たちの意見です。……生産性のない弱者は切り捨ててもよい、つまり優れた人間のみを生かすべきだと」
「残酷だな」
「まごうことなき残酷な手段です。ですが、このままの状態では、ひょっとしたら賛同者が増えてしまうかもしれません。なにせ、みな死んでしまうかもしれないのですから」
「ふうむ……」
ここは奇跡的に恵まれた大きなオアシスを中心とした町、ミースである。
しかし、これまでは豊富な水資源によって安定した生活を送れていたミースも、近年ではオアシスの水の減少という一大事によって窮地に立たされていた。
「オアシスの水が減少している原因はやはり?」
「町の人口が多すぎるのです。私腹を肥やす役人を追放して政治が正しく機能し始めた結果、町が活気づいて皮肉にも人口が増えてしまい……。あなたが王位についてからというもの、生活水準の向上とともに毎年のように水の使用量が増加しているのです」
「……うむ。責任は感じている。だが、問題はそれだけでもなかろう?」
単純に町の人口が増加したこと以外にも、考えられる理由がもうひとつあった。
それはまだ重視するほどの問題ではない。
しかし、何らかの解決の糸口がありそうな原因でもあった。
「ヒビーの生活圏が広がっております」
「ヒビー、あの獣人か」
ヒビーとは、人間に近い外見をした砂漠に住む生物のことである。
一見するとサルに似ているが体毛はほとんどなく、全身が干からびており、見ようによっては二足歩行するラクダのようでもある。
わずかに知能があるとされるものの、うなるばかりで言葉を使うことができないため、これまで人間とヒビーはお互いにあまり関わることなく生きてきた。
そんなヒビーだが、近年では町の近くまでやってくるようになっていた。
「人間と同じく、ヒビーも水を飲みますからね。町の周囲にある地下道などから穴を掘り、地下水を飲む群れもいるようで……」
「しかし、まさか退治するわけにもいくまい。彼らも大切な命には違いないのだ」
「おっしゃることはわかります。私も本心としては同意見です。……ただ、人々の上に立つ者ならば優先順位を誤ってはなりません」
「もちろんだ。万が一の場合にはためらわぬ」
効果的な解決策の見つからない難問は、いつまでも人々を苦しめ続ける。
人々の生活を守るため、もう何時間も熱心に意見が交わされていた城の会議室。
そこへ、突如として予定にない来客がやってきた。
「お父さんは?」
場違いに元気な声で父を呼ぶ、うら若い少女だ。
全員が口を開けないでいるほど重苦しかった室内の雰囲気は、彼女の登場でぱっと明るくなった。
「おお、姫様」
閣僚の一人に姫様と呼ばれた少女は美しく笑う。日差しの強い砂漠には似つかわしくない露出の多い薄着姿で、くりくりとした目は生き生きとしている。
「そんな恰好では肌が焼けてしまいますぞ」
それは単なる注意ではなく警告だ。
日差しの強い砂漠の町で肌を紫外線にさらすことは危険なのである。
「大丈夫よ。これは部屋着だもの。この服装のまま外へは出ないから」
と、無邪気な姫は気取ってポーズをとる。
そんな彼女を見ていると黙ってもいられないのか、今までミースの町を憂えていた王も頭を切り替えて、自分の娘の心配をする羽目になった。
「スカートを翻すのはやめなさい。お前はじゃじゃ馬だから困るんだ」
「ごめんなさい。それよりお父さん、ちょっと町へ出かけてきてもいいかしら」
「ダメと言っても出ていくんだろう。……悪いことをしないなら構わないが、どこへ行くにしても気をつけなさい。昔に比べて治安が良くなったとはいえ、依然として町には危険な者もたくさんいる」
少しだけ顔が険しくなった王の言葉に、今度は姫が不服な顔をする。
「それなら大丈夫よ。どこへ行くにしたって私は一人で出歩かないんだから」
すねたような娘の反論に王はしぶしぶ説得をあきらめ、小さなため息を漏らした。
「またあの少年か。あまり遅くまで遊ぶのではないぞ? 暗くなると急に冷えるからな」
「ええ、ええ。言われなくってもそのつもりよ」
姫は適当に返事をすると、ひらひらと手を振りながら外へと駆け出した。
岩や砂ばかりの砂漠にも、水のあるオアシスの周囲にだけは様々な植物が繁茂していた。
無造作に雑草の広がる地帯では、砂漠に適応した家畜が飼育されている。この町に生きる人々にとって重要な食料だ。遠い過去に品種改良されたという動物たちの肉は栄養も豊富で実においしいごちそうなのだが、これは飼育数の問題上、めったに食べることはできなかった。
そのため、代わりとしてこの町でよく食べられているものはオアシスに住む魚であった。
貴重な食料である家畜の世話は、手の空いている住人が分担して行う仕事である。今日も数人の大人たちが汗だくになりながら働いていたが、その中に、いつもいるはずの少年の姿が見当たらなかった。
もちろん彼には大事な仕事を欠席するだけの理由があった。
なにしろ彼は重要な人物の相手を任されたのだ。
「あら、律儀にも門で待っていたのね」
お願いしていたわけでもないのに自分が出てくるのを門前で待っていたことが嬉しいのか、少年の姿を見つけたとたん姫の顔が太陽のように明るくなる。
一方、待ちくたびれた様子もなく少年は落ち着いて答えた。
「ええ、それはもう当然でしょう。やんちゃ娘であっても王族は王族、きっと全員に顔と名前を憶えられている町ではあなたを一人にしておけませんからね」
「心配してくれているなら、ありがとう。忠告のつもりなら、余計なお世話ね。でもやっぱり待っていてくれて嬉しいわ。さあ、それじゃあ行きましょうか」
楽しげな姫と緊張した少年は並んで町の中へと歩き始める。
だが、すぐさま二人には距離ができてしまった。
「あ、姫、走らないでくださいよ!」
「……あら? あなたも私のことを姫って呼ぶの? 名前でなくて?」
そう言って振り返った姫は見るからに不服そうな表情をしており、それを態度でも示すべく胸の前で腕を組んで立ち止まった。
どうやら少年から姫と呼ばれるのは気に食わないようである。
「理解してください。僕だって気を遣う年齢になったんです。人前で姫様の名前を気安く呼ぶのははばかられるようになったんですよ」
「それでも私はシルルよ。あなたは従者でなくて友達よね? だったらあなたには名前で呼ばれたい。これって非常識な感情?」
「……わかりましたよ、シルルさん。公の場でもなければ、これからもそう呼びます。それではシルルさん、改めてお願いですから走らないでください」
「わかったわ。これからもシルルと呼んでくれるなら、ちょっとは譲歩して私もあなたのペースでゆっくり歩くことにするわ」
名前で呼ばれることが嬉しいらしいシルルは自然と笑みがこぼれて、今度は隣に立って同じ歩調で二人は歩き出した。
オアシスの町、ミースは周囲を岩の壁で囲まれている。大昔に外敵から町を守るために石を積み上げて作られた壁であったが、最近ではその存在意義が薄れ、崩れた部分があっても最低限の修復さえされていなかった。
それが引き起こす災難はひとつ、部外者の侵入である。
雑談をしながら仲良く進むシルルと少年の二人も、ほぼ同時に町の異変に気がついた。
「なんだか騒がしいわね?」
「どうやら向こうで何かあったようです。雰囲気からして楽しい出来事ではないようですが。シルルさん、むやみに首を突っ込んでしまうのは危険ですから今日はもう帰りましょう」
「帰るだなんて、とんでもない! 何かあったら対処するのが私の役目なのよ」
持ち前の好奇心だけでなく、姫としての責任感や使命感に駆られたシルルは歩調を速めた。本当は足止めしたかった少年はそれを慌てて追いかける。
そう遠くない場所だったため、二人はすぐに騒ぎの中心にたどり着いた。
「シルルさん、見てください。あれ、ヒビーですよ」
町の一角に集まっている人々の視線の先にいたのは、傷だらけでしゃがみこんでいるヒビーだった。
そのヒビーに向かって、人々は罵声とともに石を投げつけていた。
「町から追い出すためとはいえ……あれは、いくらなんでもやりすぎですよね」
そう言ってシルルの顔を見た少年は、それ以上声をかけることができなかった。
シルルは泣いていたのだ。
目に涙をためて、悲しげに、ただ一点を見つめていた。
この砂漠の世界を生きる命の種類は少ない。それでも、たった数種類の生き物とさえも共生することができない人間。
戦争に次ぐ戦争で無残に殺し合ってきた人類の可能性はそれほどに小さいのであろうか。
「シルルさん、大丈夫ですか?」
少年が不安そうに尋ねた声は彼女の耳に届かなかった。
覚悟を決めたシルルは静かにヒビーに近づいていく。
「みんな、やめて!」
そうしてヒビーのそばにたどり着くと、一定の距離を置いて人垣を作っていた周囲の人々に向かってシルルは必死に叫んだ。みんなにこの思いが伝わるようにとの願いを込めて。
祈るように、懸命に叫ぶ彼女を前にすると、ようやく石は投げられなくなったが、興奮状態になっている人々の口までは止まらない。
「やめてって、姫様は何を言ってるんです! そいつらのせいでオアシスの水が危ないのかもしれないんですよ!」
「農作物や家畜だって荒らすし、人間だって襲いかねないそんなのが町にまで入ってきたら危ないわ!」
「まったく! あなたの父である王様に感謝はしていますがね、そうやって理想だけが高いのは迷惑ですよ!」
荒れ狂う怒号の中、すっかり委縮してしまった少年は何もできずに言葉を失っていた。中心にいるシルルは反論せずに、ただじっと立ち尽くす。いつまでたっても無抵抗な彼女の様子を見て頭が冷静になってきたのか、いつになく熱くなっていた人々は己の言動を恥じるように少しずつこの場を離れていった。
周囲に人がいなくなったとき、たった一人、シルルはうずくまったヒビーを介抱していた。見ているだけで何もできなかった少年は、声を掛けたいと思いながらも、なかなか彼女に近づくことができなかった。
怖かったのではない。自分が情けなかったのだ。
「あの、ごめん……」
何かをする力を持たない少年の一言に、シルルはまったく反応しなかった。
少年は何も語らず、無言でシルルに手を貸した。
しばらくしてヒビーが元気を取り戻すと、やっと二人にも笑顔が戻った。
野生で生きていくには難しい怪我を負ったヒビーにはつらいことかもしれないが、かといって町の中で飼うわけにもいかない。二人は日が暮れる前にヒビーを町の外へと連れ出した。
少女は去り際、寂しそうにつぶやく。
「ねえ、明日も私と一緒にいてくれる?」
「いいですよ」
この砂漠の町では、楽しいことよりも苦しいことが多いのは誰でも同じだった。
しかし、だからこそシルルには高尚な夢があったのだ。
差別のない、平等な幸せ。それが理想に過ぎないことはわかっていても、それを目指すことが自分の宿命だと信じていたのである。
翌日もいつものようにやってきたが、明らかに普通とは異なる出来事があった。
それは、町の命であるオアシスの水に起こった。
この町ではオアシスの水量を週に一度きっちりと検査するが、その検査の結果、たった一週間で水量が激減していたことがわかったのである。オアシスを頼りとする人々にとって、オアシスの水がなくなることは死を意味するため、動揺はすぐに広がった。
重要な資源であるオアシスの周りには多くの人が集まっていた。
そこには当然のごとくシルルと少年の二人がいた。
オアシスに集まる人々の感情は単なる悲しみや恐怖ではなかった。未来に対する絶望である。
かつて人類は世界規模の戦争の果てに滅亡しかけた。それを奇跡的に生き延びたからといって、傲慢な人間に幸せなど保障されていなかったのだ。
「水がなくなる」
誰ともなく発せられた沈痛な一言。
このまま解決策が見つからなければ、結果がどうなるのかは誰にでもわかっていた。
「ああ、姫様。どうなさるおつもりなのですか。あなたたちは」
あなたたちとは、おそらくオアシス問題に対する王の対策のことだろう。
シルルは小さな声で答えた。
「なんとかします」
「なんとかって、手遅れになる前に大規模な対策をしないと」
「そうそう! 現実的で効果的な案を期待しますよ」
「ええ、もちろん」
言葉とは裏腹にシルルはますます小さな声で答えた。
まだまだ大人でない彼女には荷が重過ぎる。姫様ではあれ、シルルが悩み苦しむ必要はない。
王がきっと、なんとかしてくれるはずだから。
「シルルさん、行きましょう」
「……ええ」
無力感に包まれた二人は静かにオアシスを離れた。
夜が近づいたころ、シルルは少年を城の中へ招待した。一人でいたい気持ちよりも、二人で一緒にいたいと思う感情のほうが強かった。
「そろそろ夕食ね」
シルルが嬉しそうに微笑むのは、何も空腹だったからではない。
久し振りに彼と一緒に食べられるからだ。
「本当にいいんですか? 王族でもない僕が一緒にいても」
申し訳なさそうに問われたので、シルルは不思議そうに少年の顔を覗き込む。
「いいに決まっているじゃない。私が頼んだことなのよ?」
二人が食堂に入って一時間。時刻はもうじき七時になろうとしていた。
「食事の準備はまだかしら。私、のどが渇いたから水を飲みにいってくるわ。自分の部屋の水道なら、誰の邪魔にもならないでしょう。一緒に来る?」
「いや、いいです。僕はここで待ってますから」
「そう、じゃあね。私が戻ってくるまで、しばらくここで待っていて」
そう言うとシルルは自分の部屋へ向かったので、いつだって彼女に従順な少年は言われたとおりにしばらく待つことにした。
しかし、彼女のしばらくは意外と長く、シルルはなかなか戻ってこなかった。
少年がすっかり待ちくたびれたころ、にわかに城内が騒がしくなった。
何事かと不思議に思っていると、城の兵士があわててやってきた。
「大変です。城内で数名の者が毒にやられてしまいました」
「え? なんですって?」
「あの、今、姫様はどこに? あなたと一緒にいたのでは……」
「彼女なら自分の部屋へ水を飲みに行きましたが……」
「大変です! 毒はこの城の水道に溶け込んでいるのです!」
言葉もなく椅子から立ち上がって走り出す少年と、それを追いかける城の兵士。
二人が行き着いた先には、すでに毒によって儚い命を奪われ、力なく倒れたシルルの姿だけがあった。
「そんな、嘘ですよね、シルルさん……」
シルルは美しいまま死んでいた。息もせず、静かに目を閉じていた。
そんな彼女の姿を目の当たりにして、取り返しのつかないことになったと少年は泣いた。
だが、後悔したところでシルルの死はどうにもならなかった。
ミースの町から少し離れた砂漠の中を、一頭のラクダに乗って二人の人間が移動していた。
一人は三十代の男であり、もう一人は十代の少女だ。
長い間ミースの町を離れていた二人には、それぞれ二つの感情が渦巻いていた。やっと町に帰れるという喜びと、長らく砂漠を旅して、何一ついい知らせが得られなかったという悲しみである。
「もうすぐ町だな」
手綱を握る男が無感情にそう言った。後ろに乗っている少女は心配そうに答える。
「そうですね。町の皆さんはお元気でしょうか?」
「私たちとて、このように無事だったのだ。町の人々もきっと無事に違いない」
容赦なく照りつける太陽は過酷だったが、遮るもののない砂漠を行く二人にとってはもう慣れたことであった。
それよりも今一番の問題は、二人の生まれた町ミースについてだ。
「姉さんは元気かしら……?」
「安心しなさい、おそらく元気に違いないだろう。あの方は活発だからな。それに、いつも一緒にいる立派な護衛もいたではないか」
「護衛というか友達というか……言っているのはオルドさんのことですよね? でも、そうですね。あの方は優しくて正しい人なので安心です」
「そうだ。何も心配することはない。王も人格者だ。町は昔と変わらずあるさ」
「はい。カーンズさんがそう言うのなら、私も信じられます」
町はもう二人の目前に迫っていた。あと一時間も歩けば、多くの人々に迎えられるだろう。
しかしどういうわけか、ここに来て二人には不吉な予感があった。
「ギルシア、気を引き締めろ。なんだか様子が変だ」
「はい。そうします」
カーンズとギルシアの二人は、緊張した面持ちで町の中へ入った。壁に囲まれた町の正面にある小さな門を、誰にも迎えられることなく二人は通り抜ける。
門をくぐった二人が目指す場所はただひとつ、王が待つ城だ。
しかし、このまま寄り道をせず目的地に向かいたいという願いはかなうことなく、早くも町の人々の注目を集めてしまう。
「英雄のお帰りだ!」
「おお! 英雄がお戻りになったぞ!」
このとき、英雄と呼ばれたカーンズは人々の祝福を受けたのではない。
希望と期待の目で迎えられただけであった。
「すまない、私は皆の期待にはこたえられそうもない。申し訳ないが、まずは城へ行きたいのだ。どうか道を明けてくれないか」
カーンズは集まっていた全員に対して丁重に頼んだ。
「ええ、それがいいでしょう。今や町は非常事態なのです。早く城へ向かってください」
何か大変なことが起きている――それを伝える人々の言葉にカーンズは顔色を変えると、背後のギルシアに振り返って、無言で合図を出した。直後、二人はのんびり歩くしかないラクダをすばやく飛び降りて、城へと続く道を駆けて行く。
到着した城の様子は明らかにおかしかった。何か大切なものを失ってしまったかのように、深く沈んだ雰囲気だ。
いや、現実にこの城にとって大切な存在は失われていた。
「姫が絶命したっ?」
カーンズは珍しく声を荒げた。怒りや悲しみと呼ぶべきではない、驚きそのものによって心を乱された。その驚きはギルシアの声までも奪っていた。
「反乱者が出たのです。城に毒を使ったのです」
「しかし、なぜ……」
驚愕と動揺を隠せずにいるカーンズの疑問に答えるのは、この事態を最も深刻にとらえている王である。
「誰かから声明が出されたわけではない。だが推測はできる。きっと私が町のために思い切った政策を行わないからだろう」
カーンズとて、いつかは町が危機に陥ると覚悟はしていた。
だが、それがこれほど早く訪れるとは予想外だった。
それは、どこまでも晴れ渡った砂漠の空に突如として暗雲が立ち込め、恐ろしい豪雨とただならぬ落雷によって荒れ海と化すほど信じられない事態であった。
「しかし、なぜ城を襲うのです」
聞くまでもなく、わかりきったことだ。ただ、とても許せることではない。
「城にいる人間、つまりこの町の統治者である我々が全滅すれば、次に支配権を握るのは純粋に力がある強者たちだ」
「権力を握って、彼らは何をしようと考えているのです」
王はため息をつく。
「この町を支配して、余分な人間を追放するつもりだろう」
「なんと……!」
まるで信じられないと大きく目を見開くカーンズ。
同じく信じられないでいたギルシアは声を取り戻して反論する。
「そんな、あまりにも傲慢です。考えられません」
愛する姉を失ったばかりである娘の心を気遣って、娘を失ったショックを押し隠している王はなだめるように彼女へと忠告する。
「しかし、いきなり毒を使うような過激派だ。目的のためには手加減などしないだろう。なにしろ彼らも命がかかっている」
ギルシアにはそれを否定するだけの根拠がなかった。すでに彼女の姉であるシルルがすでに毒の犠牲となっているのだ。
場に沈黙が続いた。しかし沈黙は冷静さを取り戻すのに効果的であった。
「カーンズ殿、此度の旅の結果はどうであったか」
今から半年前、どこかにあると願いたい新天地を求めて王に送り出された二人の答えは、とても誇れるものではなかった。
「この町の近くには……我々の足で行ける範囲には、安心して人々を移住させられるほどの恵まれた土地はありませんでした」
砂漠となった大陸の偏狭にある地。詳細な地図さえもない王には、この町が世界のどこに位置しているのかさえ見当もつかなかった。
一時であれ町を離れるわけにもいかぬ王に代わって遠征した彼らだったが、旅の果てには越えられない壁があった。
「残念ながら、さらに遠くへと行くには、険しい岩山が障害となっております」
無慈悲な報告を耳にした王は落胆して確認する。
「あなたでも越えられない山であったのか」
黙って話を聞いていたギルシアは緊張した。
もしかすると一緒についていった自分の存在が山を越えるには足手まといだったのかもしれないと身構えたのだ。
「はい、おそらく人間の足では越えられません。たとえ砂漠に生きる動物たちの力を借りたとしても。しかし……」
カーンズは間をおき、もったいぶって王の顔を見据えた。
「“古の風”ならば越えられるはずです」
時が止まったと感じるほどの沈黙が流れた後、何がそうさせたのか、王は意を決して尋ねた。
「今に残る戦争時代の遺物、城の地下に眠る“古の風”を使いたいというのか」
カーンズはゆるぎない決意とともに答える。
「はい。許されるのであれば“古の風”で山を越え、必ず新天地を探し出してみせます」
二人の間には目と目で行う固い契約が交わされた。
何を考えているのか、話を聞く王の側近たちは長らく無言である。
そんな中、事情を知らぬギルシアだけが口を開いた。
「あの、その“古の風”というのはいったい何なのですか」
尋ねてよいものかどうかもわからず遠慮がちに発せられた彼女の質問には、個人としては娘思いの父であり、この町や歴史について誰よりも詳しい王が答えた。
「ずいぶんと昔のことだ。かつて人類が戦争を繰り広げていた時代、風のごとく空をかける乗り物が活躍したという。燃える水を動力源とし、爆音をとどろかせながら破壊をもたらした。もちろん戦争以外のために造られたものも多かったろうが、空を飛ぶ乗り物は戦争の終わり、世界の終末とともにすべて消えうせたのだよ」
「すべて、というと……」
「……そうだな。すべてなら、私たちが話題に出すのはおかしい。実は、その一つがこの町の地下で生き延びていたのだよ。ただ、残念なことに空へ飛び上がるための燃える水が世界からなくなっていた。燃える水も地下に保管されてはいるが、たった一度の飛行分しかない」
「その飛行物体のことを“古の風”というのですか?」
「そうだ」
「カーンズさん、それに乗って山の向こうへ?」
「ああ」
次に彼女が何を言い出すのか、これまでの彼女の役割を考えれば、この場の誰にでも明白であった。
「わかりました。ぜひ私もご一緒させていただきます」
「私はかまわぬが、王が許さぬ」
シルルなき今、王にとってギルシアはたった一人の娘だ。
だからこそ危険な旅を認めるはずがないと、彼は勘違いしていた。
「ギルシアよ、気をつけていくのだぞ」
けれど王である彼はすでに気がついていた。
シルルはこの町で、しかも一番安全であったはずの城内で殺されたということを。
「はい!」
ギルシアは喜びと悲しみを感じつつ、決意を新たにした。
その場にて二人で旅立つことが決定し、カーンズが王に深々と礼をして、まさに部屋を出ようとしたときだ。
「待たれよ。地下に保管されている“古の風”は三人の人間を運ぶことができる。誰か一人、護衛をつけさせよう。この城の中で一番頼りがいのある兵士を連れて行くといい」
ギルシアとカーンズは顔を見合わせ、こう言った。
「それならば、心当たりがあります」
少年は泣いていた。
悲しみと悔しさとやりきれなさと、情けなさと怒りが涙を止まらせなかった。
思えば、もう何日も泣いている。なのに、いつまでも涙は枯れる気配がない。
一人で暮らす少年には涙を止めてくれる両親がおらず、この町にはもう友達もいない。
それでも彼には一つ、守るべき大切な約束があった。シルルを守ること、それこそ彼が旅立つ英雄と彼女の妹の二人と交わした約束だったのだ。
そんなたった一つの、それでいて一番大切な約束も守りきれなかった彼に、どうして存在意義が残っていようか。そう思い至った彼は、ひそかに町を出る決心をした。
それはつまり死であった。
突然、彼の家の外で風が吹いて砂を巻き上げた。彼にはそれが足音に聞こえたが、今さら彼を訪れてくる者がいるはずないと、失意の彼はすっかり思い込んでいた。
「オルド、いるのか?」
自分の名前を呼ばれた少年は耳を疑った。
誰かが彼を呼んだからではない。意外な人物に呼ばれたからだ。
「カーンズさんですか?」
カーンズとは町の人々に英雄と呼ばれている男であり、まだまだ未熟な少年である彼がこの世界で最も尊敬する人物だ。
扉を開いた彼はその英雄に肩をつかまれた。
「オルド、よく聞きなさい。私はこれからギルシアとともに見知らぬ楽園を求めて旅立つ。前回は二人の旅だったが、今回はもう一人連れて行こうと思うのだ。……どうだ? オルド、お前も一緒に来ないか」
「僕がですか?」
当然ながら彼は疑問に思った。
彼は自分が守るべきだったシルルの死の責任を責められることもなく、その上、旅の友として誘われているのだから。
「お前以外の誰がギルシアの支えになれるのだ」
「あなたです。もちろん英雄のあなたですよ」
彼は当然のごとく答えた。むしろそれ以外に答えようがなかった。
けれど、英雄と呼ばれた男は悲しげに言う。
「私は英雄などではない。ただのありふれた男だ。だからこそ、こうして手柄もなく戻ってきた」
そう言うとカーンズは腰につけていた剣を握り締めた。
「私が英雄と呼ばれたのは、この剣のおかげなのだよ。決して錆びず、刃こぼれしない名剣、斬空剣。しかし、これも今では飾り同然だ」
「そんなことはありません」
「いや、そもそも私が人々に英雄と呼ばれ始めたのは、昔、この町で反乱者が出た際にこの剣で反乱を鎮めたからなのだが……」
カーンズはあのころを思い出すように目を細めた。
「実際のところ、武器のないこの町で反乱を鎮めたのは、この剣であって私ではない。私は父からこの剣を譲り受けただけなのだ。そんな私を英雄呼ばわりしても、本当は無意味だった」
「そんな……」
「だから私は単なる希望の象徴役だった。英雄の器量などなかった私には、あれ以来、一つも実績がないのだよ。ただ、だからこそ責任を感じている。今度こそ町に朗報を持ち帰らなければならない。そのためには若いお前の力が必要だと感じているのだ」
オルドは生まれて間もないころに起きた反乱で両親を失っており、それがきっかけで彼はカーンズに育てられ、シルルやギルシアといった王族とも親しく育った。だからこそ彼はシルルを守るとカーンズに約束をしていたし、ギルシアにも姉のことは任せてくれと約束した。
その約束を守れなかった彼は二人に償いがしたかったけれど、今の今まで何も思いつかないでいた。
なら、町のために旅立つのはどうだろう。シルルの愛した町を守るため、彼女の妹であるギルシアを守るため、そして育ての父であり尊敬する英雄カーンズを助けるために。
「わかりました。役に立てるかわかりませんけれど、僕を使ってください」
誓いと決意は、かけがえのない町のために交わされた。
――“古の風”が動くとき、世界は再び災厄に包まれる。
いつからかそんな言い伝えが、無意味な使用を防ぐため王族によって作られていた。
本来、“古の風”は人々を震え上がらせるために吹くのではない。ただ希望のために、その時を待っていたのだ。
日付が変わって朝になり、新しく旅立つと決めたとき、そこには天高く空を飛ぶための決意と希望しかいらなかった。永い眠りから覚め、この日を待っていたとばかりに轟音を立てて、その風は空を目指して駆け抜けようとしていた。
「では、頼みましたぞカーンズ殿。町は私たちに任せてくれ」
不安がらせるまいと、意識的に頼もしく伝える王は旅立つ三人を見つめていた。
「わかっております。きっといい知らせを」
勉強熱心で博識のカーンズは城の蔵書を読み漁ったことで“古の風”の操り方を知っていた。乗るのは初めてだが、乗ると決めてしまえば何もためらうことはなかった。
「おそらく遠くまではもたないかもしれないが、無事を祈っているぞ」
城の裏に続いている長く舗装された道は、きっとこの風を空へ送り届けるためにあるのだろう。
うなる“古の風”はその道をたどり、徐々に加速していく。
「きっと手柄を得て戻ってきましょう」
助走中、たった一言の決意は自然と口からこぼれた。
加速するにつれて大地を離れる。あまりの速さに浮いているのだと気づくのにも時間がかかった。古の風は翼いっぱいに風を受け、空をかける真の風となった。
はるかに空が近くなる。駆け抜ける風から地面を見下ろすと、あんなに広く感じていた町は小さく砂漠の中にあった。
地上を歩くのと違って、顔に当たる風は砂を感じない。
ただ自由に空を飛んでいた。
「怖い……」
それは生まれて初めて感じる、落ちるかもしれないという恐怖だ。
地上では想像すらもつかない解放感と恐怖。
初めて抱いた空への感動は、死ぬかもしれない墜落への不安で小さくなっていた。
「大丈夫だ、ギルシア。広大な砂漠を当てもなく歩いていくより安全だ」
「はい。今までの旅とは違って、つらくはありません」
どこまでも砂漠で、どこまでも何もない。
地上に広がっていた砂漠は次第に姿を変え、人の足では越えられない岩山へと続いていた。
「前回はここまでが限界だった。ここを越えれば何かがあるかもしれない」
希望。そのために三人は風に乗ってきた。
たとえこの先に何が待ち受けようとも、きっと大切なものを見つけ出すと覚悟していた。
岩山は高く、険しく、まるで人間の足を止めるための壁であった。
その壁を空から飛び越えたときも、そこにはまだ砂漠しかなかった。
「やはり簡単には見つからないようだな」
眼下に広がる岩石砂漠は果てしなく続き、一見して人が住めそうな土地は見つからなかった。それでも根気よく飛び続けると、岩だらけだった大地は砂に覆われて、よく見慣れた風景へと様子を変えた。
しばらくすると、砂だらけの砂漠の果てに、ぼんやりと町らしき影が見えた。
それも一つではなく、それぞれ離れた場所に三つある。二つはとても大きく、ミースの町の倍ほどであったが、残る一つはミースの半分ほどの大きさだ。
「町だ。人が住んでいるのだろう。とりあえずあの小さな町に下りて様子を見よう」
カーンズの操縦によって風は徐々に失速し、砂の大地へと翼を下ろす。
整備された滑走路など存在しないため、その姿は半分以上が沈み込むようにして砂の中に埋もれてしまった。
かなり乱暴だった着地は大量の砂がクッションとなって成功したが、燃料は残り少なく、もう飛び上がることはできないだろう。
「二人とも無事か?」
「はい、なんとか大丈夫です」
「では外へ出ましょう」
三人は外へ出ると、そのまま町へ向かって歩き出した。
遠目には立派に見えていた町も、近くに行けば異常さが感じられた。
いたるところに傷の残る、過去に破壊されたであろう町。
住んでいた人の姿は消え、人ならざるヒビーが暮らす町。
足を踏み入れることは自然とためらわれ、呆然と立ち尽くす三人には町に入る勇気が足りなかった。だからといって引き返すわけにも行かず、必死で決意を新たにする。
「すでに人間たちは立ち去り、今ではヒビーの町になっているようだ。二人とも、あまり騒ぎ立てるなよ」
風に乗ってヒビーのかすかな声がする。そこには殺意も危険も感じられない。
ここまで足がすくむのは、かつて人間が住んでいたはずの町に、今はヒビーしかいないという現実のせいだ。
「とりあえず町の中を見ましょう。もしかしたら誰かいるのかもしれません」
年長者のカーンズは先頭に立ち、後ろの二人に忠告する。
「オルド、ギルシアから離れるなよ」
「はい。もちろんです」
オルドは強く、ギルシアは控えめにうなずく。
警戒しながら町に入ると、そこには悲しい光景が広がっていた。無秩序に散乱した瓦礫の山に、原形をとどめることなく崩れ果てた家並み。ひび割れた街道と砂に埋もれた広場。残骸のいたるところには、厳しい日光を避けるように隠れているヒビー。
この町に人間はいない。それは確信となった。
「ミースの周囲に住んでいたものと同じく、静かな性格をしたヒビーのようだな。群れによっては凶暴なヒビーもいるかと思ったが、こちらへの敵意はないようだ」
「ええ。おとなしく知的な生き物ですから」
ヒビー同士の会話は人間には理解できない。
しかし、一方でヒビーは人間の言葉を理解できるという仮説があった。
「すぐには難しくとも、ヒビーとの共存もいつの日かできるといいですね」
今、目の前にある課題は人間がこの砂漠で生き残ること。
次に待つ課題は、人間が人間以外の命とともに生きること。
「カーンズさん、あの建物は無事みたいですよ」
寂れた町の様子とは異なる、原形を保ったままで建つ石造りの家が見える。
そこには明らかに真新しく人の手が加えられていた。
一度は人間などいないとあきらめていた町に、わずかではあるが確かな希望があった。
カーンズが声を低める。
「気をつけろ。人間は危ない」
無事に生きている人間がいるとすれば、本当は喜ばしいことだ。
けれど、それは同時に危険な悪人がいるかもしれないという不安も生んだ。
「同じ人間なんです。話せばわかりますよ、きっと」
「よかろう。しかし私が前に出る」
カーンズは警戒しながらも着実に進み、その後をオルドが追う。おびえるギルシアはオルドの背後に身を隠す。
建物の扉を開けてみれば、家の中は意外と狭苦しく感じられた。
さらに奥へ行こうと一歩踏み出すと、それは急にやってきた。
「動くな!」
正体不明の怒鳴り声によって、三人の動きは同時にぴたりと止まった。
「あんたらか? あの未知なる乗り物で空からやってきた奴は」
質問には誰も答えることなく、沈黙のまま時間だけが過ぎる。
敵か、味方か。相手の出方を探るための様子見だ。
「……安心しろ。敵意はない。こっちも驚いていただけだ。なにしろあんなものを見たのは初めてでね」
話しかけてきた相手は男性二人であり、特に武器らしいものは持っていない。
すぐには襲われないと判断したカーンズは正直に答えることにする。
「私たちは遠くの町から新しい土地を求めて旅をしてきたのだ。驚かせてしまったのなら素直に謝ろう。安心してくれ、私にも敵意などない」
この言葉をきっかけにして、場の空気はひとまずいい方向へと変わる。
三人の内で、彼らとの会話は主にカーンズが担当した。
相手の機嫌を損ねぬよう、慎重に言葉をつむいでいく。
「あなた方はどこの者ですかな? まさか、このヒビーの町に暮らしているとでも?」
「いや、俺たちは海岸沿いの大きな町に住む者だ。今はちょっとした用事でこの町にいる」
「そうさ、俺たちはこの町のヒビーに用があっただけなんだ。しかし今はそれよりもあんた達のほうが気になる。どうだ、一緒にわが町ボロに来てくれないか?」
この二人、理由はどうあれ、旅人である三人を彼らの町に誘っているようだ。
「それは助かる。私たちもいずれ行く予定だったからな。地元の人間が案内してくれるというならありがたい」
「そうか。じゃあ予定を繰り上げて早速来てもらおう。ほら、ついて来てくれ」
そう言うと二人は出口に向かった。
ここは無駄に逆らわず、彼らに従ったほうが賢明であろう。
町の外までは特に会話もなくたどり着いた。だが、そこで発見した砂漠に半分埋もれている古の風の前で二人の男は止まった。
「お前たちはこれに乗ってきたのか」
「そうだ。もう動かなくなってしまったがね」
「驚いたな、こんなものがまだこの世界に残っていたとは」
「私の町の秘宝だった。だが、それを使わねばならぬほど緊急事態だったのだ」
「そのようだな。まあ、どこも同じようなものさ。このヒビーの町だって、もともとは人間が住んでいたんだからな」
「どういうことだ?」
「おっと、なんでもないぜ。そんなことより、急がないと日が暮れちまう」
今の時刻はおおよそ午後の二時。
飛ばずに歩いていくには町も遠く、野宿を避けるには急いで町に着かなければならなかった。
ミースよりもはるかに大きなボロの町は、多くの人々でにぎわっていた。
それだけの人口を抱えるこの町は、海に近いため魚を主食としている。
「さあ、町を見学する前に我々の王が待つ城へご案内しよう」
男たちは町に不慣れな三人を城へと案内した。
ミースにある城とは違い、見るからに巨大で頑丈な城だ。
明らかに戦いを想定している。
「さあ、中に入ってくれ」
「乱暴はしないだろうな?」
「お前たちの態度しだいだな」
にやりと笑った男に従って城に入ると、この町の王が待つという王室へと三人は連れて行かれた。
広々とした王室には威厳のある王、そして王を警護する多数の兵士がいた。
「陛下、この者たちが空飛ぶ乗り物でやってきた旅人でございます」
男が王に向かってそう告げると、余裕に満ちた王は落ち着いて答えた。
「ほう。ならば我々に手を貸してくれる協力者であることを願いたいものだな」
当然のように王はその目を三人に移す。
「協力ですか?」
三人を代表したわけでもないが、年長者であるカーンズを差し置いて思わずオルドが小さく声を上げた。
それに対して王が答える。
「そのとおりだ。今、我が国は隣国と数年にわたる戦争状態にある。この世界の絶対的な支配権をめぐる壮絶な戦いであるが、困ったことに最近こう着状態に陥ってしまっておる。それを打破するため一大決戦が行われることになったのだが、戦況は互角と見られる。そこで異国からやって来たというお前たちにも我が軍に加勢してほしいのだ」
王が言うこの国とは、ボロのこと。
そして隣国とは、ボロの近くに存在するオーンのことであった。
「……戦争か。毎日を生きるのに精一杯な町同士で、兵士を集めて殺し合いをしているとでも言うのか。なんと愚かしいことを」
カーンズは嘲笑する。悪びれもせずに戦争中だと宣言する、この町の王を。
「どう思おうがよい。今必要なのは、お前たちの意志だ。ともに戦うか否か、さぁどちらだ」
三人が出すべき答えなど、すでに決まっていた。
恥じることなく堂々とカーンズは断言する。
「協力はしない。戦争を認めるわけにもいかない」
「愚かな答えを聞かされてしまったものだ。自分の立場というものを理解できていなかったようだな。……ええい、この者どもを捕らえて牢に入れておけ! 殺しても構わん!」
怒り狂った王の一言で場の空気は一転した。護衛として王室に立っていた兵士たちは手際よく三人を取り囲む。その手には石で作られた武器がしっかりと握られていた。
目には殺意と悪意がたっぷりと込められている。
従わぬ者は暴力で屈服させてきた王の理論が、よそ者である三人に向けられていた。
「気を引き締めろ」
カーンズはそうつぶやくや否や、腰に提げていた剣を鞘から引き抜き握り締め、ざっと周囲を見渡した。
人数の上では劣勢、実力差は未知数。相手を侮るのは命取り。
一通り見当をつけると、間髪をいれずに入り口方向にいる兵士に剣を振るう。
狙われた兵士の持つ石の武器は威力があっても重く、反撃しようにもカーンズの鮮やかな剣技には追いつくことなどできなかった。
「オルド、ギルシアの手を引け」
「はい! さぁギルシアさん、早く行きましょう」
「わかりました。走りましょう、オルドさん」
カーンズによって作られた隙を見て、二人は脇目も振らずに王室を飛び出す。
オルドとギルシアの若い二人が無事に退却できたのは、果敢なるカーンズの援護のおかげであった。
彼らの突破口を開いた直後、一瞬の隙を突いて繰り出される連撃は次々と相手を切り倒していく。子飼いの兵士が誰一人として相手にならず、まともに手を出すことのできないカーンズの猛攻を前にして、虚勢に塗られた王の顔は蒼白となった。
「増援だ! 城の兵たち全員に賊が出たと伝えろ!」
王の声とともにカーンズは身を翻して、先に出た二人の後を追う。
逃げる彼を追わなければならない兵は一人の姿もなく、もはや王室には残っていなかった。全滅である。
「二人とも遅いぞ」
俊足のカーンズは早くも二人に追いついた。
「すみません! ですが、城門に兵士が大勢いるのです」
オルドが示す視線の先には数十人の兵士が集まっており、今か今かと三人を待ち構えていた。
決して越えられなくはないが、確実に厳しい戦いとなる人の壁である。
「覚悟はあるか、オルド」
「あります」
「ではギルシアを守り抜け」
「もちろんです」
「ギルシア、オルドに従うんだぞ」
「はい、安心してください」
カーンズとオルドの二人は深く決意して、ギルシアは静かに息を飲む。
夕闇の中、三人は勢いよく動き出した。
音も無く駆け出したカーンズは両手で一本の剣を構えて、まずは一人に狙いをつけた。最初の標的にした兵と目が合うと同時に踏み込んで剣を振り下ろし、その動揺が周囲へと伝わる前に次の一撃を華麗に加える。
隣り合っていた兵士の二人がほぼ同時に倒れると、ようやく城門の兵士たちはカーンズに対して本格的に身構え始めたが、その動きはあまりにも遅かった。
三人目、続いて四人目も何一つ抵抗できずに切り伏せられる。肝の据わった五人目はかろうじて鋭い剣の手を逃れたが、そこには反撃の余裕など少しも残されていなかった。相手が体勢を崩した瞬間を逃さずに、きちんと追撃して沈める。
だが、華麗なるカーンズの独り舞台もここまでであった。
六人目に剣先を向けた瞬間、不覚にも意識の外側にいた兵士たちによってカーンズは取り囲まれてしまったのだ。
しかし、追い込まれても焦ることはなく、あくまでも冷静な精神状態のまま、彼の視線は斬るべき対象を見据えていた。
「多勢に無勢だ! 剣を捨てて観念しろ!」
カーンズは無意味な言葉を聞き流し、兵士の背後を見つめた。オルドとギルシアが頃合を見計らって走り去っていく。
二人が城門から無事に外へ出たのを確認すると、落ち着いて深呼吸を試みた。
「おい、聞いているのか!」
兵士たちは未熟にも、その質問を投げかける際に一瞬だけ気を抜いた。
その隙を逃すことなく身を振って、最短距離を通って接近したカーンズは最初にして全力の一撃を出す。
六人目、七人目、八人目と、目にも留まらぬ速さで、立て続けに三人の命を奪い去った。
もちろん敵となった兵士たちも呆然と突っ立っているだけではない。
勇ましく武器を構えて、姿勢を正す。お互いに目線を交わし合って、タイミングを合わせると一斉に攻撃を仕掛けた。
だが、カーンズが扱う風のように走る剣の鋭さなど、重くて鈍い動きをする石の武器にありはしなかった。人肉を叩き潰すほどの破壊力が取り柄だから、あまりにも遅い攻撃を一つずつ確実にかわし、カーンズは一人の例外なく致命的な反撃を浴びせていく。それはまるで台本の決まりきった演技のようであった。
流れるように繰り出される敵の攻撃を当たり前のように回避する姿は常人を超えた英雄であったし、寸分狂わぬ的確な攻撃はまさに神業であった。
これほどまでに力量差があれば、殺し合いにおいて数の差など全く意味もない。
ものの五分とたたぬうちに全員を切り伏せて、乱暴に腕を振って刃に残った血を弾き飛ばすと、カーンズは城外へと駆け出した。
「あの二人はどこまで逃げたのだ」
いくらでも兵士が残っている危険な城からは、もうだいぶ離れた。この暗い夜の中で、むやみに町の外へ出て行くとは考えられない。オルドとギルシアはきっとどこかに身を伏せて隠れているはずである。
奥へ奥へと、町をどこまでも調べ尽していく。さすがに夜ともなれば人と出会うことも無かった。見当がつかないまま闇雲に探すのでは埒が明かないと、あきらめかけたときに声がかけられる。
「カーンズさん!」
「その声はオルドか」
「はい、そうです。カーンズさん、こちらです」
急ぎ足のオルドに手を引かれ、カーンズはどこかへ連れられて行く。
「ここです」
こことはおそらく、目の前にある民家のことであろう。オルドはためらうこともなく中へ入っていく。その様子を見てカーンズも警戒を解く。
「失礼する」
家の中は思ったよりも広く、二階へと続く小さな階段も見えた。
入ってすぐにある部屋の奥で、窓際に腰掛けているのはギルシアと見知らぬ女性だ。
「紹介します、彼はカーンズさんです。僕たちの町では英雄と呼ばれている立派な人物ですから、安全です」
「はじめまして、カーンズさん。あなたも私の家に泊まっていきなさい。お金はいりません。遠慮なさらなくてもよろしいですから」
「そうしていただけるのは幸いですが、なぜ私たちを泊めていただけるのですかな?」
「おほほ、お二人が家の前で疲れ果てて休んでおりましたので、気になって事情を聞いたのですよ」
「ほう、では私たちが王に逆らったことを承知の上と?」
「ええ。困っている人を見捨てるのはひどいことでしょう?」
「……それはありがたい。では、お言葉に甘えて泊めていただきましょう」
「どうぞ、ごゆっくり。寝室は二階に用意しておりますから」
再会した三人は女性に深々と礼をして二階へ上がる。
二階には二部屋あったが、三人が寝室として使えるのは一室だけであった。
「ギルシア、同じ部屋でもかまわないのか」
「かまいません。だって、同じ仲間ではありませんか。ねえオルドさん」
「はい、僕らは無理に離れる必要は無いんです」
「そうだな。つまらない心配をしてしまったようだ」
「いえ、私のことを気にしていただいてありがたいのです。それより、今日はひどく疲れましたから、もう寝ましょうか」
「そうしよう。明日の朝は早い」
そう広くはない部屋で三人は自分が寝やすい場所を探して横になり、自然と眠り始めた。
今日一日、何かと忙しかった三人にとって、この時間はとても幸せに感じられた。
朝日はとうに昇りきっており、眠っていた町は次第ににぎやかになっていく。
そうなるまで朝に気が付かなかった三人は遅い目覚めであった。
「もう、朝か……」
最初に目を覚ましたのは年長者のカーンズだ。
いつものように立ち上がると、まずは身だしなみを整える。
「……ない」
簡単に身だしなみを整えた彼は、すぐにその異変に気が付いた。
あるはずの剣がない。あたりを見渡すが見つからず、痕跡さえもない。
昨夜、眠りに入る前には自らの傍らに置いたはずの剣。
それが無いとすれば答えは一つだ。
「もしや盗まれたのか」
彼の鋭い直感が告げた。ここに長居すべきではないと。
「起きろ、二人とも」
二人を起こして一階に降りる。しかし、そこにいるはずの女性の姿はなかった。
ためらうことなく外へ出ると、町の様子はただ事ではなかった。
「どうしたのでしょうか」
「感じる。この様子からすると、これから一大決戦が始まるぞ」
異様な緊張感。それは徐々にはっきりとしたものになっていく。
「いよいよ出陣だそうですよ」
町の人々は皆その話題で持ちきりだった。
これからボロとオーンの殺し合いが始まるというのだ。
ならば、その前にこの町から速やかに避難すべきであると三人は悟った。
「港へ行こう。そこから船に乗り、一時的にでも避難するべきだ」
「わかりました。急ぎましょう」
自然と走り出す三人。港の位置は少なくとも海側にある。
それさえわかっていれば迷うことも無くたどり着けるはずだ。
「あ、広場に兵が集まっていますよ」
町の中心にある広場には数百人という兵が集まり、その一人ひとりが武器を持っていた。兵の掲げる武器はこん棒。様々な大きさの石も、投石用に集められている。
三人が唖然として眺めていると、決戦を前に興奮している兵たちに向かって大きな声が響いた。
「聞け! ただ今より我が町ボロと、あの憎きオーンとの史上最大の戦争が開始される! この戦いはこれからの世界の運命を決定付ける世界大戦であり、これだけの兵士が戦いに赴く以上、負けることは許されぬ。さあ、最強の兵士たちよ。その手に握られた勇ましいこん棒で果敢に戦い、悪しき敵軍を圧倒するのだ!」
「おおおおおおおお!」
群集の叫び声で大地が揺れた。行軍の開始である。
その光景を眺めていた三人は思い出したように港に向かって走り出した。
「すまない、ここから船は出せないか?」
港に着くなり、カーンズは見知らぬ男に尋ねた。
男は煙の出る棒を口にくわえたまま答える。
「船? 俺は海に出る予定は無いが、小さい船でいいなら一隻だけ余っているぞ」
「そうか、ではその船は我々が使っても差し支えないのだな?」
「いいだろう。今は戦争で漁師が少なくなって、持ち主を亡くした船もたくさん余っているからな」
「すまない、礼を言う」
会話が済むと、三人は手際よく船に乗った。
幸いなことに天気はよく、波も穏やかだった……はずなのだが。
「……ん、なにやら砂漠の向こうの空が黒々としていないか? 海には詳しくないものの、心なしか波も少し荒れているようだが」
「そうですね、砂漠の天気はいつもよいはずですが……」
今日は何かがおかしい。根拠なく三人にはそう感じられた。
「とりあえず船を出そう。戦場を離れ、海の上から戦況をうかがおうではないか」
「はい」
三人を乗せた船は港を離れ、ゆっくりと沖に進んで行った。
ボロの兵たちは一人の指揮官を先頭に規則正しく行進していく。
彼らが慕う指揮官の手には、見事な剣が輝いていた。それは彼のものではなく、彼の愛する妻から、今朝になって唐突に渡されたものだ。
昨夜は城の一室で作戦会議をしており、ついに彼は家に帰ることができなかったが、おかげで妻が来客から盗み出したという名剣を手にすることができたのだ。
だから彼は上機嫌であった。
良質な鉄の採れないこの地域では、他の誰も剣など持っていない。
たった一人、彼は自分だけが剣を持っているという現実に酔っていた。
「さあ、いよいよ始まりの時だ!」
右手の剣を頭よりも高く上げた彼は雄々しく叫んだ。倒すべき敵の姿が遠くに見えたのだ。
ボロの軍と同じように、こん棒で武装したオーンの軍。その姿を見て、素晴らしい剣を手にした彼は一人勝利を確信した。
しかし、戦いは武器だけで決まるものではない。
すでに彼は油断という最も危険な失敗を犯していた。
歩くのも困難な砂漠の上で、ゆっくりと近づく両軍。その距離は残りわずか。両軍とも砂漠の行軍で崩れかかっていた隊列を整えて、改めて武器を構える。
接触する寸前のところでお互いに立ち止まり、無言でにらみ合うこと数分。
どちらともなく戦いの合図が出された。
「うおおおおお!」
合図と同時に砂漠を駆け抜け、手にした棍棒で殴りあう人間たち。
頑丈な防具など持ち合わせていなかった両軍にとって、無骨な棍棒の衝撃でさえ致命的だ。両軍入り乱れて殴りあう姿はまさに混沌とし、あちらこちらで湧き上がる声はけたたましかった。
無秩序に荒れ狂う群衆の中へ、ただ一人剣を持つボロの指揮官は意気揚々と切り込んでいく。太陽光を反射する見慣れぬ武器に敵は一瞬だけ戸惑うが、誰も怯みなどしなかった。
彼が繰り出す剣戟を力強い棍棒でねじ伏せる。最強であるはずの剣はやすやすと弾かれ、無力な指揮官は退却を余儀なくされた。
それからどれだけの時が経ったのであろう。
まさに青天の霹靂、戦場を覆う砂漠の空が、地平線の果てから少しずつ薄暗くなっていく。すでに向こうの山岳地帯では豪雨が降っていたのであろう、その雨水は荒れ狂う波のように、とどまることなく砂漠へと押し寄せてきた。
大量の砂が混じって茶色く濁った激流は、人の背丈を越える大洪水である。
ごうごうと流れる水は砂漠の砂を飲み込みながら濁流となり、まず無防備なオーンの町を襲った。この地では何百年ぶりの想定を超える大雨であったためか、対策が取られていない町は洪水によって一瞬で壊滅した。
その魔の手はとどまることを知らず、兵士であふれる戦場へと押し寄せる。
戦争はそっちのけ、敵味方を忘れて逃げ惑う兵士たち。しかしどこまでも続く砂の大地では逃げ場も無く、怪物のような激しい流れの中へと一人残らず飲み込まれる。
それでも天気は回復せず、ますます悪くなるばかり。
オーンと同じくボロの町も、無慈悲に濁流の餌食と成り果てた。
どれほど争いを繰り広げても、争いの終わらない人間。
どれほど絶望しても戦争をやめなかった人間。
何もかもを失っても、やはり最後まで奪い合った人間。
この自然災害が飲み込んだものは数多い。この悲劇を生き延びた幸運な人間たちも、結局は争うことを避けられないのかもしれない。
しかし、いずれはそれが愚かなことだと気づく日がやってくるのかもしれない。
いや、そうしなければならないのだ。
三人は遠く離れた海上にて、何もできずにただ眺めていた。
「何もかも、もうおしまいですね」
「まだだ、まだ希望はある」
「そう願いたいものですが……」
カーンズ、オルド、ギルシアの三人は船で海に逃げ延び、かろうじて惨事を避けることができた。
とはいえ、今の彼らに残ったものは何か。
せっかく見つけた町もなくなり、行く当ても無く途方に暮れる。
「このまま船に乗って新しい陸地を探しましょう」
「そうしましょう。この船には荷物もほとんど積んでいませんから、違う場所に向かって出発するのならできるだけ早いほうがよろしいかと思います」
「ああ、そうだな」
まだ見ぬ世界を求めて三人は漕ぎ出した。
そうして三日三晩も船で進み続けた後、三人はとうとう陸地を見つけたのだ。
「あれは島ですよね? カーンズさん、僕は初めて緑にあふれた陸地を見ました。きっと、いや、絶対にあれは砂漠ではないですよ!」
叫びながらオルドは感動した。カーンズは静かにうなずく。食料は底をつき、水も残り少なくなったこの状況では、水平線上に島が見つかったことだけでも幸せだというのに、それが植物豊かな島だとしたら、なんという幸運だろう。
そして三人は小さな島に着く。
船を下りて並んで歩き出すと、意外にも島の住人に出会うことができた。
「お前たちは海から迷い込んできたのか」
それから島の人々に丁重にもてなされ、この島にすっかり溶け込んだ三人。
やがて彼らには新しく大切な使命ができた。
「過酷な砂漠の環境下でも丈夫に育つ草、ですか」
砂漠を生まれ変わらせることのできる植物の種を船で運び、広大な砂漠を緑化すること。
それこそ、砂漠の果てで彼らが見つけた希望だった。